第27話
あの日以来、あの日、庄吉さんの一生を、まるで長い映画を六十倍速の早送りで見るようにして見た時以来、僕の頭からは庄吉さんのことが離れなくなってしまっていた。あれほどまでに正しい生き方を追い求めた庄吉さんが、なぜあんな人生を歩まなければならなかったのか。もし、神がこの世に存在するとしたら、どんな意味があって、あの人の人生をあんな風にしてしまったのか。もちろん、正しい心を持つ人間が、必ずしもそれに見合った素晴らしい人生を歩めるとは限らない。逆に、正義とは程遠いような生き方をしている人間が、ひどく優雅で華麗な一生を送ることだってあるだろう。そんなことはわかっていた。そんな理不尽なことがこの世の中には掃いて捨てるほどあるなんていうことは、わかりすぎる程わかっていた。しかし、それでも僕は、何事もなかったように無関心を装って、それを見過ごすことができなかった。何処にでもあるありきたりな話だと、すっぱりと割り切ることができなかった。そう、あの公園で鯉に餌をやっていた少女が、不意に老婆によってその楽しみを奪われた時のように。
そういう不条理と出くわすことのない人生を歩み始めた筈なのに、そして、ようやくそういう生き方に慣れた筈だったのに、結局、それはただの錯覚に過ぎなかった。鏡に映すように、いつも本当の自分を見ていながら、そんなものは見えぬと、自分で自分を欺き、その鏡から目をそらしていたに過ぎなかった。
その日も僕は、いつまで待ってもやって来ない眠気を待ちながら、止めどもなくそんなことを考えていた。そして、彼女からメールがきたのは、脳の中に渦巻くそういう厄介な連中が、一つ一つ睡眠薬に熔け始め、徐々にその姿を消していった時だった。
こんばんは。もう眠っていますか?できたら、庄吉さんのこの前の夢の続きを聞かせてもらえませんか?庄吉さんが一人東京へ行って、その後どうなったのかどうしても知りたいです。お時間のあるときに連絡ください。 岬
あの時、庄吉さんが東京行きの汽車に乗った話をした時、彼女の携帯が鳴った。彼女は、僕に詫びながら、あわただしく、庄吉さんの車椅子を押して喫茶店を出ていった。庄吉さんの人生の記憶の中に取り残された僕は、一人、茫然と彼女の後ろ姿を見送った。
彼女と会って、どう話をすればいいのだろう。どう言えば彼女は傷つかずに済むだろう。




