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聖女1  作者: 明宏訊
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みなが寝静まった夜、洞穴で三者会議が行われる。

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 とにもかくも、ジャクリーヌたちは空腹を満たした。

 自然と洞穴のなかでは彼女をヒエラルキーの最高とするピラミッドができていた。そして、その下にクレマンソー侯爵となったイザボーが位置する。例外といえば、カトリーヌである。彼女は最高位であるはずのジャクリーヌに平気でため口を利く。あたかも友人同士か、仲の良い姉妹のような不思議な関係を見せつけ、あきらかに自分たち共通の主君はそれを喜んで認めている。一度、イザボーが窘めたところ、彼女に対しては高い信頼を与えていると、みなはみなしていたが、衆目の中で「それはあなたには関係ないことです」とムべもなく否定された。言葉は丁寧だが、あきらかに気分を害したようで、言下に強い意思を隠していた。

それ以来、カトリーヌはヒエラルキー外の存在としてみるようになっていた。ちなみにカルッカソンム家の人たちにとっては、両者の関係はすでに慣れ親しんでいた。二人が幼いころから仕えてきたものが大勢である。

洞窟の中心にはこの三人が坐し、その他の者たちは周辺に親しい者たちで固まってめいめいが自由な時間を過ごしている。これはジャクリーヌがそうせよと命じたわけでなく、ごく自然にこういうかたちとなった。だが、自由の中にも規律があって、三人を、身を以って守ろうという無意識の忠誠心が見て取れた。

 しかし、それを素直に受け取るのがジャクリーヌであって、へそを曲げるのがカトリーヌであることは興味深い。後者は整ったかたちの唇をへの字に曲げて言った。

「家臣たちが束になっても私たちに敵わないのだから、守るも何もあったものではないが」

ジャクリーヌは口を尖らせた。

「カトリーヌったら、思いやりというものがないの?あなたには!?」

 イザボーが尽かさず主君を守るために援護射撃を後方から行う。

「守るには純粋に物理的のみならず、精神的な意味合いがあるのですよ、カルッカソンム侯爵閣下、いえ、失礼いたしました。まだ見習いでいらっしゃいましたね。おわかりいたただけなくて、当然かもしれません・・」

 これから延々とこの二人の舌戦を聴かされると思うとうんざりである。ここは面倒でも一言、述べておかねばならない。

「あなたたち、仲がいいのはわかるけど、遊ぶなら外でやっていただけないかしら?私は眠りたいのよ」

 そう言ってオオツノジカから剝いだ皮を頭からかぶると横になった。カトリーヌがそれを視ると嘯いた。

「狸寝入りはいい加減にするんだな」

 シカの骨が転がっている。それを見つめながらイザボーは押し黙っている。カトリーヌは反撃してくるのを半ば楽しみにしていただけに、肩すかしを食ったかたちとなった。まさか、ジャクリーヌに向けた言葉が実は自分に振りかけられた言葉であると通じないほど無神経、あるいは言葉に対する感受性がないとは思えない。どれほど待っても言葉が変えてこないので、まじめな話題にシフトすることにした。

「クレマンソー侯爵、ひとつ、まじめな話がしたいのだけど、私たちが首府ナルボンヌを目指すとして、まず妨害するのは誰だと思う?」

 今度は、イザボーは無視しなかった。

「常識的に考えて、リヴァプール王でしょうね。彼はできるだけ殿下を邪な勢力から孤立させておきたいと考えている・・」

 そのとき、彼女の言う殿下が寝苦しそうに寝返りを打ったので、カトリーヌを外に誘った。しかしふつうでさえへそ曲がりなのに、こと、イザボーが相手になると自分の気持ちをストレートに返すことなぞありえないといっていい。

「天下のカトリーヌさまを護衛に持てるなど、侯爵殿は天に感謝すべきね」

 イザボーはうんざりとした顔したが、すでに夜のとばりは降りているためにほとんど表情は読み取れないだろう。相手はしょせん、年下、物の道理のわからない子供なのだと自分に言い聞かせながら言った。

「あなたは、私と舌戦を交えるために外に出るのですか?それともまじめな話をしたいのですか?」

 カトリーヌは大げさに両手を上げて降参のジェスチャーをみせた。

「わかった、後者でいいわ」

 イザボーが光の玉を手のひらに再び、浮かばせると、不敵な美少女の笑顔が浮かび上がった。それを年上に対する甘えだと受け取れないほどイザボーは子供ではなかったが、意味不明の焦りが本来彼女が持ち合わせているはずの洞察力を曇らせた。しかし現在、彼女たちが置かれている状況が待ったなしである以上、紆余曲折はあったが本題に入らざるを得ない。

 何か言葉を発そうとしたところで、カトリーヌに機先を制された。

「気が付いたのだが、べつにこちらは王太子殿下に接触するなどと表明したわけでもないから、向こう側から妨害してくるなどと、早合点もいいところではないか?」

 イザボーは光の玉を宙空に浮かせながら答えた。

「たしかにそれは正しいわね。だけど殿下が潜在的に抱いている弱点からすれば、こちら側から接触しようとせずとも、殿下の方から近づいてくると予測した方が正解かもしれない」

 王太子の弱点とは、母親である、現、ロペスピエール侯爵夫人エレオノーラ、元王妃によって、王太子の父親は別にいると宣言をされたこと、そして、何よりも本人が王の器でないと貴族たちに受け取られていること、のふたつである。

 ナヴァロン島はリヴァプールにおけてマイケル5世が指導力を発揮し、リヴァプールという統一された新しい概念が生成過程ながらその姿を表しているのと対照的に、ナント王国はリヴァプールよりも先に権威としては形を成していたというのに、いまや、分裂に分裂を重ねて、統一された概念とすらいえなくなってしまっている。

 対戦相手とすらいえなくなっているナント王国の、この惨状を利用してロペスピエール侯爵と誼を通じ、大陸における楔となしている。だが、リヴァプールとはいえ一枚岩ではない。へースティング王家に匹敵する国内貴族ウオルシンカム公爵は、大陸侵攻の最前線でおおいに剣をふるっているが、彼は密かに野心をその胸に抱いている。事実、音信不通をいいことに何度も命令に違反している。しかし即座に手を出せないくらいに、公爵家は強大なのだ。潰せるには潰せるのが、そのために裂くべき戦力、その後の影響を考えるといまいち、踏み切れない。因みに、公爵家の三男坊アルトゥールは王の侍従として側に仕えている。

 それらのことをイザボーはカトリーヌに語った。彼女らの身分からすれば共有して当たり前のことだが、一応、話には手順を踏むためである。

 彼女の意図はわかっていながら、素直になれないのがカトリーヌという少女である。

「あなたは、私を見くびっておいでなのかしら?私を試したのね」

 これだから・・・とイザボーはうんざりとした顔を隠さなかった。わざわざ光の玉から発する光量を倍増しにしてみせたほどである。


 カトリーヌは畳み掛ける。

「そんな顔をしなくてもいいでしょう?」

イザボーはそれみたことかと笑った。

「そんな顔をされる理由に心当たりがおありのようね、カルッカソンム家のお嬢様には?」

長い金髪の少女は顔をしかめた。

「そういう言いかたは止めてほしいわ。私は侯爵家を代表しているわけじゃないわ」

 やはり、重ねてきた亀の甲羅は侮れない。無意識のうちに少女はイザボーに圧倒されていた。しかし、彼女の同家における微妙な立ち位置についてまで知悉しているわけではない。

だが、治療属性は少女の言いようから、何となくだが、彼女が思わず動揺した理由を洞察してしまった。だが、ここはそれを指摘するような場所ではない。あくまでも、ジャクリーヌにとって何が最善なのかそれを二人で話し合うべき場所だ。

年上の女は自分から一歩ほど譲ることにした。

「とにかく本題に戻りましょう。仮に私たちが王太子殿下との接触を企図していると、世に思われているとして、それを阻害しようとする人たちは挙げればきりがない。しかし、それを促進する触媒の役割を担おうとする人もいるだろうし、それは一人に限定される、ということ」

カトリーヌはすぐに洞察した。

「ウオルシンカム公爵?しかし、彼の息子はマイケル5世に仕えているはず・・・、いわば、人質を取られている彼がアクセスしてくると?」

イザボーはカトリーヌの言葉を受けてこう言った。

「とにかく、王都ナルボンヌに向かって実際に動くしかないわ。そうしたうえで誰がどう動くのか見極めるしかないわ。こんなところでぐずぐずしていてもしょうがないでしょ?殿下さえよければ、朝を待たずに出発してもいいと思うほどね」

カトリーヌには思うところがあった。

「あなたには老女の才能があるのかしら?」

 老女の才能とは予知、通信、その他の能力だが、青い血が発揮するほかの攻撃属性や治療属性と一線を画しているとされる。一方で幼少のころから親から引き離されて、人格的、肉体的に人間の限界を超えると言われるほどに厳しい修行を受けさせられると有名であり、貴族の親たちが自分たちの子にその才能がないことを切に願う。もしも才能があるとすれば、ミラノ教皇のために供出せねばならない、それが信徒の義務となっている。

 イザボーは即答した。

「私にそんな厄介な才能があってたまるものですか?」

 カトリーヌはいままで彼女に見せたことがない表情をした。どうしてジャクリーヌ以外に露出してみせる必要があるだろう?もしかしてこの性格の悪い女を心の底では信頼しはじめているのだろうか?頭を抱えたところで、奥からオオツノジカの毛皮を纏った人物が姿を表した。

ジャクリーヌである。寝ぼけているのだろうか?光の玉が発する淡い光によってかろうじて見える彼女の双眸は右と左が心なしかそれぞれあさっての方向を視ているような気がする。

思わず親友に近寄ったカトリーヌはジャクリーヌの短髪に手を入れると掻き上げてみた。とたんに瞳の焦点があった。ジャクリーヌはとつぜん、何をするのとばかりにカトリーヌの両腕に手をかける。

「痛いじゃない?何をするの?」

カトリーヌは子供のころと変わらない笑顔を見せた。

「子供のころからの癖が出たようだな」

彼女の言葉に我に返った彼女はいつの間にか洞穴の外に出ていることに気付いた。

「私ったら、夢を見てたの。あなたたちが、夜が明けるまえにナルボンヌに、兄上の元に行こうと話し合っているのが聞こえてきた・・いや」

カトリーヌは今更ながらに、という顔で言葉を接ぎ木のように続ける。

「聞こえるというよりは、見えるのよね。私の話も見えたの?」

ジャクリーヌは親友の双眸を見つめつつ、いささか躊躇いながら答えた。

「老女の話ね。まさか私以外にするとは思わなかったわ」

 とたんに疎外感を、当然のごとくイザボーは味わっていたが、それを表情に出すことは手控えた。その代わりに口を開いた。

「みなを起こして、竜を呼びましょう、殿下」


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