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第14話

 庄吉は尋常小学校を卒業し、高等科へ進んだ。鉄男も三郎も近年の豊作続きで一緒に進級できたのは庄吉にとっても大きな喜びだった。

 その日、庄吉は、母の使いで駅にある店へ塩を買いに行く途中だった。駅へ行くには必ず鉄男の家の前を通るのだが、庄吉はそこを通る度に、もしや沙那子とばったり会えるのではないかとほのかな期待を抱いた。その期待は、いつも泡のようにはかなく潰えるのだが、たとえ会えなくても、庄吉にはその可能性があるだけで十分だった。そして、目の前の家から漏れる灯の下に沙那子がいると思うと、その距離の近さだけで妙に幸せな気持ちになれるのだった。

 いつものように庄吉が鉄男の家の灯を横目で見ながら歩いていると、向こうから誰かが歩いて来る。その時はもう日も暮れかけていたが、華奢な身体の影だけを見てもそれは沙那子に違いなかった。

「庄ちゃん、どこに行くの?」

 沙那子は庄吉を見つけると、急に表情を明るくして庄吉に駆け寄った。

「ああ駅まで」

 そっけなくそう言う庄吉の胸はもうひどく高鳴っていて、沙那子がその音に気づいたらどうしようとはらはらするくらいだった。

「そう。よかったぁ、庄ちゃんに会えて。もう会えないかと思った」

「高村さんとこにはいついくんだ?」

「明後日。そしたらもうしばらくは戻って来られないから、ホントによかったあ。庄ちゃん、高等科はどう?ちゃんと勉強してる?ねえ、あそこに座って話そう」

 そう言うと沙那子は破間川の方へどんどん歩き、後から庄吉が追い付くのが待ち遠しいように振り向くと、ずっと立ったまま庄吉を待っていた。かすかな西日が沙那子の姿を照らしている。二人は土手に座り、しばらくはただ川を眺めていた。何も喋らなければ、川の流れる音が絶え間無く聞こえてくるばかりだった。

「ねえ、庄ちゃん」

「ん?」

「庄ちゃんは高等科を出たらどうするの」

「そりゃあ、奉公に出るんだろうなぁ」

「きっと遠くだよね。そうしたら、本当にもう会えなくなってしまうね」

「そうだなあ。でもまだ二年もあるし、随分先のことだて」

「ねえ、奉公の後は考えてる?何かなりたいものでもあるの?」

「そんな先のことなんて考えられんけど、軍隊に入って飛行機乗りにでもなれればいいかなあ。兵隊なら食うには困らんから」

 庄吉がそう言うと、沙那子は急に真面目な顔になって、

「それはだめ。それだけはだめよ」

 と言った。

 庄吉は、なぜ急に沙那子が気色ばんだのかわからなかった。

「どうしたんだ?沙那ちゃん」

「ごめんなさい。でも庄ちゃんが変なこと言うから」

「飛行機乗りになることがそんなに変なことか?」

「だって庄ちゃんは、正義を貫くことができるお金持ちになるんでしょう?高村の御隠居様にそうお約束したんでしょう?私、高村様のご隠居様からそう聞いたわ。戦闘機になんかに乗って、もし撃ち落とされたら、その約束を果たせなくなってしまうじゃない」

「まあ、それはそうかもしれんけど、零戦は無敵だから撃ち落とされることなんかないて」

「そういう問題じゃないわ。戦闘機に乗るっていうことは戦争に行くっていうことでしょう。人を殺したり殺されたり、そんなところには庄ちゃんに行って欲しくないの」

「沙那ちゃん、兵隊さんはみんなお国のために戦ってるんだ。そんなこと言ったらいかん」

「そんなことわかってるわよ。でも庄ちゃんには行って欲しくないの。もし戦争に行くんだったら、北海道でも九州でもどこか遠くに奉公に行ってくれた方がいい。たとえそのまま一生会えなくなったとしてもその方がいい」

 沙那子はもう半ばべそをかいていた。庄吉は何か自分が沙那子を虐めているように思えて、

「わかったて。飛行機乗りにはならんて」

 と言った。沙那子も涙を着物の袖で拭きながら、

「約束だよ、庄ちゃん」

 と小さな声で言った。



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