第26話
それから二日後、善三はあっけなく死んでしまった。肺炎を起こし、あっという間の出来事だった。結局は手術を決意していたところで間に合わなかったのだ。秀太郎は善三の言った通り、貨車の荷物を全て村の人たちに分けた。しかし、あの日以来、秀太郎は庄吉に冷たくあたった。
「庄吉、お前もそろそろ自分の身の振り方を考えろ。この家は俺が継ぐんだからな。志郎と啓介はもう少しオレが面倒を見る」
「洪作兄ちゃんは?」
「洪作のことは帰ってから考えればいい。生きているかどうかも分からないやつのことを考えたところで始まらん。庄吉、最後の親父の鶴の一声で、お前の思う通りになって気持ちがいいだろう。しかしなあ、お前が本当に正しい人間なら、まさか沙那子に手を出したりしないだろうな?」
「え?」
「知らないとでも思っているのか。お前が紗那子と会っていることくらい分かっている。紗那子はお前の命の恩人の許婚だった人だろう。その命の恩人を裏切って紗那子を自分のものにするなんて畜生のやることだ。お前はそれで高村のご隠居に顔向けができるのか?」
庄吉はまるで心臓をえぐられたような思いがした。秀太郎から言われるまでもなく、庄吉の心にはいつも後ろめたさがまとわりついていた。このまま紗那子を連れて東京へ出れば、自分を弟のように可愛がってくれた恭二郎を裏切ることになる。
「お前は恭二郎のためにそんなに悲しんでくれるのか。ありがたいことじゃ」
そう言った老人の心を踏みにじることになる。それを今までどれだけ心の中で繰り返し考えてきたことか。しかし、改めて秀太郎に言われると、庄吉は動揺した。そして、
「紗那ちゃんとは何でもない。俺は明日、一人で東京へ行く。東京で身を立てる。それなら文句はないだろう」
気づいたらそう言っていた。あの誇り高い父親の血を引いているのは、この家できっと自分だけなのだ。そう思った刹那、その気高さは紗那子よりも大切に思えた。いや、どちらが大切かというより、そうすることが自分の選ぶべき生き方なのだと思った。
翌日、庄吉は一人、東京行きの汽車の中にいた。




