第一話 オレの大きな・・・
「ありがとうございましたー」
ピンポーンという電子音と共にゆっくりと自動ドアが開いた。
「ふー。今週も面白かったな〜」
俺こと小野兄也は、とある少年誌を読み終え、小さな缶コーヒーを買いコンビニを出た。そこからすぐ近くの公園まで来た。
「ふー……しかし、暇だなー」
ベンチに座りながらくつろぐ。
去年、高校を卒業してから、やることがない。まあ夏ぐらいから忙しくなるのだが。
その理由は単純明快。大学を受験しなかったからだ。金がない訳ではない。ちょっとした家庭の事情ってやつだ。
誰もいない名も無き公園。春の、暖かいそよ風がほおを撫でる。
ふたを開け、無糖の珈琲を口に含む。
「……にがっ!やっぱ年取れば飲めるようになるってもんでもないか」
しばらく一人の時間を過ごしていたが、やがて缶の中が空になると、ベンチ右方五メートル強にある缶の入っているくずかごへ投げた。
俺の投げた空き缶は山なりの軌道をたどり、円柱の籠の枠ににヒットし、籠の外に着地した。
「あー」
狙いを外してしまった。すぐそことはいえ、わざわざ缶を拾いに行く気にはなれなかった。かといって、このまま放置するのも気が引ける。
そこで俺は右手人差し指で軽く缶を指差した。そのまま手ごと軽く上に振る。
落ちていた缶が宙を舞い、籠のなかに吸い込まれていく。
「よしよし……」
とりあえず缶を捨てることに成功した。周りに誰もいないことを確認するため、周囲を見回した。
「……」
すると、ベンチを挟んでごみ箱と反対側にある歩道に一人の女の子がこちらを見て立っていた。
――見られた!?
いや、まだそうと決まったわけではない。だが迂闊に声をかけても怖がらせてしまい、逃げてしまうかもしれない。もし見られていたとしたら、そのまま情報が洩れてしまうかも……
「あの……こ、こんにちは」
そんなことを考えていると、向こうから挨拶をしてきた。
「こんにちは……」
さて、どうしたものか……。 しばらく考えていると、再び向こうから話しかけてきた。
「あの、い、今のは……」
「今のって、なにかな?」
……。バレてないといいが……
「あの、缶が……」
これは……アウトか。さて……
「ええと、とりあえずこっち来て座ったら?」
「あっ、はい」
短めの綺麗な髪を揺らしながら、小走りぎみでこちらに近づいて来る。
ちょこんと俺の隣に座ると、小さな身体から甘いいい香りが漂ってくる。
「えっと、君、名前は何て言うの? ああ、俺は小野兄也」
「あっ申し遅れました。私、佐藤萌香といいます。小学四年になりました!!」
小学四年生にしては少々小柄かもしれないが、素直そうでとても可愛らしい女の子だ。
「あの……それで、さっきの缶はどうやったんですか?」
小さな胸の前で手を組み、祈るかのようなポーズのまま目を輝かせてこちらを見つめてくる。
「……えっと、萌香ちゃん」
辺りを見渡して、他に誰もいないことを確認する。
「ここで見たことは、すぐに忘れるんだ」
「え? どうしてですか?」
「そ、それは……」
さっきの缶はどうやったか。それは単純ではあるが、複雑な方法。俗に言う、魔法や魔術と言われるモノを使っただけ。
うちでは代々魔法を受け継いできているらしい。そんな我が家の教えのひとつに『魔術の存在は一族のみの伝承とする』という物がある。つまりは、『世間にバレるな』ということだ。理由はよく分からない。
「教えてくれないと、町中に言いふらしちゃいます」
つんとした態度でそんなことを言い始めた。ぬぐぐ……そう来るか。仕方ない。適当にごまかすしか……。
「さ、さっきのは……えーと……そう! 手品だよ。手品の練習をしていたんだ」
「…………(ジトッ)」
いわゆるジト目といわれる物だろう。ちょっとごまかしには無理があったか。
「そう、ですよね……。手品。うん、そうです。すみません。変なこと聞いて……」
萌香がうつむきながらつぶやく。そして、肩を落とした萌香の瞳から一粒の滴が落ちるのを、見た。――涙?
「ホント、ごめんなさい。……あっ、手品、頑張って下さい。それでは失礼します」
深く一例してその場を離れようとする萌香を、俺はただ見ているだけだった……。
やがて萌香が視界から消えると、言い知れない罪悪感が俺のなかに溢れてきた。
「……っていうか、なんで萌香はあの時涙なんかを……」
しばらく思案する。まさかあれを魔法だと思った訳でもないだろう……。いやでも、漫画やらアニメやらでは魔法なんてものはよく見る。そんなものはフィクションだ。こうして自分も使っているが、アニメは作品自体がフィクションなのだからその内容――魔法についても同様のことが言える。
とは言え、萌香は小四と言っていた。まだその存在を疑わない子だっていてもおかしくはない……かもしれない。
萌香がそうだったと仮定すると、あの涙は――
おそらく缶が宙を舞い、見事にくずかごに入ったのをみて、魔法はあると思ったのに違いない。
だが、そうすると、俺は身内に聞いても理由がよくわからない掟のようなもので、小さな女の子の夢を壊してしまったことになる。
しかし、真実を打ち明けようとも、萌香はもうこの場にはいない。
しばらくその場にいたが、夕暮れを告げる鐘がなり、自宅へと戻っていった。
* * * * *
翌日、日曜日だからと言うわけでもなく暇をもてあましていた俺は、何の当てもなくふらふらと町中を歩いていた。
(はあ……やっぱりだめだよなぁ……)
あの後自宅に帰り、魔道の血を引いている母親に萌香との一件を話したところ
――兄也!! まさかその子に話してないでしょうね!?
などと言われ、あげく不注意だと怒られた。さらに「話すな」と釘を刺された。でも、俺の中では萌香に話さなければならないと言う感情もあった。
「どうすっかなー……」
空を見上げながら独り言をつぶやく。ふと気が付くと、そこは昨日の公園の前だった。
「……あっ」
公園の中から声が聞こえた。とても綺麗な澄んだその声は、つい先日――昨日聞いた声に似ていた。
声のする方を見ると、そこには萌香がベンチに座ってこちらを見ていた。
突然の再開。俺も驚いたが、萌香も驚いた様子だった。
目があったまましばらく何もしゃべれなかった。すると、萌香の方から話しかけてきた。
「あ、あの! 昨日のことは本当にすみませんでした!!」
「いや、そのことなんだけど……」
そこまで言うと、母親に言われたことが思い出されてしまい、そこで言葉が止まってしまう。
だが、掟などと言う些末事、破ったところでバレなければ問題はない!
「? あの、良かったらここ、座って下さい……」
すこし体をずらし、ベンチに空きを作る。俺はそこに座った。
何を話そうかとしばらく沈黙していたが、やがて口を開く。
「昨日のことなんだけど……誰にも言ってない?」
恐る恐る訊いてみる。
「昨日……あっ、はい。誰にも話してません! 兄也さんの、大切な手品のタネですから!」
ぐっと拳を握り、力強く宣言する。萌香の返答にほっとするが、それと同時に心が痛む。
こんなに純心な子に嘘はつけない。そう思い、俺は萌香に全てを話すことを決意した。
「君に言わなきゃいけない事があるんだ。でも、誰にも言わないって約束して欲しい」
真剣な眼差しで萌香の方を見る。はい、と一言だけ言うと、黙って俺が話し出すのを待ってくれた。
一呼吸置いてから、ゆっくりと口を開く。
「まず君に謝らないといけない事がある。昨日、手品って言ったけど……あれはその……ま、魔法、なんだ」
「え……」
魔法と聞くと、萌香はとても驚いた顔をした。
「魔法……あるんだ、本当に……」
「その、昨日は嘘をついちゃったことになるから、ちゃんと謝りたかった。ゴメン!」
立ち上がって深々と頭を下げる。
「ええっ!! そんな、謝るだなんて。わたしも本当のことを言ってもらえて嬉しいですから……。そんな、謝らないでください」
萌香にそう言われ、顔を上げる。
「あの……今の話、やっぱり友達に言っちゃ駄目ですか?」
「だ、ダメだよ!! そりゃあ言いたいかもしれないけど、その、本当はこうして君に話すのも駄目なんだけど……」
「そ、そうなんですか!?」
俺が告げると、萌香はなんだか申し訳なさそうに首をすぼめた。
「ああ、うちの掟みたいなのに、そういうのがあるんだ。だから、君には秘密にして欲しいんだけど……」
俺が頼むと、萌香は少し寂しそうに返事を返した。
「……はい、わかりました」
そのまま少し口調を強めて続けた。
「あの、ちゃんと名前で、萌香って呼んでください! 昨日はちゃんと呼んでくれました!」
ああ、そういうことか。たしかに『君』なんて他人行儀過ぎかもしれない。
「えっと……じゃあこの事は俺と萌香、二人だけの秘密な。誰にも言うんじゃないぞ?」
「二人……は、はい! 解りました!! あの、今日は本当にありがとうございました!!」
最初の方がよく聞き取れなかったが、元気よく返事を返して萌香は公園から出ていった。そして公園の出入口で振り返り、一礼すると走り去ってしまった。
出来は悲しいですが、酷評でいいのでお願いしたいです。