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導入 ~ジャッカル~

眼下に広がる砦を眺めながら襲撃の機会を伺う数人の影。

その眼は砦内の動く者を油断なく見据えいつでも襲い掛かれるように構えている。

しかして、彼らはボスの一声が無ければ襲いかかる素振りすら見せない。

数にしてたったの5人。

しかしこの5人から感じられる異様な雰囲気は一国の軍隊を相手取るかの様な錯覚を覚えさせる。

それほどまでに卓越した力を彼らは持っている。

そして、その力を発揮する為のタイミングを見計らい、今はただ気配を消し砦を監視しているに留まっていた。


漆黒の装束に身を包み、先頭に立つ男。深いフードが彼の顔の大部分を覆い、暗闇に溶け込むようなシルエットを作り出していた。まるで、獲物を待ち構える黒豹のよう。

フードから覗く一対の目は、深い藍色に光り、冷たく鋭い視線を投げかける。その眼差しは、まるで生きた人間ではなく、人形を見ているかのように無機質で、対峙する者を一瞬にして凍りつかせる。乱れた黒髪が、その冷徹な目を隠すように額に垂れかかり、ミステリアスな雰囲気を漂わせている。

細身で華奢な体つきは、他の男たちと比べると頼りない印象を与えるかもしれない。しかし、その背中には、長年の鍛錬によって培われた強靭な筋肉が隠されている。しなやかな動きは、まるで暗闇を舞う影のよう。

彼は、この集団の絶対的なリーダー、リヒト・スカーレットだ。


彼の隣に、騎士風の軽鎧を身につけ、弓を携えた男が控えていた。ルシウス・ファー・オーガスト。整えられた髪は三つ編みされ、すらりとした体躯からは気品が漂う。その容貌は、この集団の中で最も美しいと言っても過言ではない。

爽やかな笑顔の裏には、深い闇が潜んでいる。まるで、満月の夜に咲く美しい毒花のように。

リヒトの補佐的な立ち位置である彼は、リヒトのカリスマ性に惹かれ彼を支えている。

今も眼下の砦に対し弓を構え、警戒の目を光らせるルシウス。その姿は、まるで白昼夢を見ているかのように、現実と幻想が入り混じった美しさを湛えていた。


ルシウスの反対に立つ集団の中で最も大柄な男、ギーク・フォン・アルケミスト。

乱れた長髪を後ろに束ね、顔には左頬から顎にかけて深い傷跡が走っている。その傷跡は、数々の戦場をくぐり抜けてきた証のように、彼の野性的な魅力を際立たせていた。不敵な笑みを浮かべる口角には、常に自信がみなぎっている。

鎧を軽蔑するように、彼は薄手の生地一枚と簡単な肩当て、腰布、そして鉄靴のみを身に着けていた。その鍛え上げられた肉体は、まるで生きた鎧のよう。特に、隆起した筋肉は、まるで岩のように硬く、血管が浮き出ている様子は、彼の戦闘への情熱を物語っていた。

彼の手に握られた大きな槍は、彼にとって命の次に大切なものだった。その槍は、彼の魂の一部と言っても過言ではなく、ギークは槍と共に次の戦いを待ち焦がれている。


人影の中に、一際目を引く女性がいた。

彼女の名前はメーガス

腰まで届く紫色の髪が、彼女の白い肌に映え、神秘的な雰囲気を醸し出している。白と赤を基調とした魔道ローブは、まるで彼女を包み込む光の輪のよう。

特に肩から腕にかけて施された複雑な刺繍は、高位魔道士としての彼女の地位を象徴している。

切れ長の目は、アメジストのように澄みきっており、どこか物憂げな印象を与える。しかし、その瞳の奥底には、深い知性と強靭な意志が宿っている。

額には、菱形の紋様が刻まれ、その漆黒の色は、彼女の持つ魔力を象徴しているかのよう。

興味深いのは、彼女が杖を持っていないことだ。魔道士にとって杖は、魔法力を増幅させるための必須の道具。しかし、メーガスはそれを必要としない。その事実が、彼女が並外れた魔力を持つ高位魔道士であることを物語っている。

5人の中で唯一の女性である彼女は、その美貌と強大な魔力によって、周囲を圧倒していた。


集団の中で最も若く見える少年はジャックだ。

小柄な体格に、まだ幼さが残る顔。無造作に切り揃えられた髪は、彼の無頓着さを物語っている。しかし、その無邪気な瞳には、どこか深淵が覗き込む。

他のメンバーが鎧や武器で身を固めている中、ジャックはただの一枚のシャツと膝丈のズボンという軽装で、まるでこの集団に馴染んでいない。彼の装備は、己の拳のみ。しかしその拳には、並外れた自信があるのだろう。

彼の軽装は、他のメンバーとは対照的で、どこか異質な存在感を放っていた。

その無邪気な笑顔の裏には、確固たる信念が隠されている。


彼らは戦闘集団【ジャッカル】

ボスであるリヒトを中心とした傭兵組織である。

戦闘の依頼があればどのような内容であろうと動く戦闘における便利屋だ。

その手の界隈では【ジャッカルが動けば戦争が終わる】というような噂が流れるほどの組織だ。

その組織の中枢とも言えるメンバーが今ここに集っていた。


リヒト「行くか……。」

低く呟いたその一言は、静かな、しかし確実な開戦の合図だった。

その言葉を皮切りに、崖の上に陣取っていた面々が動き出す。

ギーク「よっしゃあ! 景気が良くて助かるぜ。あそこにいる奴らは、全員ブチ殺して構わねえんだよな!?」

好戦的な笑みを浮かべ、拳を鳴らしたのはギークだ。その瞳には既に眼下の砦、獲物たちの姿しか映っていない。

ルシウス「そうだね。今回の目的は帝国が所有するあの砦の『完全無力化』。つまり、建物ごと消し飛ばしてしまっても構わないということだよ。好きに暴れるといい、ギーク……」

軍師役のルシウスが最後まで言い終えるより早く、ギークの姿はそこから消えていた。

ギーク「一番槍は俺がいただくぜッ!!!」

爆音のような咆哮を残し、ギークは断崖絶壁から迷わず跳躍した。重力を無視したかのような凄まじい脚力。その声がこだましている頃には、彼は既に遥か下の目標砦へと着地し、爆散する石畳と共に血路を切り開き始めていた。

ルシウス「やれやれ……相変わらず人の話を聞かないね。作戦の詳細はまだ伝えていないというのに」

ルシウスは呆れたように肩をすくめ、苦笑いを浮かべる。その横で、静かに戦況を見つめていたジャックが口を開いた。

ジャック「……ですがルシウス。この程度の任務、僕らが必要以上の策を弄するまでもないのでは?」

ルシウス「……まあ、否定はできないね。でもねジャック、任務に『絶対』はない。生存率をコンマ数パーセントでも引き上げるために、作戦の立案は必要なのさ。君もギークの野性味に影響されてきたのかな?」

ジャック「どうでしょうね……」

ジャックはそれだけ言い残すと、彼もまたギークの後を追うように崖から躍り出た。風を切る鋭い音が、彼の決意の重さを物語っていた。

残されたのは3人。だが、血気盛んな二人が突っ込んだ今となっては、もはや細かな指示を飛ばす段階ではない。ルシウスは状況を判断し、隣に立つ男へと視線を向けた。

ルシウス「まあ、君が前線に行くなら、万が一にも敗北はないだろうね。僕とメーガスはここで援護に回る。リヒト、君も行くといい」

リヒト「そうか。任せる」

短く応じたリヒトの体から、微かな、しかし濃密な圧が放たれる。彼は一歩踏み出すと、重力を感じさせない滑らかな動きで崖の下へと姿を消した。

メーガス「……さりげなく私を後衛に残すあたり、相変わらず抜け目ないわね、ルシウス」

長い髪を揺らしながら、魔導師メーガスが皮肉めいた笑みを浮かべる。

ルシウス「光栄だね。流石に僕一人の『目』では、砦内全ての情報を網羅するには限界がある。君たちのような膨大な魔力を持っているわけじゃないからね……」

メーガス「ええ、その判断は正解よ。……ま、いいわ。私たちも『掃除』の準備をしましょうか」

メーガスは両手を掲げ、片方を前方へ、もう片方を真下へと構えた。唇から紡がれるのは、世界の理を書き換える詠唱。

前方に向けられた掌の先、砦の上空を覆いつくさんばかりの巨大な魔法陣が展開される。それは瞬時に光の網となって砦を包み込み、地面へと沈み込んでいった。

同時に、彼女の足元に展開された小さな魔法陣の上には、淡い光で構成された「砦のミニチュア模型」が浮かび上がる。

広域索敵魔法——上空の魔法陣が捉えた詳細な構造、敵の配置、熱源をリアルタイムで模型に投影したのだ。

模型の中には、無数の「赤い点」が蠢いている。それは砦を守る帝国兵たちの生命反応。対して、その中に飛び込んだ「3つの大きな青い光」が、猛烈な勢いで赤を塗り潰していく。

メーガス「どうやら、あなたの心配は杞憂に終わりそうよ?」

ルシウス「そのようだね。……ここから見ているだけでも、一方的な『屠殺』だ」

メーガスの模型を横目に、ルシウスも自身のスキル【遠視】を発動させる。彼は精巧な造りの長弓を構え、弦を引き絞った。

番えられているのは、実体のない魔力の矢。彼のように魔力量が限られた者にとって、極微量の魔力を高密度の破壊力へと変換する「魔矢」は、まさに最適の武装だった。

静寂の中、ルシウスの指が離れる。放たれた光の矢は、数キロ先の砦の狭間にいた伏兵を、音もなく撃ち抜いた。

ルシウス「本当に、彼らは容赦がないね。……敵に少し同情してしまうよ」

メーガス「あら、優しいのね。けれど、私やあなたが出向いたところで、結果は似たようなものだと思わない?」

ルシウス「ははは、買い被りだよ。僕はあそこまで派手には立ち回れない。魔力も少ないし、対軍戦闘は専門外だからね」

メーガス「そう。そういうことにしておきましょうか」

皮肉を交わしながらも、二人の視線は鋭く戦場を捉えて離さない。

眼下では、三人の怪物が帝国の誇る砦を文字通り「粉砕」していく光景が、夕闇に赤く染まっていた。


〜〜〜

砦兵「て、敵襲ーーッ!? どこから……グ、ガァッ!!」

断末魔の叫びは、最後まで響くことすら許されなかった。

砦の守備兵が空から降ってきた「死神」を目撃した瞬間、ギークの槍がその胸を無慈悲に貫いていたからだ。着地の衝撃で石畳が砕け、周囲の兵士たちは爆風に吹き飛ばされるように転倒する。

ギーク「さぁて……。ちったぁ歯応えのある奴がいるといいんだがなぁ!」

獲物を見定めた獣のような鋭い視線。ギークは返り血を拭うことさえせず、次の獲物へと地を蹴った。

ジャック「ギークさん! 自分の分の敵も少しは残しておいてくださいね!」

遅れて着地したジャックが、弾丸のような速さで戦場を駆け抜ける。

彼の武器はその「拳」。 鋼を叩き割るほどの重圧を乗せた一撃が繰り出されるたび、帝国の重装歩兵たちが鎧ごとひしゃげ、木の葉のように舞い上がる。剣筋よりも鋭く、そして確実な死を運ぶ打撃が、砦の通路を瞬く間に沈黙させていった。

ギーク「あぁん? 早い者勝ちだろうがよ! 今回は捕虜を取る必要もねえ『掃除』なんだ。さっさと片付けちまうぞ!」

ギークは笑い飛ばしながら、大蛇のごとく槍を振り回し、砦の深部へと突き進む。

この砦は、正面の堅牢な門を除けば、背後は切り立った断崖、左右は高さ15メートルに及ぶ厚い木材の壁に囲まれた、まさに「不落」を謳う構造だった。だが、彼らにとってそんなものは檻にすらならない。

砦の最奥、将校たちが指揮を執る駐屯設備――そこから漂う微かな「強者の気配」を、ギークの本能が敏感に察知した。

だが、彼がその獲物に手をかける数秒前のことだった。


――ドォォォォンッ!!


砦の奥にそびえ立っていた指揮所が、内側から爆発したかのように派手に崩壊した。

爆風と共に、ギークの足元へ複数の敵兵の死体と、無残にひしゃげた建物の瓦礫が転がってくる。

ギーク「うおっ!? なんだなんだぁ!?」

飛来する瓦礫を軽快な身のこなしで躱し、ギークはその「物体」を凝視した。

ギーク「あぁん? こりゃ、この砦の将校じゃねえか……。ったく、一体どこのどいつが……って、この状況ならあいつしかいねえわなぁ」

砂埃が舞う破壊の跡。そこから静かに歩み寄る一人の男の姿を見て、ギークは肩をすくめて槍を収めた。

リヒト「すまない……。少し、派手にやりすぎてしまったようだ」

リヒトが服についた煤を無造作に払いながら、瓦礫の山から降りてくる。彼の足元には、もはや抵抗する術を持たない敵の指揮官が無造作に転がっていた。

ギーク「はっ! この程度、誰だって出来らぁ。つーか、これでおしまいか? 手応えがなさすぎるだろ、おい!」

ギークが不満げに吠えるのも無理はなかった。

襲撃を開始してから、まだ3分と経っていない。広大な砦を埋め尽くしていたはずの兵士たちは、今や物言わぬ肉塊へと変わり、この空間で生命の鼓動を刻んでいるのは、リヒトたち3人だけとなっていた。


【3人とも、お疲れ様だね。……どうやらリヒトがトドメを刺した分で、全員のようだ。】


ルシウスの「魔法思念テレパス」が、3人の脳内に直接響き渡る。

リヒト「そうか……」

リヒトは感情の起伏を見せず、短くそれだけを返すと、既に興味を失ったかのようにその場を去ろうとした。


【あ〜、ちょっと待ってくれ! 僕たちも今そっちへ合流するから。】


制止する声と同時に、3人の目の前に複雑な幾何学模様の魔法陣が展開される。まばゆい光が収まると、そこにはルシウスとメーガスの姿があった。

ルシウス「作戦開始から、まだ5分も経っていないというのに……。流石というべきか、なんというか……」

周囲に広がる「完全無力化」された光景を眺め、ルシウスは呆れたような、それでいてどこか誇らしげな苦笑を浮かべる。

リヒト「今回の作戦は帝国の拠点を潰すのが目的だ。相応の抵抗を警戒していたが……まさか、この程度とはな」

ギーク「はっ。帝国にとっちゃあ、ここは捨て駒同ぜんの拠点だったってことだろ。準備運動にもなりゃしねえ」

リヒトとギークが淡々と感想を述べ、リヒトは外套を整え、ギークは槍を背負った。

ルシウス「まあ、何はともあれ無事に終わってよかったよ。もっとも、君たちにとっては心配するまでもなかったんだろうけどね」

メーガス「終わったなら、ここにはもう用はないでしょ。さっさと帰りましょう。……帰りは、私の転移魔法でいいかしら?」

メーガスが退屈そうに指先で髪を弄りながら、帰還の準備を促した。

リヒト「構わない。だが、お前たちは先に帰れ。俺は少しばかり、寄りたいところがある」

リヒトの言葉に、メーガスは一瞬だけ意外そうに眉を上げたが、すぐに納得したように頷いた。

メーガス「わかったわ。転移が必要になったら魔法思念を飛ばしてちょうだい。その場所に繋げてあげるから」

リヒト「ああ」

短いやり取りの後、メーガスが発動させた魔法陣が4人を包み込み、瞬時にその場から消え去った。

静寂を取り戻した、死の砦。

残されたリヒトは、独り、次の目的地へと向かうべく、かつては鉄壁を誇った正門の方へと歩き出した。


〜〜〜〜〜


リヒトたちが生きるこの大陸は、その広大な版図を5つの勢力に分け合っている。


北の峻厳なるノースガリア国

東の古き伝統を重んじるイースリア皇国

西の野心溢れるウェスタリア

南の覇権主義を掲げる宿敵、サウスガルド帝国


そして中央に位置するのが、どの国家にも属さず、独自の軍事力で均衡を保つ独立連邦国家――通称「中立国」である。そこは、四方の国から流れてきた者や、遠い別大陸の漂流者たちが集い、混沌とした熱気を放つ「自由の象徴」でもあった。


中立国は、その役割ごとに4つの区画に分かたれている。

法と秩序を司る「統治区」

大陸中の富が集まる「商業区」

絶えぬ火花と槌音が響く「工業区」

そして、多種多様な人々が肩を寄せて暮らす「居住区」


メーガスの転移魔法が降り立ったのは、その中でも最も活気溢れる「商業区」の一角。彼らの拠点は、この喧騒のなかにひっそりと、しかし確かな存在感を持って佇んでいた。

メーガス「さて! リヒトが戻るまでの間、私はたっぷり休ませてもらうわよ~!」

メーガスが伸びをしながら声を上げると、ルシウスが苦笑いでそれを受け流す。

ルシウス「メーガス、リヒトがいないからといって、あまり羽目を外しすぎないでくれよ。……ジャック、君もだよ」

ジャック「ギークさん! さっきの戦いで見つけた課題があります! 稽古、つけてください!」

ギーク「あぁん? めんどくせぇなぁ……。一人で勝手に素振りでもしてろよ。俺は寝るんだよ」

転移直後の静寂は一瞬で霧散し、いつものやり取りを交わしながら一行は拠点へと足を踏み入れた。

拠点の表の顔は、ありふれた大衆酒場である。

重厚な引き戸を開ければ、そこには昼夜を問わず中立国の民たちが集い、酒杯を酌み交わす賑やかな光景が広がっていた。正面には長い木製のカウンターが鎮座し、その奥では料理人やウェイターたちが戦場のような忙しさで立ち働いている。

店内に並ぶ15ほどの丸テーブルは、常に半分以上が埋まっている盛況ぶりだ。

この店がこれほどまでに愛される理由は、看板娘の愛嬌もさることながら、ここが「彼ら」の拠点であると知る客が多いからでもある。

ここに集う客の多くは、ルシウスたちに命を救われた者や、彼らの信念に共感する者たちだ。戦う力も政治的な権力もない彼らにとって、この店で旨い酒を飲み、銭を落とすことこそが、彼らの活動を支える唯一の、そして精一杯の「戦い」なのだ。

ルシウスたちはその無言の支援を深く理解していた。だからこそ、昼から出来上がっている客がいても、それを咎めるようなことは決してしなかった。

酒場の奥、カウンターの横に設置された大きな壁時計。

ルシウスがその長針と短針を特定の法則で操作すると、カチリ、と硬質な機械音が響き、目立たない箇所の床が静かにスライドして地下へと続く階段が現れた。

ルシウス「リヒトが戻るまでは自由行動だね。僕はさっきの任務の報告書をまとめておかなければならない」

ルシウスが先頭に立って階段を下り、仲間たちに告げる。

メーガス「私はシャワーでも浴びて、さっぱりしてから魔法の研究に戻ろうかしら」

ギーク「まーた研究かよ。おめぇ、もう十分すぎるほど強えだろうが」

ジャック「確かに。メーガスさん、これ以上上を目指してどうするんですか?」

ジャックの素朴な疑問に、メーガスは階段の踊り場で足を止め、不敵な笑みを浮かべた。

メーガス「魔法の道に終わりなんてないのよ。研究すればするほど、深淵から知らない知識が湧いてくるんだから。それに……まだ私、最高位の『唯一魔法』には手が届いていないもの」

ギーク「はっ! 好きにしやがれ。天才様はこれだから困るぜ」

ジャック「あ、ギークさん! 逃げないでください! 鍛錬ですよ、鍛錬!」

軽口を叩き合いながら階段を下りきると、そこには地上とは対照的な、冷徹なまでに静謐な石畳の通路が伸びていた。

どこまでも直線的に続くその通路の両脇には、いくつもの扉が並んでいる。個人の私室、資料室、最新の設備を整えた会議室。

酒場の地下にこれほどの軍事・研究施設が隠されていることを知る者は、中立国広しといえど、この店を深く愛する者たちの、そのさらに一握りの「身内」だけである。

ルシウス「それじゃ、解散だね」

ルシウスの言葉を合図に、一行は各々の休息と、次なる戦いへの備えのために、地下拠点の闇の中へと散っていった。


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