第25話
翌日、秀太郎と庄吉は、金を持って病院へ行った。父の善三は、眠ってはいなかったが、二人を見ても、ベッドから起き上がろうとはしなかった。
「どうだ、オヤジ、具合は?」
秀太郎がそう言うと、善三は、力のない目で二人をかわるがわる見ながら、
「何だ、二人そろって来てくれたのか。悪いなあ」
と言った。
「オヤジ、手術しよう。金なら心配ない。手術すればきっと良くなる」
「手術?そんな金、どこにあるんだ?」
「兄ちゃんが持ってきたものをほんの少し売ったんだ。そうしたら簡単に手に入ったよ。でも、まだまだある。だって貨車ごと持ってきたんだから。なあ、兄ちゃん」
秀太郎が答える前に庄吉がそう言うと、父の表情は途端に険しくなった。そして、庄吉に支えられながら、やっとのことで上半身を起こすと、秀太郎を見据えて言った。
「秀太郎、オレが死ぬのは自然の道理だ。何も不思議なことじゃない。しかしなあ、お前が持ってきたものは、お前のもとへ自然にやってくるべきものじゃあなかったはずだ。言っている意味が分かるか?」
善三の言葉を聞いて、庄吉ははっとした。父は自分が思っていたことと同じことを言おうとしているのではないか。
「オヤジ、あれは、アメリカからもらってきたもんだ。アメリカにはあんなものは腐るほどある。アメリカが俺たちを手なづけるためによこしたんだ。俺一人が意地を張ってもらわなかったところで、あいつらは痛くもかゆくもない。俺の分を誰かが分けて持っていくだけさ。だったら、もらってこなきゃあ損だろう。それで、オヤジが手術できるんならそれでいいじゃないか。オヤジだって日本人の一人なんだ。その一人の命を救うために、あれを持ってくることのどこがいけないんだ?」
「お前が憲兵だったことはみんな良く知っている。だから、みんなお前にはちやほやするだろう。しかしな、秀太郎、もう戦争は終わったんだ。これからは時代が変わる。アメリカは日本をアメリカのような国に変えていくだろう。軍が一番強い時代は終わるんだ。そして、そのうち日本人は軍を恐れなくなる。いや、軍そのものが無くなってしまうかもしれん。そうしたら、もう誰もお前に媚へつらったりするようなことはなくなる。むしろ、お前に恨みの目を向けるかもしれん。憲兵にひどい目に合わされた人間はどれだけいるかわからないからな。その時になったら、お前が貨車一杯の荷物を持ってきたことは、お前を非難する格好の材料になるだろう。羨望は妬みに、妬みは恨みに変わっていくものだ。増してや、それでオレを助けたとなったら尚更だ。みんな戦争でかわいい子どもや孫を失っているのに、村上の秀太郎は戦争で儲けた金でオヤジを助けたと、皆お前のことをひどく言うに決まっている。もしそうなったら、手術を受けて仮にいくらか長生きが出来たとしても、俺はちっとも嬉しくないぞ。わかるか?秀太郎」
秀太郎は睨むように善三を見ている。
「じゃあ、手術は受けないのか?このまま死ぬのを待つのか?」
「ああ、それが自然というものだ。母さんも向こうで待っているだろう。この間、夢を見たよ。母さんの。待ってますよと言ってた。不思議なものだな。生きているときには何とも思わなかったが、その時は本当に嬉しかったよ。懐かしくてなあ。母さんにまた会えるのかと思ったら死ぬのも悪くないと思った。秀太郎、お前の気持ちは嬉しい。しかしな、その貨車の荷物は全部村の人たちに配ってしまえ。それが一番いい。それがオレの最後の頼みだ」
庄吉は感動に震えていた。ただじっと立っていることさえ難しい程だった。父は何と気高い人間だったのだろう。何と正しい人間だったのだろう。自分にはこんなに素晴らしい父がいつも近くにいたのだ。それなのになぜ今まで気づかなかったのか。そして今、やっと気づいたというのに、父の命はあとわずかしか残っていないではないか。庄吉は自分の馬鹿さ加減に地団太を踏んだ。




