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聖女1  作者: 明宏訊
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竜騎士試合、トーナメント最終戦、一刻前。


 ジャクリーヌはわざと口を膨らましてみせた。そうすることで、アンスバッハが重荷を背負わなければよいと思った。しかしそのようなことは、百戦練磨の竜騎士にはお見通しだった。

「私も舐められたものだな・・・。そなたに後ろめたいところなど、まったくない」

 思わず、本当の身分を明かしてしまうところだった。いつか、そのような時がくるかもしれない。

少女はもはや笑っていない。この子は多くの人の耳目を引く。何か特別な運命の星の下に生まれたのだろうか。

 たとえ、ここで自分の身分を明かすことができたとしても、それが少女にとって利益になるかと言われれば、首を傾げたくなる。現在、かつては名君と呼ばれた皇帝は死に瀕している。皇太子のために確固たる地盤を築くところ届くほど、彼の腕は長くなかった、ということだろう。どちらかといえば、アンスバッハ、本名、ハインリヒ・フォン・レーゲンスボルンを、虎の威を借る狐だと毛嫌いする貴族たちも多い。いや、むしろ、多数派といってもいい。いうまでもなく、虎とは現皇帝のことである。彼はたしかに武帝と呼ばれるにふさわしい働きをした。だがそれもすでに老齢とあれば、完全に過去になったわけではないが、そうなりつつある。ドレスデンはまさに嵐の前の静けさという様相を呈している。

 未来は全く見通せない。皇太子はこういうのが精いっぱいだった。

「自分の道は自分で築くのだ」

 それは自分に言い聞かせたも同様だった。格子窓から地平線が白み始めたのを認めると、彼はこう言って、別れの挨拶にした。

「鐘が鳴る前にそなたが控室にいなければ、あの子たちが叱責を受ける」

 少女は、さきほど自分がいじめた少女のことを思い浮かべた。たしか、ジャクリーヌとか言う、自分と同じ名前だったはずだ。

「わかりました・・」

 少女はマントを纏い、剣を携えると扉を開いて部屋を後にした。

 部屋の外には緊張した侍女、二人が直立の状態を守っていた。たしか、マリーと、そして、ジャクリーヌだったはず。あえて傲岸不遜な態度を固守しつつ通り過ぎる。

「あ、あの、アンヌマリーさま・・・」

 背の高いマリーという侍女に制止されつつも、ジャクリーヌなる攻撃属性の少女がおずおずと震えながらも一歩、前に出てきた。

 それと同時にアンスバッハが部屋から出てきた。それを背中で受けつつ、ナント王の実妹は黙ったまま少女の目を見つめた。

「さ、先ほどはし・・失礼、いたしました・・」

「何、人間は自分と似ているものを他人の中にみつけるとイラつくものでね。ただそれだけ、あなたが失礼だということではない。さて、目的地まで連れて行ってもらえるかな」

「は、はい、こちらへ・・」 

 おずおずとジャクリーヌなる侍女は手を、地下控室に向けた。


 もはやおなじみとなった地下控室はがらんとしていた。あれほどまでに屯していた多数の竜騎士たちは何処に行ってしまったのだろうか。あの中から勝ち上った二人の内の、自分がひとりであるなどと、少女はとうてい信じられなかった。

 改めて大地の神に思いをはせ、かつ瞑目する。戦いに逸る気持ちを冷やしてもらうのだ。気分が落ち着いてくると、外から歓声が聞こえてくるのがわかった。高揚していた気性がわずかな音を聴かせなくしていたようだ。この部屋にはだれもいない。足を踏み入れたとき、最初にそう知覚すべきだった。竜騎士としてそんな初歩的なことまで把握するのを忘れていた。それほどまでに、相手は恐ろしい相手なのだろうか?少女は自問自答をしようとした。

 しかしそれはいきなり前方に出現した巨大な気によって阻まれた。しかしいつ自分の背後を通ったのだろうか?気の動きはおろか足音さえ聞こえなかった。

「プランタジネット殿・・・?!」

 はたして、目の前に仮面をつけた竜騎士が出現した。

 どのような手段でそうやったのかわからないが、気を抑え込んでいたのかもしれない。魔法使いの助けをえたのかもしれない。そのような能力は竜騎士の属性では、すくなくとも、ない。

「魔法使いの助けでも得たのか、という顔ね、お嬢ちゃん。私クラスの竜騎士になれば、気を抑えるくらい朝飯前、おっと汚い言葉づかい、これはハイン・・アンスバッハのせいよ。そんなことはどうでもいいか。とにかく、そなたは私の動きを全く読めなかった、これは認めるな」

 先ほど、侍女、ジャクリーヌにやったことをそのまま返されたような気もするが、それよりもアンスバッハに竜騎士としての能力のすべてを封じられたことも思い出さずにはいられない。

 侍女たちは互いの身体を庇いあっておろおろとしている。プランタジネット殿は少女の行為のすべてをみていたのだろうか?

 プランタジネット殿は近づいてくる。

「そこな侍女たち。私の気を感じて逃げ出さなかったことは、褒めて遣わす。見どころがあるぞ。そのことはヴェルヌイーイ大司教猊下に伝えておく安心せよ。下がりなさい」

「・・・・は」

「下がりなさい」 

おそらく、ようやく自分たちの状況を把握できたのだろう。少女たちは、腰を90度まげて頭を下げると、慌てて去って行った。

「あの子たちは、猊下の近親らしい。戦で両親ともに失った」

「わ、私が行った恥ずかしいことをすげてお見通しなのですか?プランタジネット殿?」

「おむつが取れたばかりの小娘が、この私と干戈するとなれば、聖人でない限りはそうなる。誰でも命が恋しいだろう。自分が行ったことがどれほど恥知らずなのか、わかっておればよい。そのことはもうどうでもいい。提案がある。敗北を認めなさい」

「い、いやです!」


「私が出す条件を聴かずに拒絶するのか?そもそも、そなたは何のためにシャンディルナゴルにまで来たのだ?ナント皇太子の妹よ」

「リヴァプール国王陛下に謁見するためです・・・・え?」

 いま、信じられないことが起こった。プランタジネット殿は少女の身分を明らかにしたのだ。

「あ、あなたは・・・・・」

 「それについては、いずれ叶えられるであろう。だが、いま、私がそなたに叶えさせてやれることは違う。条件を呑むならばこの場で仮面を脱ごう」

「じょ、条件とはなんですか?」

「剣を置いて生涯、二度と剣に触れないと誓うこと、第二位であるナント王の継承権を捨てることだ」

「け、継承権などどうでもいいことです。しかし・・・剣は・・捨てられません」

 少女の脳裏に走ったのは、カトリーヌの横顔だった。きっと、彼女の言うとおりにしたら、この世でもっとも信用している相手から受ける軽蔑がこもった視線にちがいない。

「あ、あなたの仮面が、なんです?私にとってそんな重要なことではありませんわ!」

 カトリーヌの口調をまねてみるが、まったくうまくいかない。育ちというものは嘆かわしいがどうにもならないようだ。本当は仮面の下を視たくてしょうがないのだ。いまや、リヴァプール王に謁見することと、等価になりつつある。

 プランタジネット殿は剣の柄に手をかけた。

「すでに実力の差は明らかになったとおもうが?私は試合だからといって、容赦はしないぞ。私が剣を構えて立つ限り、そこが戦場となる」

 戦場と言う単語が、アンスバッハの声と重なった。

「望むところです。ナント皇太子の妹が初陣を迎えるだけです。あなたに殺されるなら帆本望です」

「殺される・・・とな」

 前ナント国王の妃は身体が裂けるほどの怒りを必死に抑えながら、娘に向かって言葉を畳み掛ける。

「大事な人間を奪われたことがないから、そういう戯言が平気で言える。自分の価値を理解しない人間を私は憎悪する」

 プランタジネット殿の言葉に合致する人物といえば、まず浮かんだのはカトリーヌだった。後はヴェルサイユ村の家族たちであろう。血のつながった母親や兄は顔すらみたことがない。

 ジャクリーヌは、どうして彼女がそんなことを自分に言うのかわからなかった。言いたいことは十分、理解はできる。

 わからないことは、剣を置けと言われることだ。卑しくもここまで剣の力で這いあがってきたのだ。年齢からいっても、その分の才能は認めてもらってもいいのではないか。そのことを、しかし、何故か言葉にしてはいけないような気がした。どうしてかわからないが、仮面の下で、この人はとても怒っている、そして、それよりも何よりも苦しんでいるように思われた。

「先ほどの、私の言葉が軽く思われたのならば、謝罪します。お願ですから、私と戦ってください。あなたのような人に出会ったことがないのです」

「謝罪するのなら、本来の自分の姿に戻ることだ」

「本来の?」

「それは私が指示する。私の言う通りにすれば何の問題もない」

 プランタジネット殿の剣幕に圧倒されていたが、ここまで自分の未来を一方的に決定されるようなことを言われて黙っていられるジャクリーヌではない。

「私は・・・」

 その刹那、控室の扉が開いた。

 係りの者たちによれば、試合時間がまじかということらしい。まるで、わずかな時間であっても計画通りにいかなければ首が飛ぶような慌てようだ。

「わかった、すぐに行く」とプランタジネット殿。

「プ、プランタジネット殿、どなたにもこういうことをされるのですか?」

「単なる趣味だ。それが男だろうと、女だろうと、美しいものがこの世から失われるのは我慢ならないのさ」

 踵を返しながら、仮面の竜騎士は吐き捨てるように言った。

「まるでアンスバッハ殿のようなことを・・・」

「あのバカと同じ扱いとは、ただではすまされないぞ」

 階段の前で待っていたプランタジネット殿はまるで彫像のように見える。過去の幻影のようにみえる。あくまでも過去の栄光のように見えた。いつか、古代ミラノの壮大な遺跡をカルッカソンム侯爵に連れられて、カトリーヌと観に行ったことがあるのだが、そのときの感動を思い起こした。

 美しい、確かにこの世のものとは思われないほど、あるいは彫刻、つくりものを思われないほどに脈動感に満ち、男が円盤を投げる瞬間を写し取った像などは、正面に立ったときなど今にも投げつけられるような恐怖を覚えたほどである。しかし、である。それはあくまでも過去の栄光であり、時間の記録にすぎないのだ。

 そういう感じをプランタジネット殿から受けた。

 しかしそれはジャクリーヌは自分の思い上がりだと受け止めた。相手からすれば、自分は雛、いや、卵でしかないのかもしれないのだ。力の差は歴然としている。だが、試合会場につれて、観客たちの歓声が近づくにつれて、自分の中に根拠のない自信が芽生えてくるのを否定できない。

 少女は危ういと思った。敵と対峙するにあたって、カルッカソンム侯爵はそういうことを、こそ、自分の命を縮めるものだと戒めていた。

 だが、この、今までに感じたことのない昂揚感は何だろう?

 何だか、自分が自分でなくなっていくような気がする。快感と恐怖が同居する、この奇妙な感覚はどうだろう?

 その思いを噛みしめながら、少女は竜騎士試合、トーナメント最終戦に臨んだ。


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