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聖女1  作者: 明宏訊
53/57

オルレアン虐殺、それがジャクリーヌと頂点とする小さな国に不協和音を起こした。

  53


 それは竜騎士試合の後に、アンスバッハやマイケル王が目撃した、ジャクリーヌに侵入し、かつ、彼女の身体を支配した、何者かと同一であったが、本人に関知しようがなかった。だが、彼女を助けようと突進しているカトリーヌの触手は、かすかに何等かの変化を採取した。しかし、この時に救わねばならないのは彼女の命である。

 細かな違和感にかかずらっている暇はなかった。ひたすらに手を救うべき対象に向かって差し出すだけだった。

 その手がジャクリーヌに届いた刹那に、ちょうど彼女は、自分の身の内に突如として起こった異変を受けて意識を取り戻した。

 親友の気を感じてついででてきたのは、その名前だった。

「カトリーヌ!?」

 安心するとともに、彼女への怒りが爆発した。彼女を抱きとる瞬間にその耳に囁く程度では済まさず、大声で叫んでやった、それこそ口角泡が飛ぶほどに。

「ジャクリーヌ!このおおばかやろう!!」

「カトリーヌ!!耳元で叫ばないでよ!鼓膜が悲鳴を上げてるわ!!」

 親友の非難を無視して彼女を竜に乗せたまま地上に降り立った。二人を追ってきたジャンやイザボーその他、竜騎士たちもようやく続いてきた。

 イザボーは降りたった瞬間に光球を再び手のひらに発生させていた。

こうなった責任を感じているので、足早に少女にちかづいた。そして、天賦の才能をいかんなく彼女に発揮する。光球を宙に浮かせると彼女の胸に手のひらを近づける。ジャクリーヌが放つ気の様子からカトリーヌはすでに親友が健康であることを覚っているので、皮肉を言う口の機能は十分に働いていた。

「どうした?クレマンソー伯爵、嫉妬のあまり声もでないか?」 

イザボーはカトリーヌの皮肉というか嫌味を無視して言った。

「少なくとも肉体的には問題が関係ありません」

無視されてもカトリーヌは畳み掛ける。

「肉体と精神は分離が不可能だというのが治療属性たちの共通の考えのようだが?」

 いったい、自分の身体のうえで何をやっているのか、イザボーは相手にしていないのだが、カトリーヌの声がした時点でジャクリーヌの中においては、二人の共同正犯が成立してしまうのである。

「二人とも、いい加減してよ!!」

カトリーヌとイザボーはひたすら互いを睨み付けるばかりで、口を噤んだ。こうなってしまった直接の犯人は自分のことを棚に上げて他人の罪を言い当てる。

「わ、私は大丈夫よ、それにしても、あなたたちは何を言い争っているのですか?」

カトリーヌもイザボーも何も言えなくなって、先ほどとは別の意味で互いの顔を睨み付ける。やおらカトリーヌが口を開いた。

「本当に大丈夫なのか?」

まるで賤民たちが露店で売り物にしている自動人形のように口を開くのはイザボーだ。

「あくまでも純粋に肉体的にはそうでしょう。ただし、侯爵閣下、いえ、侯爵見習いさまのおっしゃることが正しいのならば、おかしいのでしょうね」

ジャクリーヌとても、自分の言っていることがおかしい、ということはわかっている。だが、自分の兄が陰謀めいたことをやっていると、イザボーに指摘されたことが我慢できなかった。そして、何よりもそれだけで激発した自分が彼女に手をかけた、どういう自分自身が一番、本当は許せなかったのである。

イザボーが発した光球がジャクリーヌの顔を照らし出す。カトリーヌはその顔から嫌でも親友の内面を洞察せずにはいられなかった。

「オルレアンのことが気になるのか?」

 ジャクリーヌは黙って肯いた。その様子がやけに健気に見えたのは、カトリーヌには気に食わなかった。正しくはそのように見た自分自身に腹を立てていた。それを癒すために口を開いた。

「オルレアンに関して調べられるところは調べてみようか、どうせ、ナルボンヌに向かう道程ではあるし・・・」

一瞬で顔色を良い方向に変えたが、カトリーヌの歯切れが悪いことは、語尾のイントネーションをみれば明らかだった。

「カトリーヌ、何かを隠してるでしょう?」

意を決したようにカトリーヌは口を開いた。

「後から勘ぐられても困るから打ち明けるが、実はオルレアンで私は動いていた。あの地である噂を流すように動く部隊を指揮するように父上から命令された」

これ以上、聴いてはいけないのではないか、ジャクリーヌはそんな濡れた目をしていた。一秒でも早くその疑いを解かねばならない。

「リヴァプール軍は慈愛に満ちているから、抵抗しないこと、そうすれば惨いことはしない、と」

ジャクリーヌが聴いていたある噂によると、敗色が濃厚になったんナント側はオルレアン虐殺ほどではないが賤民や平民たちにかなり惨いことをしはじめていたようだった。だが、そんなことといったい、どんな関連があるのだろうか?

カトリーヌはひとり言のように言った。

「わざとジェンキンズ子爵に虐殺を実行させるために、逃げ出さないようにするためだろう。父上がそんなことをお考えになっていたとは思いたくないが・・・すべて、リクツが合ってしまう・・・」

カトリーヌは怯える顔で親友の双眸を覗き込んだ。

「まさか、私も一枚かんでいると思わないだろうな?」

イザボーの背後からふいに声がした。

「カルッカソンム侯爵家がその謀略の中心になっているというのに、継嗣であられるあなたが関係していない、ということがありえましょうか?」

女性の声だった。怒りに打ち震えていた。その声は畳み掛ける。オルレアン公爵の家臣にいとこがいたのだという。その女性竜騎士は思わず言葉を打ちとめた。

イザボーの声が突如として吠える。

「虐殺の被害者はあくまでも賤民たち、竜騎士や魔法の使い手は関係ないわ。それに・・・」

 さきほどカトリーヌがイザボーに対してみせた、素直になりたくない、という顔をして言い切った。

「継嗣どのは、この陰謀に一切かかわっていないわ。少なくとも主犯ではない。きっと、大事なことは知らされていなかったのでしょうね」

イザボーは自分がそう言いながら、ほぼ同じ内容の言葉をジャクリーヌが口にしたことを驚きとともに受け止めていた。

「私のカトリーヌがそんなことをするはずがない。もしも予め知っていたら、絶対に強力しなかったはずよ!」

カトリーヌはふいに嗚咽と涙が同時に込み上げてくるのを感じた。それを見られたくなくて光球に向かって背を向ける。それにしても、ジャクリーヌが自分をそうするのは当然として、どうしてイザボーが自分を庇うのか?その理由がわからなかった。だが、素直に質問する気にもなれず、その代わりにジャクリーヌに水を向けた。もっとも月並みな言いかたしかできずに顔から火が出る思いを必死に隠してはいたが。

「ジャクリーヌ、お前はわかってくれるのか」

ジャクリーヌは、何としても親友を信じなくてはならない、という気持ちでいっぱいだった。確証はない。今まで、彼女と暮らしてきた時間からくる体験と、いや、それ以上の何かが理由となって少女にそのような気持ちを強くさせていた。

そのとき、カトリーヌの胸に去来していたのは、そのことだけではなかった。ジャクリーヌを頂点とする、この小さな国にあきらかに不穏な空気が漂い始めている。今まで言葉を控えていたカルッカソンム家の家臣たちは色を失っている。そのような態度を護っているのは、イザボーがカトリーヌを庇ったからに他ならない。

事ここに至って、もしかして彼女は分裂を恐れた結果にすぎない、という下種の勘繰りとしか言いようのない低級な想像に身を任せようとして、そんな自分を恥じていた。

目下のところ、交戦中にあるナントやリヴァプールだけでなく、ミラノ教皇、その他、世俗のあらゆる権力がジャクリーヌの身柄に興味を抱いている。もちろん、彼女自身に、ではなく、彼女の王位継承権が眼目にあるわけだが、本人にしてみれば、自分を巡って四方八方から食指が伸びてくる、という状況はあたかも自分の身体がもがれるような危機感を喚起するだけだった。

見方によれば、できるだけ高い代価を払う勢力と交渉すればよい話だが、そのようなことを考える余裕は本人だけでなく、カトリーヌにすらなかった。そういうことが頭をよぎっていたのは、イザボーだけである。

それが理由ではないが、カトリーヌを支持した。もしもそれに値しない人間だと見なしていれば、いかにジャクリーヌの信頼が篤かろうともこの場で断罪していた。分裂の危機があろうとも、膿は出してしまわねばならないと考えたからだ。その場合はカルッカソンム家と完全に袂を分かって、ロペスピエール侯爵家に身を寄せるしかない。そのような絵まで描いていた。

しかし、この金髪の美少女が信頼できるとあれば、話は複雑になる。いま、まさに自分たちが置かれている状況は複雑なわけだが、仮に分裂寸前の組織にあってもそれが防がれる最大の条件がある。それは共通の敵だろう。

カトリーヌが最初に叫んだ。

「ジャクリーヌ、巨大な気だ。はやく竜に急げ」

ジャクリーヌは黙って自分の竜が放つ気に向かって暗闇を走り抜けようとする。何に衝突しようと知ったことではない。そのような混乱する思いのなかにあっても、近づいてくる巨大な気について思いを巡らせていた。既視感だ。これと似た気をかつて感じたことがある。いったい、何者だろう?

竜に跨りながら少女はその感覚にさらに思いをめぐらしたが、いくら過去の記憶を検索してもそれらしきものは見つけられなかった。しかし、身体が宙に浮かぶような、竜が離陸する際に感じるいつもの軽い衝撃が彼女にその答えを見つけさせた。

ウオルシンカム家の人間、あの、竜騎士試合でジャクリーヌが瀕死の重傷を負わせた相手である。

当然、自らが治療をしたイザボーが忘れるはずがない。

ふいに声がした。

「お初にお目にかかります。ジャクリーヌ殿下、我が名はフランソワ、ウオルシンカム公爵家の継嗣であります」

凛とした声と同時にイザボーがわざわざ改めて造らなくても、複数の光球が周囲に立ち上った。それが照らし出した発言者は、少年、そう呼ぶのが限界に近づいてはいるが、大人の男と呼ぶには憚られる、そういう雰囲気だった。

フランソワは、跪くなり左腕をぶらぶらと遊ばせて、かつ右手を胸に当てる、王族に対する正式な礼儀を示した。背後にいる竜騎士、魔法の使い手、治療属性たちも同じ姿勢を示している。

ジャクリーヌは思わず竜を着地させた。すでに竜上にあり、槍兵が掲げるエモノの先ほどの高さにまで飛び上がっていたカトリーヌもそれに従った。


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