第13話
昭和十六年一月、二ヶ月後に尋常小学校の卒業式を控え、庄吉と鉄男と三郎は、そり遊びに夢中になっていた。裏山の斜面に造られた先祖代々の墓は深い根雪の下に埋もれ、ちょうどその一帯は天然のスキー場のように、そりをするには持ってこいの場所になっていた。庄吉は木っ端を集めて作った手製のそりに、より滑りやすいようにと工夫をこらし、滑走部分にブリキの板を張り付けていた。
「庄ちゃん、それすげえな。オレたちのとは全然違うて」
鉄男がうらやましそうに言うと、
「おお、オレたちのは一番上から滑ってもこの辺で止まるけど、庄ちゃんのは庄ちゃんちの屋根にぶつかるくれえ滑っていくもんな」
今度は三郎がそう言った。庄吉は、にやにやしながら、
「そんならお前たち、これ乗ってみるか?」
と二人を誘った。
「本当か?ほんじゃあどうする?サブちゃん先にやるか?」
鉄男が三郎にそう聞くと、三郎は、
「何かちょっと怖えから、鉄ちゃん先やってくれ」
と尻込みするように言った。三人はそりを引きながら斜面を駆け登り、墓のてっぺんまで行くと、横一列に並んだ。眼前には壮大な越後山脈が連なり、山も平地も白一色に雪化粧をしている。そして、空だけが抜けるように青い。
「よーい、ドン」
庄吉が声をかけると、皆、雪を蹴って滑り出した。庄吉のそりに乗っている鉄男は、あっという間に二人を引き離し、鉄男の「おおおー」という声と共にみるみる小さくなっていく。鉄男は、危うく庄吉の家の屋根にぶつかりそうになりながらも、すんでのところでそりを止めた。
「すんげえ、すんげえ!おもしれえ!」
鉄男は絶叫しながら、庄吉と三郎のところへそりを引いて走ってきた。
「サブちゃん、お前もやってみろ!全然違うぞ!とにかく速えて」
こうして三人は何度となく上っては滑り、上っては滑りを繰り返したが、いつしか疲れ果て、誰が呼びかけるともなく、三人とも頂上に並んで腰を下ろしていた。その頃には、もう、西の空はオレンジ色に染まり、西から頭上にかけてはオレンジからピンク、そして白、水色へとわずかずつ色を変え、頭上から東の空へかけては、水色から群青色へと一気に色を強め、地平線近くには星さえ瞬いていた。昼と夜の狭間に座った三人は、だんだんと群青色の支配する世界が広がっていくのを、ただじっと眺めていたが、しばらくすると、鉄男がぼそぼそとしゃべり出した。
「もうすぐ卒業だなあ、庄ちゃんと三郎は高等科へ行くんか?」
「ああ、オレは高等科へ行く。サブちゃんはどうすんだ?」
庄吉が聞いても、三郎はしばらく黙っていた。三郎の家は鉄男同様、赤貧洗うが如しの極貧小作農家だった。
「うちは貧乏だからなあ。なんとか高等科へいきてえけど、まだわかんねえ。鉄っちゃんちの姉ちゃんはどうすんだ?もう奉公先は決まったのか?」
「おお、姉ちゃんは高村様のうちに奉公に行くことになったんだ。オレも高村様のお陰で高等科へ行けそうだて」
「高村さんとこへか?」
庄吉は声をひっくり返して聞き返した。
「ああ、うちが高村様から田っぽを借りることになったとき、おじいさんが姉ちゃんを見て気に入ったらしいんだ。そんで高等科を卒業したらうちに奉公に来ればいいって言ってくれて、父ちゃんも母ちゃんも大喜びしてた。それもこれもみんな庄ちゃんのお陰だって」
「そうか、沙那ちゃんは高村さんに奉公に出るのか。そんなら近くてよかったなあ。たまには会うこともできるかもしれんもんなあ」
鉄男は、庄吉が自分たち家族のことを思ってそう言ってくれているのだと思ったかもしれないが、そうではなかった。庄吉は、沙那子が高等科を卒業するとともにどこか遠くへ奉公に出てしまうと思っていただけに、その知らせがたまらなく嬉しかったのだ。もう二年たてば今度は自分がどこかへ出ていかなければならないことになるのだろうが、二年という時間の長さは、庄吉に希望を抱かせるには十分だった。




