捨てた名
“サムライボーイ"
そう呼ばれた少年はただむっとした表情を浮かべて、刀を持つ右手とは反対の左手で落ちてしまったフードを被りなおした。
「そんな野暮ったい名前で呼ぶな。天羽、それが俺の名だ」
銃を持った男がその銃を下ろして背負う格好になると、天羽もそれに対応するように刀を鞘に収めた。
「君の名前は確か―――」
前に立つ男がそうの先を言う寸前で、天羽が声を張り上げた。
「その名前は・・・、その名前は遙か昔に捨てた」
彼の鞘を握る手が少しだけ震えた。
しかし、声だけはまっすぐにどこまでも響いていった。
男は、クスッと笑う。
少年にとって、その本当の名前がタブーだと言うことを知っていたからだ。
どんな反応を見せるのかなんてことは男にとっては分かり切ったことだった。
「用件は?」
「君は唐突な物言いをする。それに実におもしろくない。全く知らない人間が銃を向けて君を殺しにかかったにもかかわらず、驚くどころか息一つ乱していない。ああ、実におもしろくない」
まるで悲劇のヒロインでも演じるかのように大げさに身振り手振りを付けた男は心底残念な様子を見せたが、少年は笑み一つ見せず、表情すら変えなかった。
「そんなのは、この辺りなら日常茶飯事だ。いちいち驚いてたら、生きていけない。そういう世の中を作ったのはあんたらだろ?俺の所為にするな」
「そうやって、君は僕の期待を裏切ったことでさえ世の中の所為にするのかい?ああ、これだから。支配される人間は何でも世の中の所為にして、支配する側の人間にすべて罪を押しつける。・・・これだから嫌なんだ」
はあ、と溜め息をひとつ吐いてから、男は後ろを振り向き「君もそう思うだろう」と問いかけたが何の反応も無かったためまた溜め息を吐いた。
「用件はなんだ。銃刀法違反でも取り締まりに来た訳じゃないだろう」
「まさか。今時銃刀法違反なんて適応していたら国民の半分以上は牢屋に入ってこの国は破滅するよ。それに、銃刀法違反より君に科す罪は殺人だろう?一体何人もの人間をその刃にかけてきたんだい?」
「さぁ、な」
天羽はうっすらと笑みを浮かべた。
だだし、鞘を握る手には力を込めたままで。
「まあ、そんなことは今はどうでもいい。それより、僕は君にある依頼をするために来たんだ」
「・・・依頼?」
「そう、人殺しの依頼を。ね」
“人殺し"
改めて陰のない言葉として響く確かな事実に少年は強く右手を握りしめた。
ありがとうございました!