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聖女1  作者: 明宏訊
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ジャクリーヌ、実母と出生以来、はじめて実母と再会する。

 ジャクリーヌが少年を担いで退去した後から、闇から姿を現した影が数個あった。

それは、瞬く間に人体の形を取った。一人の少女を中心にして、複数の竜騎士たちが囲んでいる。

たまたま往来の人物が、ちょっかいを出してきた。それは30がらみの男であって風貌から職人だと思われる。昼間から酔っているのか、鎧は纏っていないものの、剣を携帯しいかめしい空気を醸し出していても、まるで畏れる気配がない。

しかしながら、配下の一人が睨み付けると、脱兎のごとく走り去った。

「従子爵さま、生かしたままでよろしいのですか?」

「あのような酔っ払いにカカズラッテいるほど暇ではない。だれもあのような人物の言葉など信じるはずがない。それよりもあのお方とバカを追え。まったくこんなものを忘れおって・・・」

配下の一人がジャクリーヌが消えた先に向かった。

少女は言葉の激しさと裏腹に能面のような無表情を押し通している。それゆえに、周囲のものたちは畏れを抱くのだ。

「従子爵さま、そんなものにお触りになっては・・・」

「私以外に、この場でそれができるものがいるのか?」

 返事が無言であることを確かめる以前に、少女は屈んでいた。主君にそんな姿勢をさせるのは屈辱であると、配下たちは彼女よりも姿勢を低くしようと無駄な努力をする。彼らは少女の二倍といっても大げさではないほどの背丈があるのだ。

「バカ、目立つであろう」

 大男たちはやすやすと首飾りを持ち上げる少女に畏れを為した。

「従子爵さま、あなたさまは・・・・」

「そなたたち、このことは他言すまいぞ・・ほら、ジョン、場所をわきまえろ」

 自分たちが仕える人間の正体を覚ってしまった竜騎士たちは、身分あるものの習性として、彼らが生まれながらに縛られているものに愚直に従わざるを得ない。

 しかし、それをあからさまにやっては間諜として成り立たない。

 どうして、このような竜騎士たちを少女の主君は手配したのか、その理由を知っていた。それゆえに必ずしも頭から非難するわけにはいかない。

 じつは、ジョンと呼ばれた騎士は、かつて、少女が主君と呼ぶ相手に口答えをしている場面を垣間見たことがある。それは彼らの常識からすると、娘が母親に対してであってもとうていありえないことなのだ。

 それを天と地ほども身分の差があるどうしが見せるとは・・・・、ジョンはその様子を否が応にも脳裏に刻み付けざるを得なかった。

 「それにしても、あのバカが手にしてふつうにしていられたのに、その姉がだめ、というのは理窟があわないのではないか?」

「御意・・・・」

 急に態度が丁重になったのを、少女は半分迷惑そうに見やると言った。

「もう、注意する気も失せた。宿舎に戻るぞ・・・。その前にすることあったな」

「はい、弟君をお救いせねば・・」

「あのバカで十分だ。しかし、この首飾りは持って帰らねばならないし、困ったな・・」

「私たちを信用できませんか?それほどまでに追っている相手は強力なのですか?あの少女が・・・・すいません」

 大男の一人が謝罪した。主君の表情からとうてい彼などが立ち入れるケースではないこがあきらかになったのだ。しかも、目の前に立っている主君の正体すら明らかではない。なんといっても、あの恐ろしい石を携えながらふつうに口を聴いているのだ。傍にいるのも身体中に鳥肌が立つというのに、彼女は普段と変わらない有様だ。

 そのとき、背後から女性の者と思われる重々しい声が響いた。

「そなたでも、困ることがあるのですね、あれほどまでに聡い頭をもっていながら・・」

「なにやつ!?」

 自分たちの主君に無礼にも直立のまま近づこうとする人影に男たちは苛立った。

「控えろ!下郎!!ぁ・・・」

 少女は振り返らないままに、目の前の家臣に殴りつけた。しかしながら、彼女の予想とは違ってまったく効果がなかった。単に大男の眼前に手を差し向けただけだった。

「イザボー・・・まったくあなたらしくないことばかりね。首飾りが手中にあることを忘れましたか?」

「御意・・・・」

 少女は回れ右をして腰を折った。

「まったく、先ほど配下のものに命じたばかりではありませんか?目立ちますよ」

 少女は絶句した。それほどまでから自分たちは見張られていたのか?

周囲の男たちは、完全に蚊帳の外に置かれている。

 彼らの主君が腰を折っている相手はいったい何者なのだ?その人物は、異教徒の女性らしい風貌をしている。海を越えた土地で信仰されている宗教によると、女性は身分の高低にかかわらず、あるいは年齢の上下にかかわらず、外出するときはベールで全身を覆わねばならない。当然、頭や顔も、この布で覆われる。身分の違いはベールの品質がすべて語ってくれる。

 それによると、一般庶民のようだ。

 しかし、彼らの主君の態度からして違うらしい。何やら、筆舌に尽くしがたい恐怖を覚えて凍りついた。

「お前たち、宿舎にさがりなさい」

 「主君の声が聞こえないのですか?それでもあなたたちは竜騎士ですか?」

 はじめて、正体不明の人物から声をかけられた男たちは、その声色から感じる波動に恐怖を覚えて、主君に対する礼儀も忘れて消え去った。

「お方様・・・」

 少女は、夫人のベールに近づいた。そして、触れる。

 「そ、失礼をば・・」

「イザボー、失礼なんてことがあなたが私に対して、あるわけがないではありませんか?むしろ嬉しい。元服してからのそなたは、あまりにも冷たすぎます・・・それはいい。そなたはその首飾りを陛下の元へお持ちしなさい」

「しかし、それでは・・・・・まさカ・・・」

「そう、私がジャンを連れて帰ります。他に方法がないでしょう?イザボー、聡いそなたなら他の方法を思いつきますか?・・・・・さあ、いくらそなたでも限界と言うものがあります。常にエネルギーを吸い取られていることを忘れてはいけない。あなたの身体が心配です」

 まるで母親が娘にかけるような慈悲に満ちた声であった。

「御意・・・」

「暗くなる前におかえりなさい・・」

 そういい終わるなり異教徒の夫人は消えた。

 少女は魂を吸い取られたかのように、しばらく、夫人が消えた空間を見つめていたが、踵を返すと町の喧噪に向かって歩き出した。そのとき、背後から声が聞こえた。

「従子爵さま」

 ジョンは、声をかけたというのに自分のことに気付かない主君に驚いたが、すぐにあの首飾りを携えていることを思い出した。

「あ、あ、ジョンか?偵察を命じたはずだが?」

「陛下に主君の警護を命じられました・・・」

「なに?陛下?」

 まさかこのような所にマイケル王がこられるはずがない。きっと、あのお方がまやかしを見せたのだろう。ちょうどよい。今の自分ならば確かに警護が必要だ。

「ならば、ジョン竜騎士、宿舎に戻ろうか・・・」

 心なしか、主君の声が震えていたが、それは首飾りがもたらす疲労だけではないようだった。


 さて、異教徒姿の夫人は、まったく音も立てずにジャクリーヌが探し当てた旅籠に忍び込んだ。本棚の陰に忍び込む。少女のものと思われる声が聞こえてきたからだ。どこかで聞いた声、だれかに酷似している。

 ふつう、自分の声など聴く機会など持てないものだ。話しているときに自分の声だと思って耳に入ってくる音声は、あくまでも身体という異物を介してのものであって声じたいでは決してない。

 だから、夫人も、その声が自分とそっくりなどとは思わなかった。ただ、自分の実母や妹たちと似ていたのでそう感じたにすぎない。

「ジャ、ジャクリーヌ・・・・」

 整った鼻梁、麗しい花弁のような口元、薄暗くても、いや、それゆえに余計に肌の白さが遠くにいても伝わってくる。

 想像していたよりもはるかに美しかった。

 夫人は思わず、このまま出て行って抱きしめたくなった。その衝動を済んでのところで押さえつけて、伝わってくる声に耳を傾ける。もうひとり、少年のものはジャンだ。イザボーの弟だが、姉と同じように彼女が世話をしている。

 「殿下、もう、大丈夫です。お世話をおかけしました・・・」

夫人はベールの下で思わず頭を抱えていた。何ということだ。ジャクリーヌのことを殿下と呼んでいるのか、それでは間諜の意味がないではない。まったく形無しというよりほかにない。これでは弟のことを常日頃、あの礼儀正しいイザボーがバカバカと連発することから庇うのも躊躇わざるを得ない。

 そのとき、ジャクリーヌの声が響いた。

「誰かいる!そこに隠れていないで出てきなさい!!」

「・・・・」

 さすがはわが娘とベールの中で夫人は思った。自分の気配を消していたつもりが、読み取られていた。

 だが、正体もまったくわからない相手の雰囲気を感じたからといってすぐさま怒鳴りつけるのは、まだ青い証拠だろうが、少女と言ってもよい年齢なのだからかわいらしいとも思った。

 余裕の微笑を浮かべたが、能力を使わずしてこの場を切り抜ける方策がないのもまた辞事実だった。事ここ至ってはしょうがない。能力に訴えるより他になかった。少女の命令に従うことにしよう。しかし、彼女の思う通りに、ではない。姿をみせるにはみせるがそれはあくまでも瞬く間にすぎない。

 おそらく、それがベールをかぶった異教徒だと気づいた次の瞬間に意識を失っているだろう。

 はたして、ジャンが見たものは、気を失った「殿下」とそれを抱き留める異教徒の女性の姿だった。

「で、殿下!な、あ、あなたは・・・お方さま・・・ご無礼を・・・」

 さすがに、さきほどの竜騎士のようにはいかない。少年はその正体に気付いて、主君に対して最敬礼を示した。一目がないから注意する必要はない、いや、いまの夫人にそんな余裕があるはずがない。

「ジャン・・・」

 少年は目の前で親子の邂逅が、長い歳月の後に実現したことを同時に知った。姉の話からすると、産後、はじめて自分の娘の顔をみていることになる。しかしながら、泣き声をあげるわけでも、産湯が必要なわけでもない。

「・・・・くう!?」

 思いを断ち切るように頭をふると、いきなりジャンを抱き上げた。

「すぐに宿舎に向かいますよ、ジャン」

 畏れ多くも主君に抱き留められている、そんな家臣の心情などまったく構わないという風に、身体で空を切ると旅籠を後にして消える。

 


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