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聖女1  作者: 明宏訊
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カトリーヌとイザボーは舌戦を、ジャクリーヌの前で果てしなく続ける。


 

 いま、戦闘中の竜騎士たちは一応、戦闘不能に陥らせたものの、背後から大きな気が迫ってくる。ジャクリーヌもカトリーヌも、いま、自分たちが擁している戦力と士気によって、その連中を打ち負かせるとは冷静な判断において無理だと判断して退去することに決めた。

エレオノーラのように悠長にも貴族の礼儀に習って、襲撃の下手人たちの正体を明らかにする余裕はない。あるいは、彼らを本当に殺害に至らしめたのか、それを確かめるより前に、青い血に塗れながら一党はその場を後にすることを余儀なくされたのである。

 それぞれの竜騎士たちは、それぞれの方法で竜を呼びだす。ある者は心の中でその姿を思い描き、ある者はその名前を呟く。

 カトリーヌが口笛を吹くなり、青い鱗が印象的な竜が彼女の金髪に引き寄せられたかのように姿をみせた。

「ほら、治療属性どの、我が竜にのるがいい。ストラスブール、良い名前であろう」

 イザボーはいきなり身体の自由を奪われ、母なる重力から引き離された怒りを言葉に置き換えることを忘れなかった。

「きっと、命名センスと性格は比例しないのでしょうね。ストラスブールもそのことだけは不幸中の幸いというものですね・・・ひ!?」

 竜の鱗を尻に感じて、陸地から別れを感じようと言うときに、ストラスブールは鎌首を擡げて鋭い金色の嘴をイザボーに向けた。昼間の猫のような瞳がきっと睨み付けてくる。竜には馴れている彼女がはじめて恐怖を覚えた。思わず、謝罪の言葉が、情けなくも出てきた。

「ご、ごめんなさい、そなたの、ご、ご主人さまを悪くいうつもりはなかったのよ・・・」

 馬の頭にして7個分ぐらいはありそうな竜の頭がイザボーに近づいてくる。思わず、その腹を伺おうとした瞬間に、イザボーは目敏くその理由を探り当てた。

「ストラスブール、虫歯で苦しんでいるのね、かわいそうに、やはり、あなたはご主人さまに恵まれなかったわ」

 イザボーはもはや恐れることなく、竜の嘴にしがみ付いた。カトリーヌは、彼女が治療を始めたことを知って、反論するのを止めた。竜騎士にとって竜は家族も同然である。

 ふと、横をみるとジャクリーヌの竜、インノケンティウスが咆哮をあげていた。灰色の毛だが、遠くからみると銀色に見える。

「ジャクリーヌ、治療属性とは子供か、老人なみの運動神経の持ち主かと思ったが、そうではないようだ」

 ジャクリーヌはストラスブールの嘴にひっついている、視ようによっては竜に食い殺されようとしているイザボーを見つけた。一目で、気の流れから治療中であることが見て取れた。

「ストラスブールも大変ねえ、あなたみたいなご主人さまに当たって・・」

 カトリーヌは唇を引きつらせた。

「お、お前までがもそんなことを言うのか?」

 ふと、イザボーの唇が歪んでいるのを見て取って、さらに不機嫌になった。しかし冗談を言い合っている状態じゃないことはわかっている。

「ジャクリーヌ、これから私たちはどうすべきだと思う?」

 カトリーヌの真剣な顔をみて、ジャクリーヌの口元を引き締める。横目で、イザボーの弟であるジャン、その他の竜騎士たちが集結してくるのを確認しながら、口を開いた。

「まずは兄上さまがどんなお方なのか知っておきたい」

 すぐにカトリーヌは親友の意図を洞察した。

「王都ナルボンヌに赴こうというのか・・・」

 そのとき、カルッカソンム侯爵家にとっては玉にあたる、ジャクリーヌを得た以上、どうすべきなのか、家の血が勝手に思考を始めていた。その血が言うには、首府サントンジュに連れ帰るべきである。王位継承権を持つジャクリーヌという、シャトーブリアン家に叛逆するものたちにとってみれば涎が出るほどに重要な人物を放し飼いにしておくほど、無為無策なことはない。

 だが、一方、打算で友人を視ていることをジャクリーヌには知られたくない、という思いもある。彼女は自分を育てたカルッカソンム侯爵家に疑義を抱いている。まだ彼女の真意を尋ねてはいないが、リヴァプール王の仮宮廷があるシャンディルナゴル竜騎士試合に参加したのも、それが関係しているのではないか?それがマイケル5世に出会うことと、どうつながるのかはっきりさせねばならないが。

 そうは思うもののカトリーヌ自身が侯爵家にけっしてゆるぎない信頼を与えているわけではない、というのも確かなことだ。

 どうやらストラスブールの治療を終えたのか、するすると鎌首を伝って戻ってきたイザボーの身体を片手で受け止める。

 将来を嘱望される若き治療属性は、とはいうもののジャクリーヌたちの方がはるかに若いのだが、カトリーヌの無造作な手つきと態度に憮然とした。嫌味と軽蔑を丸出しにして言の葉に乗せて飛ばしてきた。

「侯爵令嬢さま?ご身分に合わない仕儀ですわね」

 喧嘩を売られた方も負けていない。

「私は飛んできた妨害物を除けようとしただけでね」

 ジャクリーヌは見かねたのか、口を開いた。傾きかけた太陽は親友をやや赤みを帯びた金色に輝かせている。まるで貴婦人の鑑のように美しい。そんな彼女の口から上品とはいえない言葉が迸るのは、こと、自分にかけられる以外においては、多いに文句をつけたいところだ。

「カトリーヌ、いい加減にしないか?イザボー殿も、これから私たちは手を携えなくてはならないのだから」

 イザボーは姿勢を正して、要するに右手を胸に当てる、王族に対する正式な礼儀を示した。

「殿下に殿などとつけられては、困ります・・」

 いきなりしおらしく態度を豹変させる治療属性に、カトリーヌは居心地が悪そうに頭を掻いた。

 「ほら、速度を上げるわよ、しがみついてないとここら辺に生息してる狼の食料になるのがオチね。もっとも、あなたじゃ狼もお腹いっぱいにならないでしょうけど」

「筋肉しかない肉も食用に耐えないと思いますよ、それに性格がおめでたいと肉がまずくなるらしいですよ。きっと狼はあなた様などに見向きもしないとおもいます。よかったですね」

「ほう、狼にお友達でもいるのかしら?その性格じゃ、人間のお友達は少なそうだからいいんじゃない。いっそのこと狼たちと暮らしたら?彼女たちの女王なれるかもしれないわよ」

 放っておいたら月が昇るまで不毛な口論を続けていそうに思えたので、ジャクリーヌは相手にしないことにした。


しかし心中穏やかではいられない。高貴で気位が高いカトリーヌがぞんざいな口をきくのは自分だけでなくてはいけないのだ。

 いつの間にか、この小さな治療属性に嫉妬に似た敵意を向けていることに気付いた。それだけではない。

彼女は自分について本人すら知らない情報をたくさん持っている、そう断言する根拠は何処にもないのだが、彼女が自分に向ける視線は母親というか、姉というか、そういうものに似ている。あのエカチェリーナ殿に向けられた視線にも似ている。

もしも自分たちを追いかけている気の正体が、彼女か、あるいはプランタジネット殿だったらどれほど嬉しいか。彼女たちは少女にとって保護者になりえる人たちだった。しかし、じっさいはそうではなかった。

だが、カトリーヌ、そして、イザボーは明らかに保護者ではないが、前者の場合は 明らかに、後者にあってはその可能性に期待が持てる、両者は、あきらかに ジャクリーヌにとって大事な人であり、もはや傍らにいないことが考えられない人たちだ。

二人は相変わらず舌戦を続けている。そんな彼女たちを視ていると深刻になっている自分がばからしくなってくる。

だが、その会話に自分が入れないとなると、また孤独な世界に放り投げられてしまう。

 思い浮かぶのはマイケル5世、リヴァプール王の凛々しい容貌である。

あれほど願っていたリヴァプール王への謁見は満足いくほどの会話はできなかった。しかしながら、仮面を被ったエセックス伯爵というのが、本当にマイケル王ならば、食事を共にしながらかなり長い時間を過ごしたことになる。

いったい、自分はあの王から何を学ぶことができたのだろう。

戦争が常態化させないために、暫定的に国家という約束事をつくる、たしかそのようなことを言っていたと思う。それは少女にとって難しすぎるリクツだった。そのそもそのような既成の結びつきを故郷などと思えるものだろうか。

 彼女にとって故郷とはいまも、ヴェルサイユ村である。ナント王国などというものは、権力者たちの都合にすぎない。そんなもののために命をかけて戦うということはまったく理解できない。

もしもマイケル王の言う通りならば、リヴァプール王という外敵に攻め込まれているのに、ロペスピエール侯爵、カルッカソンム侯爵と、国内で争っている理由がわからない。

少女の知らないところで、王はロペスピエール侯爵と繋がっているのだが、それを知ったらさらに捨て鉢になってしまうだろう。それを見越したから、まだ知らせる段階に彼女が至っていないと判断したから王は教えなかった。けっして、隠していたわけではない。

ジャクリーヌにしても、けっして、王に不信感を抱いているわけではない。ただ、距離感というか、住んでいる世界が違うと思うだけだ。

あまりにも自分の思考の海に沈んでいたために、カトリーヌに話しかけられていることに気付かなかった。

親友は訝しげな顔をする。

「いったい、どうしたんだ?何を考えていた?やはり、リヴァプール王のことか?」

 それをここで話題にしてもらいたくなかったので、聴き返すことにした。

「何を言いたかったの?カトリーヌ」

「追手が姿を消した、そのことに気付かなかったの?」

 ジャクリーヌは言われてみて、はじめてさきほどまで感じていた、自分たちを追及する気が雲散霧消したことに気付いた。

「確かにそうね。しかし、何者だったのかしら?」

「先ほどは言い忘れていたけど、私の部下が興味深い報告を持ってきた。ヴェネツィア人が攻撃を仕掛けてきたというのだ。それを仮面の女竜騎士が成敗したと・・・。だから、今度もまたそいつらだと予想していたのだが、確かめる術をうしなったわね」

カトリーヌの言葉がジャクリーヌの目を完全に開かせた。

「仮面の竜騎士?プランタジネット殿だわ!?」

 ストラスブールに同乗しているイザボーは当然のことだが、聞き耳を立てていた。それは何者かと尋ねるカトリーヌに、ジャクリーヌはシャンディルナゴルで開催された竜騎士試合において戦った相手であり、共に食事をした相手だと言った。

 すでに気づいていたことだが、この二人がふつうの姉妹以上の絆で結び付いていることは事実らしい。何気ない会話だが、彼女はそれについてまったく躊躇していなかった。あたかも共有するのは当然の知識だと言わんばかりだ。 


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