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2/5

義洞家訪問

「ここか……」


仲間たちと別れ、一人「中立国」のさらに奥まった静謐なエリアへと足を運んだリヒト。彼の目の前には、周囲の喧騒を拒絶するかのように佇む一軒の屋敷があった。


屋敷は平屋調の落ち着いた造りながら、その存在感は圧倒的だ。深く鮮やかな青の瓦屋根が夕闇に沈みかけ、白と黒のコントラストが美しい壁面は、大陸の主流とは異なる「東方の伝統文化」の息吹を感じさせる。

広大な敷地を囲うのは、高さ2メートルに及ぶ堅牢な塀。さらにその周囲には、外敵を阻むための簡易的な結界が、薄く透き通った膜のように200メートル四方にわたって張り巡らされていた。

唯一、結界が途切れているのが正面の正門だ。

だが、そこにはこの世界では珍しい「袴」に身を包み、鋭い穂先を光らせる「薙刀」を携えた門番が二人、彫像のように直立していた。


リヒト「弍科(にしな)流剣術総本山、義洞ぎどう家。……守りは存外、脆そうだな」

独りごちると同時に、リヒトは虚空を掴むように右手を差し出した。


瞬間、彼の掌の中に濃密な魔力が収束し、一本の刀身を形作っていく。それは腰に帯びた鉄の剣ではない。自身の魔力を結晶化させ、一時的に物質へと昇華させる魔法の刃――【魔成剣ませいけん】。

魔力に余裕がある者なら使える基礎的な術ではあるが、その「質」は使い手の技量にあまりに忠実に比例する。並の魔導師が作れば脆く使い物にならないが、リヒトが練り上げたそれは、伝説的な鍛冶師が数十年かけて打ち出した名刀にも劣らぬ、凄まじい耐久性と殺傷力を秘めていた。


門番「おい、貴様。何者だ。そこで止まれ!」

リヒトの接近を察知し、二人の門番が薙刀を水平に構える。

リヒト「そうだな……。お前たちから見れば……『敵』。それ以上でも、それ以下でもない」

淡々とした答えと同時に、リヒトの姿が消失した。

門番「なっ――!?」

次の瞬間、一人の門番の背後にリヒトが立っていた。抜剣の音さえ聞こえぬ神速の斬撃。背後から切り裂かれた男は、声を発することも叶わずその場に崩れ落ちた。

門番「貴様ぁ! よくも……死ねッ!!」

もう一人の門番が激昂し、薙刀を大きく振りかぶる。長物の利を活かした鋭い突きがリヒトを襲うが、その切っ先が彼に触れることはない。リヒトは紙一枚の差で攻撃をいなすと、既に悠然と間合いを取り直し、魔成剣を低く構えていた。

リヒト「遅い。それでよく門番が務まるな」

門番「馬鹿にしてくれるなよ!」

男の怒声と共に、薙刀が円を描く。

背後からの回し斬り、即座に翻しての返し斬り。さらには大地を削る斬り上げから、脳天を狙う斬り下ろし。間断なく繰り出される弍科流の連撃。しかし、リヒトは最小限の動きでそのすべてを回避し、あるいは魔成剣の腹で受け流していく。

リヒト「長物を使うなら、もう少し手数を増やせ。それでは、俺の足を止めるには足りないぞ」

冷徹なまでの観察眼。余裕すら感じさせるその態度は、門番からすれば恐怖以外の何物でもなかった。

リヒト「……だが、あまり時間もかけていられないからな。悪いが、終わらせるぞ」

リヒトの言葉を最後に、再び彼の姿がかき消える。


門番「どこへ行った!? 前か、後ろか――ッ!?」

残された門番は、届かない恐怖に抗うように薙刀を振り回し、全方位を警戒する。だが、その視線がどこを向こうとも無意味だった。


リヒト「ここだ」


声は、真上から降ってきた。

男がリヒトを見失ったのは、単なる移動ではない。リヒトは爆発的な脚力で上空高くへと跳躍し、死角となる頭上から急降下したのだ。

背後に着地すると同時に放たれた一閃。

門番「……あ……」

背中から鮮血が噴き出し、門番はリヒトの姿をその眼に焼き付けることさえできず、糸が切れた人形のように意識を失った。


周囲には再び、不気味なほどの静寂が戻る。

本来のリヒトであれば、この程度の門番など一瞬で仕留め、露見することなく潜入できたはずだ。だが、彼はあえて時間をかけ、派手に立ち回った。

リヒト「さて……。これだけ騒げば、気づいてくれてもいい頃合いだと思うんだがな」

リヒトの視線は、倒れた門番ではなく、屋敷の奥――暗く沈んだ奥の院へと向けられていた。

彼には、この「義洞家」の主を引きずり出すという、別の狙いがあったのである。


〜〜〜〜〜


隠密「宗光(むなみつ)様。……何者かによる襲撃です」

その報告が隠密からもたらされたのは、リヒトが一人目の門番を塵のごとく斬り伏せた瞬間だった。


義洞家次期当主、義洞宗光(ぎどうむなみつ)。身長180センチ。紺の袴に黒の羽織を端然と着こなし、腰には「蒼龍」の意匠が彫り込まれた業物を携えている。後頭部で厳かに束ねられた長髪と、射貫くような鋭い眼光。そこに立っているだけで周囲の空気が凍り付くような威厳を放つ男だ。

宗光「……敵の正体は掴めぬのか?」

隠密「はっ。申し訳ありません。あまりの事態に、取り急ぎご報告を……。未だ全容を掴むには至っておりませぬ」

隠密は恐縮し、平伏したまま声を震わせる。

無論「まあ、よい。それほどの手練れであれば、遠からずこの奥の院まで辿り着こう。……金光(かねみつ)、いるか?」

宗光が虚空に問いかけると、揺らめく陽炎のように一人の男が姿を現した。


金光「なんだ」


宗光に酷似した精悍な顔立ち。だが、兄よりもわずかに背が低く、腰に帯びた刀の拵えは純白。そこには猛々しい虎の彫刻が刻まれている。義洞家次男、金光である。

宗光「愚かしくも、我が屋敷に牙を剥く者が現れた。……金光、貴様にその始末を任せる」

金光「ちっ……。そんな雑事、俺じゃなく飛鳥(あすか)にでもやらせればいいだろう」

宗光「……貴様は何も見えていないな。無駄な口を叩かずに行け。これは次期当主としての『命』だ」

金光「……ち。わかったよ、従えばいいんだろ」

金光は吐き捨てるように応じると、宗光の冷徹な重圧に抗うのを止め、正門へと続く広大な庭園へ躍り出た。

宗光は、金光の背中を冷ややかに見送る。この屋敷において、当主を除けば最強なのは自分であり、その次が金光だ。その金光が敗北するなど、宗光の思考には微塵も存在しなかった。


だが、彼は同時に慎重な策士でもあった。


宗光「万が一を考えねばならん。……これより敷地内の全門下生に厳戒態勢を敷け。腕に覚えのない者は地下道場へ避難させよ。金光が向かったとはいえ、私も戦支度をする。それから……飛鳥をここに呼べ」

隠密に矢継ぎ早に命を下すと、宗光は自身の戦闘準備に取り掛かる。羽織を脱ぎ捨て、着物の袖を肩で留め、肌を晒す。蒼龍の刀身を抜き、刃毀れ一つない輝きを確かめると、彼は深く瞑目して精神を研ぎ澄ませた。

そこへ、一人の女性が静かに歩み寄る。


飛鳥「兄上。飛鳥です。お呼びとのことで参りました」


義洞飛鳥。宗光、金光の実妹である。

身長は150センチほどと小柄。淡い青の着物に紫の羽織を纏った姿は、武家の娘というよりは深窓の令嬢を思わせるほどに細く、しなやかだ。腰の刀には橙色の亀の彫刻が施されている。

宗光「ふん。……この屋敷に、賊が入り込んだ」

飛鳥「はい。使いの者より聞き及んでおります」

宗光「ならば話は早い」

飛鳥「はい。兄上、私にも戦わせてください! 義洞の名にかけて、屋敷を護るために!」

身を乗り出す飛鳥。だが、返ってきたのは、拒絶の冷気だった。

宗光「ならん」

飛鳥「何故ですか!? 私だって、弍科の剣を学んだ身です!」

食ってかかる妹に、宗光は顔を向けることさえせず、淡々と言い放つ。

宗光「貴様は、この屋敷において誰よりも弱い。……いや、弱すぎるのだ。弍科の剣術を習っていると口にすることさえおこがましいほどにな」

飛鳥「くっ……!」

宗光「そのような者が戦列に加わってどうなる? 無様に醜態を晒し、義洞の恥を晒すだけだ。大人しく我らの戦いを見届けていろ。……最底辺の貴様にも、強者の剣を眺めることくらいは許してやる。それが学びとなるだろうからな。……付け上がるなよ」

飛鳥「……ですが! 一族の一大事に、私だけが見ているなど……!」

「義洞の名を持つ者として――!」と飛鳥が言い終えるよりも早く、彼女の首筋に冷たい「感触」が走った。

飛鳥「っ……!?」

いつ抜いたのか。宗光の刀が、鞘に入ったまま飛鳥の喉元を正確に捉えていた。

宗光「この程度の挙動すら見切れぬ貴様が……義洞の名を語るな。私に、二度同じことを言わせるなよ」


向けられたのは、身内に対する慈しみなど微塵もない、純粋な「殺意」だ。

実の兄から放たれた死の圧力に、飛鳥の全身は金縛りにあったように硬直した。彼女はそれ以上、一言も発することができず、ただ絶望と悔しさに震えながら、ゆっくりと首を縦に振るしかなかった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


門番を沈め、正門を潜ったリヒトの視界に、静謐な空間が広がった。

屋敷へと続く三十メートルほどの道には、一点の隙もなく石畳が敷き詰められ、その左右には計算し尽くされた美しさを持つ庭園が広がっている。澄んだ音を響かせるししおどし、水面に波紋を広げる錦鯉。リヒトたちが拠点とする喧騒の「中立国」と同じ空の下とは思えぬほど、そこには伝統ある一族の誇りと静寂が満ちていた。

だが、その静寂は、死角から躍り出た一筋の閃光によって切り裂かれる。


――キィィィンッ!


反射的に編み出された「魔成剣」が、襲い来る白刃を真っ向から受け止めた。

激しい火花が散る中、斬りかかった男が不敵な笑みを浮かべて口を開く。

金光「完璧に気配を殺して斬ったつもりだったんだがな。……これを防ぐかよ、普通」

リヒト「あいにく、背中にあれほどの視線を突き刺されて、気づかないほど鈍感ではない」

言葉を交わしながら、リヒトは最小限の足さばきで間合いを取った。

金光「そうか、それは悪かった。……俺は義洞金光。お前は何者だ? ここを義洞の屋敷と知っての狼藉か?」

リヒト「リヒト・スカーレット。当然、ここがどこで、誰がいるかも承知の上だ」

金光「……リヒト、だと……!?」

その名を聞いた瞬間、金光の表情から余裕が消え失せ、戦慄にも似た警戒心が走った。

金光「中立国の『ジャッカル』……そのリーダーが、何の用でここに現れた」


リヒトが率いる【ジャッカル】。それは中立国において畏怖を込めて語られる、対大軍戦闘に特化した特殊傭兵組織である。

彼らが戦場に現れれば、どれほど泥沼化した戦争であっても数日のうちに終結する。一個艦隊、あるいは一国の中核師団に匹敵すると言われるその制圧能力は、もはや組織という枠を超え、一つの「軍」として大陸諸国に認められていた。

その頂点に立つ男が、自ら乗り込んできたのだ。金光が身構えないはずがなかった。


リヒト「……端的に言えば、お前たちを貰いに来た。とでも言おうか」

金光「ほう……ふざけた要件だ。我ら弐科の剣が、誰かの風下に立つだと? そんな戯言に、我らが従うとでも思っているのか!」

金光の殺気が膨れ上がる。虎の意匠が刻まれた白い刀を正眼に構え、一気呵成に踏み込む機会を伺う。対するリヒトは、剣を構え直すことさえせず、凍てつくような声で続けた。

リヒト「従うかどうかではない。俺がそれを望んだ。ならば、お前たちに拒否権などないんだよ」

金光「抜かせ! 今ここで、お前を討ってその傲慢を叩き折ってやる!」

金光の体が弾けた。重力を無視した踏み込みから、一文字の袈裟斬りが放たれる。リヒトは微動だにせずそれを受け止めると、間髪入れずに放たれる二撃、三撃という猛攻を、まるで見えているかのように「魔成剣」の腹で受け流していく。

金光「お前如きに! 弐科の剣を従える資格などないッ!」

金光の咆哮。常人の動体視力では捉えることすら不可能な、音速に近い剣戟。だが、リヒトはその旋風のような攻撃の渦中にありながら、あくびでも出そうなほど平然と対応していた。

リヒト「……随分と威勢がいいが、その割には随分と本気のようだな?」

金光「はっ、どうだかな。……本番はこれからだ!」

一際鋭い斬り込みを放ち、リヒトの姿勢を崩そうと鋭い蹴りを見舞う金光。リヒトがそれを捌く一瞬の隙に、金光は大きく後方へ跳んで距離を確保した。


金光(くっ……相当な本気で踏み込んでいるが、どこにも隙が見えねえ。……技を使わずに制圧したかったが、背に腹は代えられん!)


焦燥が金光の胸を焼く。彼は愛刀を一度鞘へと納めると、重心を限界まで低く沈め、獲物を狙う猛虎のような前傾姿勢を取った。


金光「弐科流剣術……参式……『牙突がとつ』!!」


声が響いた瞬間、金光の姿が掻き消えた。

瞬き一つする間に距離を詰め、鞘から解き放たれた刀が一点を穿つ一撃。常人であれば反応すらできず、心臓を貫かれて終わるはずの必殺の突き。


――ガキィィィィン!!


空気を震わせる硬質な衝撃音が、庭園にこだました。

リヒト「……速いな。だが、見えている攻撃を防げないほど、俺は甘くない」

金光「……馬鹿な。今のは、完全に死角を取ったはずだ。見えているはずがないッ!」

リヒトの顔の真横で、魔成剣の刀身が金光の牙突を完璧に受け止めていた。

金光は戦慄し、即座に距離を取り直したが、その手は微かに震えていた。

大陸最強と謳われる弐科流。その歴史の中で磨き上げられた奥義の一角を、こうも易々と、それも正面から受け止められたのだ。動揺するなという方が無理であった。

リヒト「信じられないか? なら、もう一度やってみろ。……今度は逃げも隠れもしない」

リヒトの冷めた言葉に、金光は屈辱で顔を赤く染め、再び精神を研ぎ澄ます。

金光「見えていると言うのなら……防ぎきってみろ! 死ななきゃ安上がりだぜ!」


金光(出し惜しみは無しだ。全力の『舜動しゅんどう』で間合いを詰め、死角から牙突を叩き込む……!)


金光「弐科参式――」


金光の存在感が消失した。弐科流特有の歩法「舜動法」。足音を一切立てず、視覚情報を置き去りにするほどの超高速移動。

静寂が場を支配し、張り詰めた緊張感が極限に達した、その時。


金光「牙突がとつッ!!!!!!」


リヒトの背後。音も、気配も、風すらも置き去りにして現れた金光が、全身全霊を込めた突きを放つ。

反応より先に刃が穿つ。誰もが勝利を確信した瞬間。

リヒト「……速い。だが、やはり俺を倒すには至らないな」

リヒトは振り返る動作さえ最小限に、手首のスナップだけで剣を振った。

空を切った金光の刀が、凄まじい衝撃と共に弾き飛ばされる。それと同時に、リヒトの魔成剣が金光の胸元を一閃した。


金光「……くあ……っ!」


金光は咄嗟に身を翻して致命傷を避けたものの、その胸からは鮮血が噴き出し、自慢の刀は手の中から消えていた。

渾身の奥義を破られ、武器を奪われ、反撃を許した。それは、どこからどう見ても完敗だった。

金光「馬鹿な……。俺の、舜動法を……」

傷口を押さえ、膝を突きながら、金光は信じがたいものを見る目でリヒトを仰ぎ見た。

音がしないはずの、目視不可能なはずの移動を、この男は完全に読み切っていた。

金光「お前……。どこで、それほどの技を……」

リヒト「答える義理はない」

リヒトは冷たく突き放すと、再び魔力を練り上げ、新たな剣を手中に生成する。

金光「……くっ。負けた者に知る権利はない、ということか」

リヒト「そういうことだ。お前は弐科の当主ではないな? ならば、ここで殺しても計画に支障はない。恨むなら、己の力不足を恨め」

一歩、また一歩と死神のように歩み寄り、リヒトはその剣を高く振りかざした。

リヒト「言い残すことはあるか? 聞くだけは聞いてやろう」

金光「俺を殺しても……兄上がいる。好きにするがいい」

金光は自嘲気味に笑い、最期の時を待つように目を閉じた。

「そうか」

無慈悲な一言と共に、リヒトの剣が振り下ろされる――。


〜〜〜〜


時はわずかに遡る。金光が庭園でリヒトと剣火を散らし始めた、まさにその頃。


戦闘準備を整えた宗光は、飛鳥を引き連れて屋敷の広大な瓦屋根の上へと姿を現した。そこは、庭園で繰り広げられる死闘のすべてを俯瞰できる特等席であり、同時に戦いの余波を避け、いざという時に雷光のごとく介入できる絶妙な距離であった。


宗光「ほう……。思いの外、大物が掛かったものだな」

腕を組み、冷徹な双眸で眼下を見下ろす宗光の口から、微かな感心の入り混じった呟きが漏れる。一方、その横で息を呑んだのは飛鳥だった。

飛鳥「リヒト・スカーレット……!? ジャッカルのリーダーが、なぜ自ら我が家へ……」

宗光「貴様がその理由を案じる必要はない。飛鳥、お前はただその瞳を開き、この戦いのすべてを学びとして刻め。思考を止め、純粋な『事実』だけを観測しろ」

飛鳥「……はい。わかりました、兄上」

飛鳥は震える声を抑え、再び戦場へと意識を向けた。


庭園では、金光が持てる技のすべてをリヒトへと叩き込んでいた。打ち鳴らされる鋼の音、瞬きするたびに数メートル移動している超常の速さ。飛鳥の動体視力では、二人の姿は時折歪む陽炎のように霞み、ただ火花だけが視認できるほどの極限状態にある。

金光が距離を取り、重心を深く沈めた。弐科流・牙突の構えだ。

宗光「ふむ……。リヒトという男の力量、想定を上回っているな」

飛鳥「え……? 兄上、何を仰るのです。金光兄様が猛攻を仕掛け、相手を圧倒しているように見えますが……」

宗光「その目は飾りか、飛鳥。……よく見ろ。金光は既に『本気』の剣技を使い切っている。だが、そのすべてが奴の肌を一枚すら掠めておらぬ。……見よ。次の牙突、おそらく防がれるぞ」

飛鳥「そんな、まさか。兄様の牙突を正面から防げる者など――」

飛鳥が反論を口にし終えるより早く、庭園に空気を震わせる轟音が響き渡った。


――ガキィィィーーーーンッ!!!


金属同士がぶつかり合う凄まじい衝撃。砂埃が舞う中、リヒトの剣が金光の必殺を完璧に止めている光景が、屋根の上の二人の目に飛び込んできた。

飛鳥「なっ……!? 金光兄様の牙突を……防いだ……!?」

宗光「驚く道理はない。間合い、呼吸、胆力。すべてにおいて奴が勝っている。……この戦い、勝敗は既に決しているな」

宗光は静かに立ち上がった。その体から放たれる威圧感オーラが、先ほどまでの比ではないほどに膨れ上がっていく。

宗光「私が出るより他にあるまい」

飛鳥「兄上! ならば、私も共に行きます!」

宗光「不要だ。今の貴様では足手纏いどころか、斬り合いの風圧に耐えることすらできまい。……いいか。私が応戦を開始した直後、隙を見て金光を回収し、直ちに下がれ。それがお前の唯一の役割だ」

飛鳥「……はい」

飛鳥はもはや、食い下がることはできなかった。目の前の兄から放たれる殺気は、既に完全な「実戦」のそれへと変質していたからだ。

宗光の視線の先で、金光が捨て身の二度目の牙突、その予備動作に入る。


宗光(……これも防がれる。終局は近いか)


宗光の冷徹な予見は、残酷なまでに的中した。

金光の放った渾身の舜動牙突は、リヒトの反射撃によって無残に弾き飛ばされ、愛刀が虚空を舞う。立ち尽くす金光の胸を、リヒトの魔成剣が浅く、しかし確実に切り裂いた。

金光の完全なる敗北。

それを見届けた瞬間、宗光の足元で瓦が微かに鳴った。

宗光「飛鳥……。金光を頼んだぞ!」

短い、しかし有無を言わさぬ命を残し、宗光は屋根から音もなく飛び出した。

庭園の静寂を切り裂き、死神の剣が振り下ろされようとするその瞬間に割り込むべく、蒼き龍を宿した一閃が解き放たれようとしていた。


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