第1話
冬が終わり、オオイヌノフグリやヒメオドリコソウが、道端にひっそりと小さな花をつけ始める頃、僕は一人、公園のベンチに腰掛け、何をすることもなく、ただ一日中景色を眺め、時折吹いてくる風の匂いを感じる心地良さに身を委ねていた。僕はその時、自分が世の中の誰とも関わらずにたった一人でいることが、自分にとっても周囲の人々にとっても一番良いことなのだと思い込み、心を閉ざして、まるで世捨て人のような生活を送っていた。最初のうちは暗澹たる気持ちにうちひしがれ、あまりの寂しさにもがき苦しんでばかりいたが、野に咲く小さな花や名も知らぬ小鳥や昆虫が、季節の変わるごとにせっせと現れては文句一つ言わずに枯れ果て、或いは死に絶えていく様を見るにつけ、僕は、そういうものたちと心を通わせながら生きることに少しずつ喜びを感じるようになっていた。普通に友達と遊んだり、恋をしたり、その人と別れたり、結婚をしたり、子どもを授かって家族をつくったり、そして、その家族のためにがむしゃらに働きながら年老いていったり、自分は生まれつきそういう人生を生きるようにはできていないのだと、その頃の僕は心底そう思うようになっていた。
公園の自販機でコーヒーを買った僕は、再びベンチに戻り、父親に抱かれた二歳くらいの女の子が池に架かった橋の欄干からカモにパンの耳を放っているのをただ漠然と眺めていた。しばらくすると、そこにはカモだけでなく、コイやカメまでが集まってきて、女の子はとても嬉しそうにしていた。するとそこへ、ビニール袋を持った老婆が現れ、反対側の欄干に手をかけたかと思うと、持っていたビニール袋の中身を全て池にぶちまけてしまった。女の子の側にいたカモやコイたちは途端に老婆の側へと移動した。女の子は、彼らが自分のもとからどんどん去っていく光景を目の当たりにして、何が起こったのか訳もわからず、ただただ戸惑うばかりだった。そして、彼女の笑顔は、まるで線香花火が燃え落ちるたかのようにぷっつりとそこから消えてしまった。
勿論、その程度の不条理などこの世の中にどれだけあるかわからない。あの子も、これからの人生の中で、あんな経験には山ほど出くわすことだろう。たとえどんなに注意深く生きていこうとも、そういうことから逃れることはきっとできないに違いない。しかし僕は、今ここで、あの橋の上で、あの子がそれを経験しなければならないのは、やはりやりきれないほど理不尽だと思った。だからといって、僕に何ができたわけでもない。僕にできたことといえば、その光景から目をそむけ、視線をわずかに右へずらすことくらいだった。