憎むもの
血に染まった刀を下げたまま、天羽は西を目指して歩いていた。
住む人がいなくなった家やシャッターの閉め切られた店が並ぶ間に通る、荒れ果てた一本の道の先には、この国で唯一の城が見える。
国王のいないその城はどこか寂しそうに、しかし立派にそびえ立っている。
かつては、祈りを捧げるものもいるほど栄えた城だったが、今はその影すらない。
そして少年はただその城に不快感を覚えるばかりで、空を仰ぐ。
空には少年の幼い頃の記憶が浮かんでいた。
「 」
父と母が呼ぶ声が、少年の耳に懐かしく響いてやまない。
少年が刀を持つきっかけとなった、両親の死。
当時の記憶を、彼は今も鮮明に覚えているせいで、刀は朱を彩り続けるばかりだ。
もし、両親との思い出がなくなれば。もし、両親が死ななかったら。
少年は何度そんな淡い期待の先にある夢を見ただろう。
「父さん、母さん」
ふと足を止めると、何かを急かすように勢いよく風が吹いて少年の背中を押した。
なにかを思い出したように、天羽は再び歩き始めようとした。
そのとき、
「へぇ、あなたの両親はあなたをおいて、あなたの目の前で自殺したようですね」
自分の過去を、あまりに端的に、無感情に放つその声に少年は思わず後ろを振り返り刀を抜いた。
「っちょ・・・」
振り返るとそこには、少し後ろに反り気味で両手を挙げる少し紫がかったマントを身にまとった小柄な少女がひとり立っていた。
歳は天羽と変わらないくらいにも見えるが、髪を結った三つ編みと赤いフレームのメガネのせいで幼く見える。
「何者だ?」
予想外の容姿によりいっそう不信感を抱いた少年は、さらに刀の先を近づける。
すると、少女は片足だけ後ろに後ずさり、そのまま慌てた声で早口に言葉を並べた。
「た、ただの通りすがりの占い師ですっ。怪しい者ではありませんん」
「占い師?」
「はい、そうです。すいません、勝手にあなたの過去を占ってしまって」
慌てふためくその声に、ひとまず天羽は刀を下ろした。
「蓮花といます、えっと、初めまして天羽さん」
どうやら、占いによって得たものは少年の過去だけではないらしく、蓮花と名乗った少女は初めて会った少年の名をあっさりと口にした。
「なんの為に俺の過去を」
「なんだか悲しそうな背中だったので、つい」
刀を持つ手に力がこもるが、一瞬でその力は消えた。
「悲しそう、か」
「・・・どうしてあなたは今でも人を殺し続けるのですか?この国の国王は死にました。その所為でこの国はめちゃくちゃですが、もうあなたが憎む者はないはずでは?」
「あるさ」
天羽は静かに刀をしまい、まっすぐ蓮花を見つめた。
「国王が作ったこの国、そのものだ」
ありがとうございました!