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聖女1  作者: 明宏訊
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謁見…ジャックリーヌの耳に、王の言葉がこだまする。「国家とはできるだけ争いをなくすための装置のようなものだ」



  

 国家とは、できるだけ争いをなくすための装置のようなものだ。

 その言葉が、ジャクリーヌの頭の中でリフレインされていた。ぐわんぐわんとまるで

巨大な教会の鐘が絶えず自分の中で鳴っているようだ。

 だが、何かが、少女に知らせてきた、気の流れが変わった。それは女性の声だったかもしれない。

・・・そなたの大切な友人が危ないぞ!

 瞼の下で小さな火花のようなものが光った。

 「大切な人」を攻撃する人物がいる方向だけはわかった。だから、その方向に向かってほぼ無意識のうちに身を投げていた。そして、それとほぼ同時に腹部に強烈な熱を感じた。そして、視界が真っ青になった。薄れていく意識の中で新しい情報を得た。自分を支えている人のことだ。手足に全く力が入らない。立てるはずがないのだ。だが、未だ頭が宙空にあるということは、旅路に出る以外は、誰かが支えている、ということになる。

「カ、カトリーヌ!」

 少女は消え入りそうな声で空気に食いつくように親友の名前を呼ぶ。

「ジャクリーヌ、喋るな!!」

 背後で笑い声が聞こえる。何やら、ヴェネツィア語のような気がした。しかし怒りは前にこそぶつけるべきだ。

「リヴァプール王、謀ったな!!恥ずかしいとおもわないのか?絶対にあなたたちには渡さない!!」

 カトリーヌは、ともかく、実を盾にしてあらゆる衝撃から親友を守りつつ、自分の竜がいる方向に身を翻した。もはや建物の構造など関係ない。彼女にとってこの刹那、すべてはぶち破り、無に帰させるために障害物は存在する。自分の身体から光を出してジャクリーヌを包んで、外界からの刺激から守る。攻撃属性の中の攻撃属性と謳われ、攻撃は最大の防御という言葉の体現者とまで、カルッカソンム侯爵から讃えられた少女が、完全に苦手なベクトルに向かって青い血を使っている。

 マイケル5世の怒声が辺りに響いたような気がする。それも多くのひとのどよめきによってかき消されてしまう。

 意識が次第に遠のく。まずいと臍を噛む。どのような壁を何枚、割ったのかわからない。自分がどの程度、傷ついたのかわからない。とにかく、これ以上親友を傷つけないことが、少女にとって最優先事項だった。

 はたして、最後の壁を破って、宙空に身を投げた瞬間に愛竜の首が見えた。黒い緑の鎌首、少女のころに出会った瞬間に、ストラスブールという名前がたまたま浮かんだので、即座に命名した。

 そして、今、愛竜に命ずる。

「ストラスブール、飛べ!!」

 とたんにヴェネツィア語が耳を衝く。

 ほぼ無意識のうちにそちらに剣を向けていた。青い血しぶきが絶命の叫びとともに背後に消えていく。少女にとってどうでもいいことだ。背後は、彼女にとって過去にすぎないのだ。

 そのとき、自分たちの娘よりも若い子供を相手に、戦場を渡り歩いた竜騎士、数人がかりで全く相手にされず仲間が絶命し、我が目を疑ったことなど、カトリーヌにとってみればどうでもいいことなのだ。

 「ジャクリーヌ、おねがいだから目を開けていてくれ!!」

 少女は、青い空に向かって叫んだ。

 いったい、何処に行けばいいのだろう。親友の命を助けてくれる治療属性は何処にいるのだろう?自分の配下にも、少ないながらにも軍勢と呼べるならば、治療属性は備えているが、この状態の彼女を救うことができるだろうか?

 理性は否と答えていた。

 だが、そんなことが納得できるはずがない。


 そのとき、背後ではリヴァプール王の命を狙っただけでなく、カトリーヌに襲いかかったヴェネツィア人が仮面の女性竜騎士と複数の輩によって成敗されていた。

 彼女はただ一人、生き残った、否、死なせなかった竜騎士の首根っこを摑むと竜から引きずり落とした。しかる後に短剣を彼の首に這わせる。いざとなれば、長剣よりもスピードが速いことを竜騎士ならば知らない者はいない。

 「答えなさい。あなたの主はどのように命じたの?わかっているのよ、あなたの訛りから、半島人であることは」

だが、全く口を聴こうとしないので、仮面をかすかに外した。その動きに、傍らにいる子供は目を疑った。

「我が名は、エレオノーラ、元ナント王、王妃、そして、現ロペスピエール侯爵夫人。死後もそなたの主人は主人なのか?」

「我が名は、カラバッジョ伯爵ジュリオ・・・」

「な、あなたは・・それはエメラルド?」

 残る最後の力をなんとか制御しながら男は右手を挙げた。そこには緑色の妖しい宝石が輝いている。青い血の能力を吸い取る、貴族の誰しも恐れる。しかしそれには逆の効能があって、身分を隠すのだ。

とたんに、エレオノーラは態度を変えた。自分の同輩、たとえば、アンスバッハやマイケル王にみせる顔になった。

 すると、虫の息ながら伯爵は舌を動かした。エウロペ貴族の教養の証、ケントゥリア語である。

「あちらの方々に、ご身分を隠す必要がおありなのですね?あなたさまは、私の名誉をお守りくださった。いいですか?私に言えることは、リヴァプール王か、あなたの娘ごをこの世から抹殺すること・・・・私は誰に命じられたわけでもありません・・・我ら、ヴェネツィア連合は・・上下はありません・・・・・猊下とは別の・・・」

 エレオノーラは息絶えたヴェネツィア貴族の両手を合わせた。

 彼女の足元にいる少女が話しかけた。

「お方様、アンヌマリー殿の容態は安定していますが、これ以上、治療を先延ばしできません」

 ややあって、エレオノーラはさきほどまで伯爵の家臣らしい男と戦い、ようやく討ち果たした竜騎士に命じた。

「カルッカソンム家の従子爵どの、イザボーをはやく、アンヌマリー殿の元に連れて行きなさい」

 従子爵は、一様に納得できない顔つきだったが、イザボーを自らの竜へと招いた。その背後を数人の彼の部下が従う。

 エレオノーラはヴェネツィア人の貴族の顔を見つめ続けていた。

 ヴェネツィアとは古代ミラノ人が故郷としていた一定の地域を指し示す。竜に乗って上空から眺めるとブーツのかたちをしているのがわかる。

 その半島はミラノ帝国が崩壊して以来、一度も統一した政体を得たことがない。

 イザボーが傷ついた娘のところに向かうのを見届けた後に、エレオノーラはカラバッジョ伯爵ジュリオの元に戻った。果たして、彼の合わされた手は外されていた。また生きているのだ。

「エレオノーラどの・・・どうやら聖母ウェヌスはまだ私に使命を与えられているようです」

 もう話さない方がいい、という死に瀕した人物に語る常套句をあえて口にする必要性を感じなかった。

「ふふ、さすがはヴェネツィア人、死ぬ間際まで口が達者だとお笑いなのですね」

 エレオノーラは笑った。

「まだ世に存念がおありか?」

「わ、私たち、ヴェネツイア人は、そういう言いかたもおかしいですが・・・・」

 それを受けてエレオノーラは彼を擁護したくなった。口髭が動いたが、もはや言葉にならない。彼女は代弁してやることにした。

「あなた方は、ナントやリヴァプールとちがって、分裂するしかなかった。だが、それは

あなた方が豊すぎたゆえではないのかな?ミッシェルを殺そうとしたのは強力な統一政府がリヴァプールにできることを恐れたせいだろう」

 ようやく痰が絡みながらも、ジュリオは舌を動かすことができた。

「さよう、私たちの投資が無駄になってしまいます・・」

 仮面の竜騎士は、その言葉がヴェネツィアの伯爵の最後のセリフだと気づいた。半島のひとたちは自分たちが互いに殺し合って混乱しているのに、他国が安定することが許せない、というまことに傍迷惑な地域性を有している。

 アンチリヴァプール王ということで、普段は憎み合っている彼らが束の間の野合をみたわけだ。老女たちが得た情報から、半島におけるあるていどの情勢は摑んでいたが、まさか王の暗殺まで考えているとは思えなかった。

 今更ながらに気付いたことだが、リヴァプール王のことをミッシェルと呼ぶのは自分を含めて数少ないにもかかわらず、あるいは苦しい胸の下にあったにもかかわらず、簡単に見抜いていたことが、彼女を苦笑させた。


 カトリーヌは、ジャクリーヌを湖のほとりに横たえていた。青い血がどくどくと身体から流れ出るのを何もできずに茫然自失の体でいるところを、家臣たちに発見された。エレオノーラに随行していた従子爵である。彼女らはジャクリーヌを抱えて飛び出した主君を追っていたが、エレオノーラに止められた。

 エレオノーラからすれば、それは暴れまわる獅子に素手で立ち向かうようなもので、危険極まりない行動に見えたのである。

完全に我を失っている主君に近づくのは確かに自殺行為そのものに、冷静になってみると指摘されてはじめて気づいた。

 その女性竜騎士は仮面をしていたが、放っている気から、すぐにかなり高貴な人物であることが知れた。信用できるか、否か、判断する前にヴェネツイア人たちが襲ってきて、共同で対処したわけだ。

 いま、イザボーとともに女性竜騎士と別れた従子爵は湖のほとりに主君と横たえられたジャクリーヌを発見して、地上に降りた。

 従子爵は最初に自分が降りると、同乗してきたイザボーが降りるのを手伝おうとした。

「ご懸念にはおよびません、従子爵どの」

 憮然とした顔でイザボーは見かけよりも敏捷な動きで竜から飛び降りた。しかし弾みで多少なりとも足をつまずいたのは愛嬌というものだろう。

 彼女の眼前には、肩まで伸びた金髪が印象的な少女とジャクリーヌがいる。長髪の少女は、血まみれになったジャクリーヌの胸に両手を伸ばしている。あきらかに治療属性の初歩的なしぐさである。しかしその手つきはおせじにも修行を積んだ結果にはみえない。イザボーの弟子ならばもっとうまくやるだろう。だが、しかし、彼女が潜在的に持っている青い血の能力はけた外れだった。おそらく、彼女が主君と仰ぐエレオノーラに匹敵すると思われた。

 少女は傍らにいる男たちを怒鳴りつけた。

「そなたの能力では、ジャクリーヌを救えないと申したではないか?ならば、私がやるしかない。攻撃属性と治療属性は同根であると申したのはそなたではなかったか?」

「若様!それでは、若様のお命に係わります。」

「私がやるしかない・・・命をかけて救ってみせる!」

 とうてい三文芝居を観ていられずに、イザボーは彼女たちがいる方向に歩み寄った。


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