仮面食事会2~エセックス伯爵は食事会における会話のルールを提案する。
ジャクリーヌの郷愁を打ち破ったのは、エセックス伯爵の声だった。低音は深い世界を感じさせる味わいに満ち満ちている。
「この食事会のルールを決めないか?主に会話についてだが」
「私は依存ありませんが、どんな内容ですか?閣下」
「この空間にはリアルな状況は入れない、ということだ。もちろん、持ち出さない」
「ならば、仮に伯爵閣下が、マイケル陛下と誼が深かったとして、私の仕官をお願いする、ということはルール違反になるわけですね」
エカチェリーナが、肉を切り分けながら言った。肉汁が香ばしい匂いを鼻孔に連れてくる。育ちざかりとしては、どうしてもそちらに意識が向かってしまう。
「エカチェリーナ殿、私にも切り分けていただけますか?」
「了解、しかし、私のように太るわよ」
「御両者、私の話も聞いていただきたいのだが?」
「そもそも、ルールを決める、決めない、それを多数決で決めるっていうのはどうだい?閣下?」
アンスバッハが口を出した。
「閣下という呼び方を止めてほしいから、私はそう申しているのだ」
「確かに一理あるが、君をそう呼ばなければいいだけの話だろ?」
「私は賛成です」
「アンヌマリー殿、どうしてそう思われるのかしら?」
伯爵夫人が尋ねた。
「そもそも仮面を被っての食事会、そのものが尋常ではないわけですから、ここが特別な世界だというのは納得できます」
カトリーヌならば、こうこう答えるだろうと想像したら、舌が自然と滑らかになった。
「それもそうね。じゃあ、私も賛成しようかな」
夫人は肉汁で汚れた手を拭いながら言った。その手つきの優雅さが、この人の出身を暗示しているように思われた。いい意味でも、悪い意味でも心の神髄から貴族であるカトリーヌとは別の意味でこの女性は貴種なのだ。
「どうせ、オレのアンスバッハっていうのも偽名だしな。それも面白そうさ」
「しかし、ここには未成年もいるわけだから、態度には注意してもらいたいな、誰のこととは言わないが」
「ふん、そうかい」
アンスバッハ殿は伯爵の言を真に受けた様子はなさそうだ。
残るエカチェリーナ殿も無言で肯いて賛意を示した。
「エカチェリーナ殿は食欲が勝っておられるようだな」
「否定はしませんよ、たがが小娘に後れを取ったことが、私は我慢できないのです」
骨付き肉を、切り分けながらどうにか憤懣を抑えているという演技を見せる。それがおかしかったのか、伯爵夫人は笑い出した。
「エカチェリーナ殿、馴れない演技は失笑を呼びますよ」
「まるで、昔から私のことをご存じのような物言いですね」
「年の功といいますからね。貴女がアンヌマリーを、いえ、・・殿を小娘と呼ぶならば、あなた方は、私からすれば童女とそう変わるものではありません」
その瞬間、二人の間に、ジャクリーヌの知らない何かが行き交ったような気がした。自分だけが置いてきぼりにされているような気がしたのだ。
「プランタジネット殿に娘と呼ばれるなら、私は嬉しいです」
ほぼ同時に三人、要するに伯爵、アンスバッハ、エカチェリーナ、の視線が夫人に集まった。しかしジャクリーヌはそのことには気づかなかったものの、自分の発言がいかに失礼なのか、その自覚はあったようだ。
「あ、小娘の間違えです。失礼、そういえば、夫人はお子さんはいらっしゃらないのですか、あ、これは重ねて失礼、ルール違反ですね」
「いえ、いいのよ。その代わりと言ってはなんだけど、少し長くなるけど私の話を聴いてもらえるかしら?アンヌマリー殿?」
「はい、喜んで!」
「もちろん、これはあくまでも、私が作った寝物語だと思ってほしいわ」
夫人は、遠い目をした、ようにジャクリーヌは仮面の下を想像した。
「私が作った国はドイツという小国なの。そこで生まれた女の子はまさに生まれながらにして、お姫様の鑑という風に呼ぶのにふさわしい子だったわ。幼児にして、将来の美貌をみんなに予感させた。そして、誰からも愛されることもね。その子は性格もお淑やかで虫も殺せない性質だったの。だけど、困ったことがひとつあった。それはなんだと思う?」
「珠にきずということですか?」とジャクリーヌ。
「エカチェリーナ殿は?どう思うのかしら?」
「・・・・さあ、私にはあまりにも難問過ぎて・・・・」
「まあ、いいわ。その子は攻撃属性として、有り余るほどの才能を以って生まれてきたの。まさに神々の祝福を受けたと、大人たちにはちやほや、されたわ。ただ一人を除いて。それはその子のお母上さまだったの。彼女は娘に言ったの。みんなが喜ぶからって、能力を見せちゃだめって。だけど、4,5歳の幼児にそんなこと要求するのは不可能ね。だって、鉄の玉を割れば、喝采、塔の上から飛び降りても無傷、ということになれば、城中が彼女のことを褒めそやかすんだから。そのうち、それを目に付けた悪い男たちが、彼女を城から浚ったの。お母上様から頂いた手作りの人形すら持っていくことは許されなかったわ。彼女はその人形を後生大事にしてたの。だけど、その代わりに持たされたのは剣だった。二人の悪い男たちに朝から晩まで稽古よ。それも、わずか6歳の子供が・・・。よく耐えられたと思う。だけどそれができたのは、二人の友人のおかげかな。その悪い男どもが唯一、まともなことを少女にしてあげたとすれば、それだけ、ね。その子は、頑張れば母上様に会わせてやる、という言葉だけを頼りに、剣をふるったわ。夕食後は、夕食後で魔法の授業が待ってるの。その子は、とにかく、幸か不幸か、ありとあらゆる才能に恵まれていたのよ。辛い、辛い、子供時代だったわ。二人の友達がいなかったら、きっと死んでいたと思うわ。そういう経緯があって、ようやく乗り越えて、いざ城に戻ってみたら、お母上さまは女子修道院に入られていたわ。せめて、お母上さまが作ってくれた人形はどこかと、探したけど、人形すら残っていなかった。だけど、その子は将来、もっと大事なものを奪われることになるの、人形どころじゃないほど大切なものを・・・・・ね」
「・・・・・・・」
「せめて、大人になったら、幸福な話にしてあげましょうよ、そ、そのドイツという国のお姫様を・・・」
ジャクリーヌは自分が何を言っているのかわからなくなっていた。何故か、その大切なものの正体を訊いてはいけないような気がした。もちろん、二人の悪い男についても同様である。
そして、わけのわからない涙で仮面の中が濡れるのを感じた。この時ほど自分も仮面で素顔を隠すと申し出てよかったと思うことはない。このお方は、自分のことを話しているのだ。
それでも、ジャクリーヌは食べ物を、今は南国で作られているという、大きな葡萄をつまんでいたが、絶え間なく口に入れていた。それは、精神的な葛藤から逃れるためだろうか?
「じゃあ、あなたたちにそういう話にしてもらおうかな。さあ、作って」
この場合のあなたたちとは、あきらかに、ジャクリーヌとエカチェリーナを指していた。
「我が愛おしい妻よ、今度はおふたりの話を聴きたいじゃないか?彼女らに、彼女らの物語を作ってもらおう」
「それもそうね、我が愛おしい夫よ、ふふ」
ジャクリーヌは吟遊詩人の才能が自分にあるなどと思っていなかったが、カトリーヌの顔を思い出したら、なぜか、彼女が自分に乗り移ったような気がして、口が滑らかに動き出した。
「私は自分の国に、フランスという名前をつけたいと思います」
「ナント語かしら?それらしい響きだけど、聴いたことないわねえ」
プランタジネット殿の言うことは当然だ。なんとなれば、カトリーヌが作った架空の名前なのだ。加えて、彼女の母国語がナント語であるゆえに、影響を受けるのも当然だろう。
精神を整えるために息を深く吸うと、想像の中で親友が物語っているときのことを思い出して真似をする。
「フランス王国は何代も続く無能な王のせいで、財政が逼迫して苦しんでいました。今上の王はごく普通の資質を与えられて生まれてきましたが、その程度では絶望的な状況を打開できなかったのです・・・」
王は、それでも、天から与えられた能力を限界以上に駆使して財政を立て直そうと努力するが、たとえば民衆に商売に関する裁量権を付与したり、有能なものに税を免除を与えたり、しかしながらいずれも失敗に終わり、結局はそのしわ寄せを民衆にあたえざるをえなかった。
「税金の免除は、財政の再建と矛盾するのう」とエセックス伯爵。
「民衆とは賤民のこと?」これはエカチェリーナ。
その言葉は、ある年齢まで自分が賤民だと疑わなかった、というよりは自分が生きているヴェルサイユ村民という階級しか知らなかった彼女からすると、全く理解できない、あるいは使いこなせない言葉、なのである。
「有能な商人がぼろもうけをしたところで、税金を取るという方策だったのですが、うまくいかなかったようです」とまるで見てきたように、伯爵の質問に説明をつける。
一方、エカチェリーナに対しては思わず馬脚を見せそうになった。
「そうですね。そうです」思わず、そうらしいと口が滑りそうになったのである。他人の創作であることがばれてしまう。少女はみなに考えさせないために畳み掛ける。
「民衆、賤民はそれに耐えられずに武器を以って蜂起します。それを裏で操っていたのは、神々に反抗する堕天使ミカエルを神だと信望する一派です。教皇庁でも反乱がおきます。ミカエルを唯一神とあがめる一派が教皇庁を支配します」
「現実から切り離すという約束を破っていると思うが?」と伯爵。
「そうは思わないわ。それは例の教皇庁ではないのでしょう?」と夫人。
「ええ、ローマ教皇庁といいます」
これは、ジャクリーヌの独創である。
「しかし、堕天使ミカエルを神とするなどありえないが、それ以上に唯一神という概念が理解できない。神はたくさんいるはずなのに・・・・それも現実から切り離すためか・・おっと、この私が約束を破ってしまったな・・・」
もはや、誰も伯爵の自嘲めいた苦笑を無視していた。誰もがジャクリーヌの話に聞き入っていたのである。魂を奪われていたと言ってもいい。




