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聖女1  作者: 明宏訊
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仮面食事会4~ジャクリーヌが突然、意識が失った。バルベルは母親を責める、彼女が何も悪いことをしていないとという自覚がありながら。


「は、母上・・さ・・ま?!」

 そう言ってから意識を失った妹に視線を移す。あきらかに、彼女に話を聴かれることを恐れている。そう、彼女が妹に姉だと名乗ることは母親によって禁じられている。

「何を躊躇しているのか?ジャクリーヌは完全な昏睡状態にある」

 二人の間に見えない亀裂が走った。空気が乾いていて、あまりにも固すぎる。娘は母親が言っていることが理解できない。いや、正確には理解したくない。どうして実の母と娘がこんなに接近しているというのに名乗ることができないというのか?

 バルベルは、サンドマルサンにあるロペスピエール侯爵領の宮廷に、いきなり、侵入したときのことを思い出す。夜間に侵入し、母親の気を求めて城内を突進した。あのとき、顔を合わせた瞬間に娘と認めてくれた。それゆえに、衛兵たちは鉾を引いたのだ。

「ならば、母上さま、どうして私にはあっさりと認められたのですか?」

「そなたの目を見たからだ。そして、置かれた状況がそなたとは違う」

 バルベルは、胤違いの妹の前ではエカチェリーナ・アシュケナージと名乗っていた竜騎士は、かぶりを振って母親に反抗する。

「あいにくと、学に乏しい私にはわかりかねます。そんな抽象的な言い方では一向にわかりません」

「この子は永遠に母親を知ることはないだろう。それがジャクリーヌのためなのだ」

 二人の母親はあらためて少女の仮面を剥ぎ取る。茶色の、柔らかで豊かな髪がどさりと母親の手に流れ込む。

「とても美しいな、かつての私とはくらべものにならない・・」

「お願です。あなたの母であると、ジャクリーヌに名乗ってください。そして、私にも姉であると名乗らせてください。それに矛盾していることをおっしゃいました。私の目を見て判断したと。それならば、この子の目が私と同じようになれば、その意味は全くわかりかねますが、名乗っていただけるのですか?そうじゃなければ理窟があいません」

「わかっているのだろう?そなたもこの子がいかに幼いか。いま、彼女は、私が母親だという事実を受け止めることはできないだろう。私が諸国にいかに喧伝されているのか、そなたに知らないとは言わせない。そして、あのエベール伯爵夫人がどんな風に私のことを伝えたのか、想像するまでもない」

「ジャクリーヌに責められるのが怖いのですか?事実をわからせればわかってもらえるはずです、それでわからないのなら、私の妹じゃない。それにしても、名乗られないにあたってはそれ以上の理由があるとお見受けしましたが、それを明かしてもらえますか?」

「私とこの子がこれ以上、近づくのは危険なのだ。彼女の中に埋まっている危険な因子を呼び起こさせる」

「そんなわけのわからない理由で!?」

「私が旅立ったら、事実を伝えるがいい。私の目が青いうちは絶対に許さない」

「違うわ!母上さまは、これ以上、子供を失うのが怖いのよ!!単に臆病なだけだわ」

「ベルバル、私はそなたを信用している」

 ベルバルの万分の一も感情の乱れを言葉の端々から見出すことはできない。それが彼女の怒りに火をつけた。

「いい加減に、聞き分けなさい」

 かすかだが、怒気を、母親は言葉に含ませた。

次の刹那、ベルバルの透明に近い色の瞳から涙が一筋こぼれた。それを恥じるように踵を返して、美貌の母親から顔を夜の闇に隠す。

「姉上の心配をなさるわりには、私が剣に走ったことは心配なさらないのね。そうですわ、私は悪魔で冷血ですよ、姉上さまはお優しすぎるから、剣に向かないとおっしゃるのね。私を冷たい悪魔と言われるならば、私の内面はあなたに似たんですよ。私を見るのが、鏡を見るようで怖いのでしょ、もういいです!」

 鉄格子を一撃でぶち割ると、バルベルは身体を夜の闇におどらせた。それを視力で確認する以前に心で感じ取ったアンスバッハは、彼女を追ってダイブを敢行した。

  リヴァプール王は、彼女を見送ると親友に向き直った。今まで溜めていた思いを一気に吐き出したいのだが、感情の紐を縛りに縛って、ようやく漏らすように言葉を発する。聴きようによっては呆れているようにも聞こえるかもしれない。

「エレオノーラ、どうしてお前が追ってやらない」

 バルベルとジャクリーヌの生母は、親友の言葉を無視して言葉を繰り出す。虚空に向かって話してはいるが、誰に対して発しているのか、あまりにも明らかだ。

「娘にあんなふうに罵られるのは気持ちの良いものだわ。私も、父や叔父に従順な母上さまを・・・」

「私が問題にしているのは、お前の母上さまのことではない。そなた自身についてだ。私がわかるのは国際政治上と本人の人生設計上、ジャクリーヌが母親を知るべきではない。マクシミリアン2世の娘であるべきではない、それを生涯、貫くべきだ、ジャクリーヌという存在が公的に認められていない今ならば、いかようにも細工が可能だ、ということだろう?しかし、それ以上のものが彼女に埋め込まれていると、お前は言う」

「ふふ、可愛い娘と話していたら、あまりにも嬉しくて理性がふっとんじゃったわ。愚かかな、そんなことまで口にしてしまうなんて・・・それは私の直感よ、ジャクリーヌ、あの子には恐ろしい、人智では理解しえないものが埋め込まれているような気がする。それがいったい、どのようなベクトルに人々を動かすのかわからない。もっともいい方法はそれを目覚めさせないこと。強力な魔力を持つ、私がカギとなるような気がする。そう思えば、私たち母娘が生きながら裂かれた理由もわかるかもしれない。もっとも、あの殺しても殺したりないほど愛おしい、エベール伯爵夫人は理解もしてないでしょうけど」

「娘を思って涙している、その姿をどうしてあの子に見せてやらない?それだけで十分なんだぞ、エレオノーラ」

 一呼吸おいてから、リヴァプール王は付け足すように言った。

 そして、打って変わったように優しい顔に戻った。

「もっとも、幼いころから側にいる私が言うことではなかったな、三つ子の魂、百まで、ということか。それにしても格子窓が受けた損害は、母親であるそなたが払うべきだろう?わかっているだろうな?」


  そのとき、アンスバッハはベルバルを追いかけて、夜の闇を疾走していた。彼女は、自分の竜に乗って星空へと舞い上がったから、自分も竜を呼ばねばならなくなった。

  いくつか山と谷を越えたであろうか?アンスバッハは、バルベルの髪が宙空に漂っているのを見つけた。薄い髪の色は父親からの遺伝だろう。月光の反射がなくても、気の流れで彼女の存在を知ることができるが、あえて、感受性を使わずに迫ることにした。こちらからその能力を使うことは、彼の存在をこちらから自ずと明示してしまうからだ。

 べつに殺し合っているわけではないが、単に颯爽と現れてみたかった、という俗な理由もある。あきらかに能力がこちらの方が上だという認識があったこともそういう気持ちを冗長させたのかもしれない。いずれにせよ、彼のそういう慢心が思いもしない結果をもたらしてしまった。

 バルベルは、かすかにアンスバッハを認識していた。いや、正確にいうと、自分に何等かの意図を持つ何者か、である。いまだ、それが敵意であるとは認識できていない。

 しかし、母親が彼女の立場であれば、彼の正体までも認めていたにちがいない。しかし彼女は若すぎた。それゆえにそこまで手が伸びなかったのである。それゆえに必殺の志を以って当たることに決めた。自分の存在をひた隠しにして、ここまで迫ってくる。そのやり口、そして、バルベル・フォン・ハイドリヒという名前が持つ輝き、それを思えば、刃を向けてくる相手を挙げてみれば、両手で足りずに、この少ない情報では断定できない。とにかく、見えない殺意ほど恐ろしいものはない。それゆえに、殺意の度が強いことが推定できる。こうなれば、竜騎士らしく命を懸けて対応するつもりだ。

 バルベルは、竜にとどまることを命ずると剣を抜いた。

 そして、踵を返して、正体不明の殺意に向けて突っ込む。

 こうなれば、アンスバッハとて竜騎士の本能に身を任すしかなかった。

 何かやわらかいものを刺した認識があった。だが、剣を通じて伝わる少ない情報から、帝国の皇太子は自分がしてかしたことを理解した。親友の娘に瀕死の重傷を負わせたのだ。即座に彼女を抱きかかえると、そこからいくら叫んでも聞こえるはすがないのに、ひとりの治療属性の名を呼んだ。

「イザボー!!」

彼女しか、この子を助けることはできない。

バルベルの胸から青い血がしたたり落ちている。アンスバッハは、彼女をできるだけ優しく抱き留めると自分の竜にシャンディルナゴルまで疾駆させる。今来たところまで戻ればいい。きっと、すでにエレオノーラは、娘の危機を察して、イザボーを呼びにやっているにちがいない。

 それはあくまでも希望的観測にすぎなかったが、彼女の判断力と能力を信頼して、のことである。

 実際、彼は親友の気が乱れていることをすでに察している。


  胸部に固いものが飛び込んできたことは理解できた。その瞬間に感じたことのない痛みが全身に走った。あたかも四股が分裂してしまったかのように思えた。そして、意識を失った。バルベルが次に意識が戻ってはじめて視界に飛び込んだのは、見たこともない、母親の感情を乱した顔だった。声を振り絞りつつ、自分の名前を呼んでいる。

 いったい、何事が起こったのか、自分を攻撃した竜騎士は何者だったのか?

 いま、自分は生きているのか?ならば、誰かが自分を助けたにちがいない。あのとき、相対した竜騎士は能力において自分をはるかに凌駕していた。

 彼が自分を攻撃するのが目的だったとは、バルベルの想像を超える発想だった。

 皮肉なことに身体が嘆き悲しんでいるときは、心は意外と平静だった。さすがにここまでひどい負傷をしたことはないものの、彼女とてそれなりに戦場を潜り抜けてきた竜騎士である。

 ここはシャンディナゴルの市庁舎、マイケル五世の支配領域だ。ここで彼女、妹と母と、そして、リヴァプール王と神聖ミラノ帝国の皇太子と食事をしていたのだ。

 彼女は緊急に拵えられたベッドに寝かされている。大事にしたくないという要請から必要以上に侍従や侍女たちの手を煩わせるわけにはいかないので、家具と有り合わせの布で作った急ごしらえのものだ。

 そこにイザボーが呼ばれてきた。

 彼女はエセックス伯爵夫人の侍女ということになっているので、彼女が呼び寄せることは、誰の目も引かないと踏んだのだ。

 問題はジャクリーヌのことだ。

 魔法が切れかかったとき、バルベルの口から、「母上」「ジャクリーヌ」などと言わせるわけにはいかない。

 彼女は、ある程度の時間が経過すれば意識が戻ると注意してから、二人の男が然るべきところに連れて行ってもらった。

 実の娘の命が危ないというときに、このように理性的な思考ができることが恨めしかった。やはり、自分は世間で悪しざまに罵られているとおりに、ナント王国始まって以来の悪女かもしれない、と虫の息となっている娘の顔を見つめながら思う。手はしっかりと彼女の手を握っている。

 ばっさりと開けられた胸からは、藍色の血がどくどくと流れ出している。 

  ばっさりと開けられた胸からは、藍色の血がどくどくと流れ出している。

 痛々しい患部にはあまりにも小さい手が添えられているが、けっして、頼りないわけではない。むしろ、この世のどんな力強く大きな手よりも信用ができる。

 最高の治療属性だと彼女が信じるイザボーは、場合によっては自分の命までも投げ出してもいいという心持ちで治療に当たっていることが、それこそ直に伝わってくる。



 


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