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聖女1  作者: 明宏訊
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賤民たちの戦い

 フランソワが手を叩くとジャクリーヌたちが入ってきた扉とはべつの、位置的に言うならばちょうど向かいにある扉が開いた。そして現れたものたちは・・、一同はそれをみて絶句したが、その思いは一様ではなかった。

竜騎士が鎖を引いている。その鎖は扉の向こうの闇に繋がっている。当初、一同は犬でも姿を見せるのかと思った。だが、それにしてはその位置が高すぎる。訝って目を凝らすと、なんと、姿を表したのは、裸の少女、ふたりだった。年齢からいえば、ジャクリーヌやカトリーヌとおなじくらいだろうか。彼女たちの頸には首輪が嵌められて、それに鎖がつながり、竜騎士の手に繋がっていた。

カトリーヌとイザボーは視線を発射する位置がそれぞれ高さという点において違う場所にありながら、同じ意味を込めてあきらかに侮蔑とわかる視線を投げつけた。

あれは人間ではない、口に出すのもおぞましい、賤民!!

イザボーでなく、ジャクリーヌでもなく、カトリーヌが第一声を発した。彼女の手は剣の柄にかぶさっている。

「失礼な!!これはどういうことか?賤民をこのような場に引き出すとは、我々に対する宣戦布告とみてよろしいか?」

絶世の美貌が怒りと恥辱に歪んでいた。しかし、フランソワは、どうにか外面を仮面のままで保つことに成功した。しかし内面といえば、心臓はばくばくと動き、聞こえるはずのない鼓動が鼓膜を刺戟する。辛うじて公爵家の継嗣という自尊心が彼を支えていた。っそして、もう一つ、彼を支えていたものがある。それは、彼と賤民のひとりの少女と視線を、この場の誰にもわからないように合わせたこと、である。


だが、ある意味でカトリーヌより恐ろしいものが、彼女の背後に隠れていたのである。

いうまでもなく王太子の実妹である。彼女は親友とは真逆の意味で怒っている。カトリーヌと違って、人口の村ヴェルサイユで、貴族たちの言うところの賤民とともに生き、暮してきた人である。ゆえに、目の前で耐え難い暴虐を受けているのは人間なのである。しかしながら、カトリーヌの場合はちがう。貴族同志が集う聖なる会見において、賤民のようなおぞましいものを持ちだしてきた。これは明らかなる客に対する侮辱であり、宣戦布告以外のなにものでもない。幼いころからこれに関してはお互いに譲らずに喧嘩を繰り返した故に、話題に上らせないという休戦条約を暗黙のうちに結んでいた。だが、実際に目の前に提示されては、カトリーヌは我慢できなかった。貴族の中の貴族という境遇で育った彼女の中に流れる青い血が黙っていなかった。 

しかしながら、ジャクリーヌの場合はどうだったのか?

彼女の体内を巡る青い血は何をしているのか?

カトリーヌはそれを問いたいと思ってきたが、いまはウオルシンカム家への怒りの方が強い。

この場に引き出された二人の賤民の少女は、カトリーヌに対してもっとも恐怖と敵意を抱いていた。彼女は自分たちが貴族に対して抱くイメージ、そのものだった。美しく、そして、冷たい、そして圧倒的な力を持つ、それにも関わらず、自分たちにひと欠片すら与えようとせずに、むしろ、自分たちをとことんまで蔑視する、それほどの能力をそれらのすべてがカトリーヌに向けられていた。

賤民と呼ばれる二人の少女の内、片方はアリスと呼ばれている。そして、今ひとりはメアリー。彼女たちは、それぞれ別の村で育った。両者の村はある水路の上流と中流に位置していて、昔から水の利用権を巡って争ってきた。

今日、この日、両者はそれぞれの村の利益を代表してやってきている。二人に戦わせて、勝利した方に利用権を一方的に与える。

なお、当然のことだが彼女らが住む荘園は、ナヴァロンは、リヴァプール王国、ウオルシンカム公爵家の領地の中にある。

フランソワはそういう説明を、ようやく表面上は落ち着いてきた客に対して行った。

カトリーヌと、ジャクリーヌ、どちらかといえば、前者の方がまだ冷静でいられた。彼女が前に出ると口を開いた。

「戦いは貴族の特権、賤民ごときにそのような習慣が存在するはずがない。よって、無益なことだな、ほら賤民たちも困惑しているではないか?いや、そもそも自分たちの村のために命を懸けるなど、低級な賤民ごときにありえぬわ」

ジャクリーヌが何か言おうとしたのは、そちらを振り返らずともわかる。ゆえに彼女の口に当てて発言を塞いだ。そしてさらに畳み掛ける。

「賤民、アリスとかいう人の名前をつけられているのか、そなた、他の賤民のために自分が犠牲になるのは馬鹿らしいと思うだろう?そなたらに、そのような高尚な精神が宿ってはずもない。いや、精神、そのものが・・・」

カトリーヌはみなまで言わなかった。彼女は剣を鞘から抜くなり、彼女の口元に近づけたからである。断っておくが言わなかったのである、言えなかったわけではない。ジャクリーヌが自分を傷つけるはずがない、という認識が勝っている。言わなかったのはあくまでも、親友を冷静にするためである。

カトリーヌは親友を見据えると言った。

「剣を戻せ、ジャクリーヌ、頭を冷やせ。それは私にも言えることだな。とりあえず、お互いに頭を冷やしてウオルシンカム公爵家のおもてなしとやらにあずかってみようじゃないか?」

フランソワはこの場の主役を二人に奪われてしまったことに不服だった。そのために一際、声を高く言った。

「カトリーヌ殿のおっしゃっているとおりです。さて、賤民に人の感情の万分の一でも与えられているのか、試してみようではありませんか?賤民ごときのために抜かれるほど、貴女の剣は軽くないはずです」

カトリーヌは、弁舌の爽やかさを復活させたフランソワに内心で舌打ちしていた。それ以上、ジャクリーヌを刺戟するべきではない。さんざん、それ該当する言葉を吐いておきながら、この金髪美少女は自分のことを棚に上げておいて、あくまでも頭の中という限定付きながら、雄弁家を非難していた。

カトリーヌはとにかく、この余興とやらを開始させてしまおうと考えた。心のどこかではそれに対して興味を抱いていたのである。それは彼女が発した言葉からもわかることだろう。

「フランソワ殿、何を使って賤民たちを戦わせるのだ?鍬か?鋤か?」

フランソワはにやりと笑った。

「何をおっしゃる、これです」そう言って、家臣たちに二振りの剣を持ってこさせた。カトリーヌはわが目を疑った。

「ウオルシンカム公爵家の継嗣ともあろう人が狂ってしまわれたらしい。賤民どもに、聖なる剣を触れさせるとは、座興としても戯れが過ぎるのでは?やはり、私とあなたとの間で雌雄をつけると、そうした方が、剣としても本望でしょう」

カトリーヌの言によれば、アリスとメアリーは殺し合いをせずに済むのである。しかし、貴族たちにとってみれば単なる座興にすぎないが、二人にとってみれば一族の生き死にが、かかっているのである。二人とも、とくにカトリーヌと同じ色に髪を輝かせているアリスは、自分たちにそのような感情があることを、いや、心の存在すら否定されたことが悔しくたまらなかった。その気持ちが、先祖代々、貴族に対して抱いていた絶対的服従の鉄則を破らせた。大胆なことにフランソワたちに前に一歩、踏み出したのである。

「お願いです、私たちに戦わせてください・・」

言い終えるまえにアリスは首を抑えて倒れていた。

フランソワはそちらに振り返らずにひとり言のように言った。

「賤民の言葉などわからぬ。賤民が貴族に向かって言の葉を舞わせるなどありえないことだ。きっと気のせいだろう」

アリスはびくびくと震えながら、フランソワを見つめることもできずに彼の足元を凝視していた。彼女に魔法の何たるか、そんなことはわかるはずもない。彼女にわかることはただ、自分の飼い主が言下に命じていることだ。彼女は狼狽えながらも、カトリーヌを視界の隅に入れながら、この場に連れて行かれる前に彼から命じられたことを思い出していた。

飼い主は何事もなかったかのように、あるいは何もしなかったかのようにアリスに振り向くと言った。

「ほら、剣を手にするがいい。そなたら100匹の命よりもはるかに価値があることを弁えて、心して触れるがいい」

アリスは、それが本心なのか、単なる芝居の言上にすぎないのか、おそらくは両方を含んでいるのだろうが、屈辱に唇を噛むことすらできずに命じられたとおりに、恐ろしいエモノに手を触れる。賤民にとってみれば恐怖と忌避の対象物といっていい。だが、自分が所属する村の未来がかかっている。今は、それ以上に自分たちをさんざんに侮辱したカトリーヌたちに対しての当てつけという側面もあった。

メアリーもほぼ同時に剣を手に取る。お互いにもはや胸や局所を隠すことなど考えられない。羞恥心はあさっての方向に擲った。

ジャクリーヌは息を呑んだ。いったい、何を彼女たちにやらせようとしているのかわかっているのか?

カトリーヌ、止めさせべきよ!

その一言がどういうわけか、喉から出てこない。口の中が乾いて全く動かない。結果として彼女は何もできずにおろかな戦いは始まってしまった。


剣などろくに持ったことのない両腕は、このあまりにも重い金属の塊をうまく制御できるほどしなやかに造られていない。鍬や鋤は自在に扱っているが、まったく勝手が違うエモノを手にして、アリスとメアリーは混乱の極みにあった。しかも、宗教からすれば賤民は武器を手にしてはいけないはずなのだ。戦いと文字は、身体の中に青い血を巡らせる貴族と僧侶にのみ属する。その考えを幼いころから受けてきた二人にしてみれば、フランソワの命令は、あまりも無体なことだった。剣に触れた瞬間に聖母ウェヌスの怒りによって燃えされてしまうのではないか、二人は本気で心配した位である。

貴族たちは、剣の重さに耐えきれずに右に左に揺れるふたりを嘲笑いだした。アリスにしてみれば、戦いはべつに目的がある。だからといって、ここまでバカにされて一矢を報いないという手はない。少女は傲然と自分を見下すカトリーヌに視線の隅に入れた。そのせいで、メアリーの攻め込みに対して無防備となって、左腰にかすり傷を負った。それだけでなく、はじめて剣で傷つけられた恐怖によって倒れ込んでしまった。

貴族たちの嘲笑が自分を覆う。しかし、アリスは憤怒をただ一人に集中させていた。カトリーヌ、彼女は笑っていない。あたかも賤民ごときに感情を動かすのは、たとえ、それが嘲笑であってももったいないといわんばかりだ。フランソワによれば、彼女はオルレアン虐殺の首謀者らしい。あの地の賤民とナヴァロン島に住まうアリスは何の縁もないが、同じく虐げられている身としては同情するに値する。親、家族を殺されたも同じだと自分に言い聞かせると、恨み、憎しみが湧いてくる。そんな風に飄々としていられるのはいまだけだと、彼女は懐に入ったあるものを密かに身体感覚によって確かめた。


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