第12話
次の朝、学校へ行くと、鉄男が昨日にも増してうなだれていた。
「鉄ちゃん、どうした?」
鉄男は何も言わない。
「三郎、何があった?」
三郎も最初は口を閉ざしていたが、庄吉の険しい表情を見てやっと話し始めた。
「オレたちみんな、父ちゃんや母ちゃんに鉄男とはかかわり合うなって言われたんだ。鉄男と仲良くしているところを酒井さんに見つかって、鉄男んちと同じ目に合わされたら大事だからって。田っぽを取り上げられたら一家みんなで首くくるより他ねえって」
「そういうことか。わかった。そんならオレのことも仲間外れにしろ。オレたちはこれから二人でやっていくから、お前たちはオレともしゃべらんでいい。オレがいればいいだろう、なあ、鉄ちゃん」
庄吉がそう言うと、鉄男は泣き出した。それを見た三郎が、
「庄ちゃんちは自作だからいいけど、オレたち小作は酒井さんから睨まれたら生きていけんから仕方ないて。悪く思わんでくれよ」
と言った。
庄吉は、もし自分が小作の家に生まれていたらどうだったろうと考えた。そもそも小作なら柏太郎を殴ったりはしなかっただろう。庄吉は、自分が自作の家に生まれたことをこれほど有り難いと思ったことはなかった。
庄吉と鉄男が二人して鉄男の家に帰ると、家の前に二台の人力車が止まっていた。人力車を乗りつけるなどというのはどこの誰だろうと思い、急いで中へ入ると、土間に車夫二人が座って煙草を吸っていた。そして、襖を開けると、そこには、昨日の老人と一人の若い男が座っていた。老人は庄吉を見ると、
「おお、こいつじゃこいつじゃ。村上の庄だったの」
と顔をほころばせて言った。鉄男の父と母は、上座に老人と若者を座らせ、自分たちは下座で肩をすぼめて正座していた。
「今、昨日の話をしておったとこだ。少し遠いがのう、ウチの田っぽが一町歩ばかりあるで、そこを使うように話してたところだ。これでいいかのう、庄吉」
庄吉が突っ立ったまま、鉄男の両親の顔をかわるがわる見ると、
「庄ちゃん、ありがとうねえ。高村様がきてくれる前は、みんなで首でもくくろうかって話してたんだよ。本当に有り難うねえ」
鉄男の母が拝むようにしてそう言った。庄吉はその場で老人に土下座をして、
「おじいさん、ありがとうございました。ありがとうございました」
と泣きながら何度も繰り返した。鉄男も庄吉に続いた。
「二人とも、もうええて。庄吉、わしは約束を守ったろう。今度はお前が約束を守る番だて。お前がそのままの心で金持ちになった姿を是非わしに見せてくれよ」
庄吉はただ「はい」と言って頭を下げた。老人は鉄男の父に、
「お前の息子はいい友達を持ったのう。うちのこれもこういう友達がおったらええんじゃが、何せ大学へ通うために東京に行っているもんだで、友達がいるんだかいないんだか、ちゃんと勉強しているんだかいないんだかさっぱりわからん。早くに父親を亡くしてわしが甘やかしたのが悪かったのかのう」
と言った。
老人の隣に座っていたのは高村家の次男、高村恭二郎だった。どうやら、老人一人を外に出すのも心配だからと一緒についてきたらしい。
「おじいさん、しっかり勉強はしています。友達もちゃんといますからどうか心配しないで下さい」
恭二郎はそういいながら、部屋の隅に正座している沙那子と目を合わせると、少し顔を赤らめて笑った。そして庄吉を見ると、
「高村恭二郎です。君の話をおじいさんから聞いて、是非君に会ってみたいと思っていました。いつか僕も君の友達にしてください」
と笑顔で言った。庄吉は驚いた。こんな人がいるのかと思った。恭二郎は、上から人を見下すようなところが全くなく、ずっと年下の庄吉にさえ、真っすぐな目線で話をする。言葉も丁寧で、何というか、すごくしっかりした子どもと話をしているようだった。庄吉は何と答えて良いかわからずに、ただぺこりと頭を下げた。
皆で二台の人力車が遠く見えなくなるまで見送ると、もうすっかり日が暮れていた。庄吉は鉄男の父と母に挨拶し、鉄男に、
「じゃあ、また明日な」
と言うと、沙那子をちらっと見て家を出た。沙那子は優しい目で庄吉を見て微笑んでいだ。
(お月さんでも影ができるのだなあ)
庄吉は、走りながら、自分の後ろから差してくる青白い月の明かりでできる自分の影を見てそう思った。水田に、季節外れの蛍が、幾筋かの緑色の曲線を描いてふわふわと飛んでいた。




