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第24話

 小出の駅に着くと、秀太郎が言った通り、少し離れた引き込み線に真っ黒な貨車がぽつんと一両停まっていた。

「駅長さんはおられますか?」

 庄吉が駅の切符売り場に座っている白髪混じりの駅員にそう聞くと、駅員は庄吉の仏頂面を上目遣いに見ながら、

「駅長に何か用かの?」

と聞いた。

「あの貨車の中身を取りにきたんですが」

 庄吉がそう言って貨車を指差すと、白髪頭の駅員は、

「お前はどこのだれだ?」

 と声を荒げた。するとその話のやり取りを聞いていた恰幅の良い駅長らしき男が奥からやってきて、

「お前さんはどこのどなたさんかの?」

 と、さもいぶかしげに白髪混じりの駅員と同じ質問をした。

「岡崎です。村上の岡崎庄吉です」

「おお、するとお前さんは、憲兵だった岡崎秀太郎さんの弟さんかの?」

「そうです。兄に言われて貨車の中身を取りにきました」 

「そうかそうか。それはご苦労なことだのう。鍵はもってきなすったか?」

「はい」

 庄吉はそう言って秀太郎から預かった南京錠の鍵をかざして見せた。

「そうかそうか。それなら大八車ごとあそこを通って行けばいい。今開けてやるで」 

 そう言って駅長は引き込み線に入る門を指差した。

 貨車の中には本当に何でもあった。ただ、例えば、一つの木枠の箱に入っているのが鰯の缶詰めだとすると、その中身は全て鰯の缶詰めばかりで、靴ならば、全てが同じ種類の靴ばかりだった。庄吉はなるべく、靴、衣料、食料というふうに、同じものが重ならないように積み荷を下ろした。大八車が一杯になるまで下ろしても、貨車の中身は一向に減る気配を見せず、もし全部下ろせと言われたら、いったいどれだけかかるのか見当もつかない程だった。

「駅長と駅員には何か置いてこい」

 秀太郎がそう言っていたのを思い出し、庄吉は、最後に、牛の絵の描いてある缶詰めの箱を一つとチョコレートの箱一つを大八車に追加した。 

「これは、兄からです。皆さんで」

 そう言って、木枠の箱を二つ大八車から下ろすと、

「いやあ、すまんのう。おお、これはコンビーフじゃ。こっちはチョコレートだて。さすが秀太郎さんじゃのう。こんなものはわしらじゃあ逆立ちしたって手に入れることなどできないもんだて。ありがたいことだ」

 駅長はそう言って相好を崩した。もう一人の駅員も、

「さっきはすまんかったのう。お前さんが秀太郎さんの弟さんとは思わんかったで。悪く思わんでくれよ。秀太郎さんにはくれぐれもよろしくのう」

 と引きつった笑みを浮かべながら言った。

 その後、庄吉は、駅から近い商店街に大八車を引いて行った。商店街といっても七、八軒の店が軒を連ねている程度のもので、魚屋、八百屋、乾物屋、雑貨屋、酒屋の他に数軒の土産物屋があるだけだった。庄吉が、食料品は乾物屋へ、靴や衣料品は雑貨屋へ持っていくのが良いだろうかなどと考えていると、雑貨屋の主人が待っていたように店から出てきて、声も出さずに大きな身ぶりで手招きをした。庄吉が訳もわからず突っ立っていると、

「お前さまは、村上の秀太郎さんの弟さんでしょう?さあさあ」

 主人は声を低めてそう言った。しかし、それでもまだ庄吉が動かないでいると、待ちきれぬとばかりに、主人は小走りで庄吉のもとへやってきた。

「積み荷を下ろしているところをずっと見ていましたよ。ほら、ここからだとあの貨車がよく見えるでしょう。ずっと待っていたんです。お兄さんがあの貨車を引っ張ってきてからずっと。ほら、あそこに座ってね、ずっと待っていたんですよ。それ、売るんでしょう?だったら是非ウチに任せてもらえませんかね?全部任せてくれたら、それはもう高く買わせて頂きますから」


 庄吉は何もかもが面白くなかった。昨日の秀太郎とのやり取りはもちろん、あの駅員の愛想笑いは思い出すだけで反吐が出たし、たった大八車一杯分の荷物を売るだけで、父の手術にかかるであろう大金がいとも簡単に手に入ったことも面白くなかった。しかし、そのうちに庄吉は、いったい自分が何に腹を立てているのかわからなくなってきた。最初は、秀太郎が兵隊の自分を蔑んでいたことに腹を立てていたのだ。そして次に、弱い者には居丈高に振る舞い、強い相手には媚びへつらう駅員に吐き気を催すほどの嫌悪感を抱いた。そして、儲けを得ることに全身全霊をかけ、小僧同然の自分に敬語を使い、満面の笑みでこの金をよこした雑貨屋の主人にも腹がたった。しかし、事実こうやって金を手にした今、父の命には、一縷の望みが見えてきたといって良い。兄がどこからともなく得体の知れぬ貨車一両分の品物を持って来たところで、誰一人文句を言う者もなければ、迷惑を被った者もない。そして、来るときには空っぽだったこの懐には、今や手術の費用としては十分すぎる程の金が入っている。それなのに、自分の腹の虫が収まらぬのは、ただ単に、自分が秀太郎にかなわないことが悔しいからなのかもしれない。だとすれば、我が魂はなんと卑小なのだろう。もし今の心中を誰かに話せば、誰もがそれを子どもじみていると笑うに違いない。そうだ。自分はどうしようもなくちっぽけな人間なのだ。

 日は傾き、西の空には金色の一番星が輝いている。軽くなった大八車とは裏腹に、庄吉の心は鉛のように重かった。ゴトゴトという大八車の車輪の音がやけに大きく耳に響いた。父の命さえ助かればそれで良いではないか。心のどこかにいるもう一人の庄吉がそう呼びかける。確かにそうだ。それに勝るものなどある訳がない。自分のもつ正義感などというものは、父の命に比べれば髪の毛一本ほどの重さだってありはしない。庄吉はただ父の回復だけを心に思い描くことにした。そして、そう思うと少しは気が楽になった。家に帰ったら秀太郎にこの金を笑顔で渡そう。庄吉は心の中でそう呟いた。


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