謁見2
イザボーの号令の下、失礼千本な侍女たちの手はジャクリーヌを求めて蠢く。少女はそれを拒絶しようとはしなかった。ひとつには、リヴァプール王への謁見という大事を改めて考えてみると、なんと自分が大それたことを思いついたのかと驚かされた。もちろん、竜騎士試合の優勝者は王に謁見できるという、その企画を訴えたのは彼女ではないが、その話に飛び付いたことは事実だ。プランタジネット殿との試合で腑抜けになっている場合ではなかったのである。
そう思うと侍女ジャクリーヌの無礼や失礼な微笑も許せるような気がした。
それにしても、イザボーの背後にいて自分を飾りたてているのはいったい誰だろうか?言うまでもなく一人の、大人の女性の姿が浮かぶ。だが、その人物は仮面を被っていて、少女に素顔を晒してはくれない。彼女は笑いながら仮面を脱ぐと、何と、彼女をこのような状況に追い込んだエベール伯爵夫人だった。もはや彼女にとって顔も視たくない人である。大事なことは何もかも隠して自分を翻弄してきた。妄想は妄想を呼んで、こともあろうに、カトリーヌまでもが夫人の横に並んで自分を笑っている、この世でもっとも信用している相手が、彼女の妄想の中で自分を裏切った。もっとも、それを妄想だと気づくのにかなりの時間が必要だった。
イザボーの声がそれを教えてくれた。というよりは、無理やりに調教された。あまりにも時間がかかるので、ついうとうととしてしまったジャクリーヌの髪が乱暴に引っ張られた。思わず振り返ると、ジャクリーヌの背後に梯子が設置され、その上にあの小人が立っていた。これほど高い梯子に乗ってはじめて自分と目線がやっと同じになるとは・・・少女の中に歪んだ優越感が芽生えた。
それを目敏くもイザボーは見抜いたらしく、さらに髪の毛は引っ張られる。
「とても美しい御髪ですね」
しかし小人の口から迸る言葉はあくまでも淡々としていて、感情は、ほとんどといっていいほど制御されているのが見て取れる。それが余計にジャクリーヌを苛立たせる。
さらに彼女の神経を逆なでるのは、用意された鏡の中に映る自分は確かに美しくなっていくことだ。思わず目を逸らしそうになったのは、実母は他にいると知らされたときから密かに自分の中で描いていた母親像に近いと思われたからだ。自分をそれにあてはめることは、重罪を犯しているような気分にさせられる。
差し込んでくる朝日の色が強さを増している。
正午まではまだ時間がありそうだ。
ジャクリーヌが、鏡の中に母親の虚構をみるにいった経緯には、イザボーにも責任がある。彼女は無意識のうちに、自分が尊崇する主君を少女の上に重ねていた。だから、意識を以って鏡を覗き込んだとき、自分がつくりだしているものの正体に気付いて唖然とした、もちろん、このような小娘に自分を露わに曝け出す醜態など晒しはしなかったが・・・。
それにしても主君はどうして自分にこのようなことを命じたのか、その意図は測りかねないわけではない。これからこの少女を見守り、かつ、適当に指導していくのがイザボーの役割ならば、その最初の仕事として謁見の準備を手伝うという仕事は、けっして、突拍子もないことではなく、むしろ理にかなっている。
だが、気に食わないことはいくらでも転がっている。
「い、痛い!どうして、そんなに強く引っ張るの!?」
「アンヌマリーさまが、ご出身の身分の高さにも拘らず、それに則った手入れをなさらないからです」
体内に主君と同じ青い血が流れていると思うと、嫉妬で指の動きがいつもよりもつい乱暴になってしまう。
ここぞとばかり、侍女ジャクリーヌも口撃を再開する。
ところが放った言葉はイザボーそれとは趣が異なるものだった、もちろん、それはジャクリーヌが背負っている過去を知らないせいもあるのだが・・。
「お母上さまもきっと残念がっておられますよ、これほど美しい御髪の持ち主でいらっしゃるのに、宝の持ち腐れだと・・・」
少女が言葉を詰まらせたのは、ただならない空気を感じ取ったからだ。その詳細は知らずとも、自分を睨みつけたアンヌマリーがわなわなと怒りに震えていることだけはわかるし、それだけでなく、イザボーまでもが表情を凍りつかせているだけでなく、これまで優雅に動いていた手を止めている。
「・・・・・」
侍女ジャクリーヌは思わず息を詰まらせそうになった。
そして、その状態から脱するためにあっけなく降参することにした、というよりも他に選択肢がなかったとするのが適当だろう。
「も、申し訳ありません、立ち入ったことを申し上げました」
それは自分よりもはるかに身分と力量が上の相手に対する、加えて、年齢もであるが、一方的な敗北への諦念でしかない。
しかしジャクリーヌにしてみれば、べつに発言者に対して怒りを示したわけでなく、自分の境涯そのものが対象だった。何と言っても、この少女は裏にある事実を何も知らないのである。
イザボーは、ジャクリーヌよりも事実に精通している。
だから、このとき、「姉」としてはじめて彼女を見つめることができた。それは主君が望んだ結果ではなく、自発的に起こったことではある。それを後から思い返してみると、すでにその時点で収まらない気持ちがうずうずとなることは予見していた。
客観的には何のつながりもない関係ながら、主君を中心とする人間関係の多角形によって自分たちは結ばれている。少女に反感は持ちながらもそれだけは否定できなかった。
紆余曲折はあったが、二時間以上もかかってやっと謁見の準備は終った。それを改めて鏡で確認したジャクリーヌは思わず、よく使う慣用句を思い出していた。
「馬子にも衣装・・」
思い出すだけでなく、実際に口に出してしまったので、少女を着飾らせることに関わったすべての女性たちが笑った。その中には侍女ジャクリーヌも含まれていたが、彼女はあくまでも、できるだけ目立つまいとして周囲に色を合わせたにすぎない。かなりわだかまりは残っていた。
今度はそういう目を向けられたジャクリーヌも少女の気持ちを受け止めた。二人は無言で視線を合わせる。言葉にならない会話が交わされた結果、事実は事実として受け止める胎盤はかたちを整えた。
そんな些細なことが、アンヌマリーに王に謁見する覚悟を決めさせる役割を担ったなどと、少女は想像だにできないだろう。
ともかくも、ジャクリーヌは、けっして彼女の身体を支配する緊張を追い出すことに成功したわけではないが、それを乗りこなす心の準備はできた。しかし何かが足りないと部屋を見回す。侍女ジャクリーヌが腰に剣をぶらつかせているのを発見して、やっとその正体に気付いた。
「すまないが、私の剣を用意してくれないか?」
その刹那、イザボーは動揺した。並外れた治療属性の胸に主君の言葉が去来した。直接的にではないが、ジャクリーヌをこれ以上、竜騎士の道を進ませたくない、そのようなニュアンスのようなことをイザボーの前で漏らしたことが一度だけあった。
「ドレスに剣は似つかわしくありません」
イザボーの意図を読む材料は少女に持ち合わせがない。
だから即答した。
「私は竜騎士、どのような衣装に身を包もうとも、その象徴たる剣を外すことはありえない」
カトリーヌの姿を思い出しながら、少女はきっぱりとした口調で言った。
侍女ジャクリーヌはイザボーとは別の意見を持っていた。剣を持たせる前は、年齢して5歳くらい無理やりに若返らせたような不自然さが目に付いたが、ただ、それを手にしただけで見違えてしまった。一人前の竜騎士が目の前に現出したのである。
しかし太陽が入る角度からあきらかだが、まだ正午まではいくらか時間がありそうだ。この場でその理由を知っているのは、イザボーだけだった。
「アンヌマリーさま、この建物じゅうにおられる方々に、この美しい御姿を見ていただきましょう」
ジャクリーヌは思わず苦笑せざるをえなかった。
「謁見のときまで私を見世物にする気かしら?陛下にお見せする前にそんなことをするのは例に反するのでは?」
珍しく貴婦人らしいことを少女が言ったので、姉として、あくまで便宜上、この語を使わせてもらう、イザボーは少しばかり感心した。
「いえいえ、そんなことはありませんよ、アンヌマリー様、陛下だけに独占させる方はありません。こちらに参りましょう」
イザボーのことばと態度から、あきらかにある方向へとジャクリーヌを連れて行く様子が見て取れた。それは西の塔が位置する方向だ。
実はその塔の最上階には、少女の母親であるエレオノーラが隠れている。それほど高くはないので、娘の晴れ姿をつぶさに確認できる、というわけだ。
彼女は娘が到着するのを待っていた。しかしながらわくわくしながら心待ちにするというシチュエーションは、誰に目があるというわけでもないのに、我慢ができなかった。だから、横目でさりげなく視線をそちらに向けるという格好で、ただずんでいた。ちなみに、塔につくられた窓はとても深くえぐられていた。そのために下から目撃者を確認することは不可能だった。
エレオノーラは、自分が醜い化け物であるかのように、素顔でいる時は娘と顔を合わせることを極度に恐れていた。注意しなければならないのは、すでにジャクリーヌはプランタジネット殿の気を感じ取ることができる、ということだ。もちろん、それを母親のものだとは同定できない。なんとなれば、最後に出会ったのはまだ彼女が新生児にすぎず、自分を母親だと認識していなかったであろう。
さて、準備万端というところにイザボーが先導する一団が姿を示した。遠目には彼女は小さい女の子にしか見えないので、花嫁の前をゆく子供のようだ。
このとき、しかし、ジャクリーヌは誰かの視線を感じていた。それをだれのものと同定できないが、あきらかにかつて感じたことのある視線である。自分を知っている人間がこの近くにいて、自分を観察している。母親は娘を侮っていた。
少女が見せた可愛らしさが、エレオノーラの目を麻痺させてしまったのかもしれない。誰の目にも明らかだが、母が娘に送ったドレスは、最高級品のオンパレードであるが、17歳の少女が袖を通すような代物ではなく、よくって13、4歳の子供用のドレスだった。
彼女の目を曇らせたものは、ジャクリーヌの成長を見守ることができなかった母親の悲しさだった。




