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神保町というところ

作者: ぱるき
掲載日:2026/03/08

 月初めの日曜日。


 私は決まって神保町を訪れる。

 私鉄と地下鉄を乗り継いで、自宅から1時間ほど。

 階段を上ると、そこはもう神田の古書店街だ。


 東京の大学に進学して2年目。秋田にいた頃から憧れていた本の街に、まさか毎月行けるとは!

 入学間もない頃、初めて訪れた時の興奮は未だ冷め止まらない。

 歩いても本屋、本屋、本屋。しかもその殆どが古書店。たまに普通の本屋さんもあるけれど、大部分は古書店。

 スーパーや銀行、美容院、喫茶店といった店舗が並んでいた私の地元の商店街とはまるで違う。本屋の隣が本屋、そのまた隣も本屋なのだ。


 幼い頃から本の虫。

 絵本と図鑑から始まった好奇心は瞬く間にジャンルが広がって、漫画はもちろん文学、歴史、哲学、芸術、産業、社会といったあらゆるモノの本を読み漁っている。

 それに比例してウンチク的な知識も――それも、人生に役立つとは到底思えない様な知識が、私の中で蓄積されてきた。

 広く、浅く、なのかも知れないけれど、興味が深まればとことんハマる。最近はハマッたのは『なぜ1+1=2なのか』。小学生の時にごく普通に教えられた事が、いざ証明するとなるとこんなにも奥深い事だったのかと感動した。高校受験の時に学んだ、図形の証明問題の比ではない。1+1=2という数式だけで本1冊になるという事が私には衝撃的だった。

 女子友達からすると、私の本好きは良い言い方をすれば『好奇心旺盛』、その逆だと『物好き』になるのだろうか。だからといって別に本以外に興味が無いわけではない。普通にオシャレもするし、身だしなみや流行にもそれなりに気を遣う。女子会だって普通に誘われるし、誘うし、その場で本から得られたウンチクを語るほど自己中ではない。友達の話を聴くのだって好きだし。


 ということで、私の本好きは生涯続くと思う。本がこの世に出る限り。

 最近は電子書籍に押され気味で、紙の本自体も売上が落ちているとか。かくいう私も、タブレットやスマホで電子書籍を読んでいる。本当は実家にあった本を全て東京に持ってきたかったけれど、書架ふたつ分のそれを今住んでいるアパートの部屋に入れてしまうと、今度は寝るスペースが無くなってしまう。泣く泣く諦め、小さな書架ひとつ分だけにした。電子書籍を読み始めたのもそういう事情。

 ただ、電子書籍は今ひとつ味気ない。読んでいるものは紙のそれと同じなのに、本としての質感が無いというか。ページをめくる楽しみが半減するというか。本独特の香りがしないというか。当たり前だけど。

 もちろん、電子書籍には電子書籍なりの良いところもあって。つまり、図鑑だろうが百科事典だろうが、わずか数百グラムの端末1台に収まって持ち運べること。これだけは紙の本には絶対に真似は出来ない。もっとも、出先で電池が切れたらそれまでなんだけど。電子書籍も紙の本も、それぞれ長所と短所があって。私はそのどちらも受け入れ、長所を堪能している――そんな感じだ。ただ、どちらが好きかというとやはり紙の本が好き。本を手にして読んでいるという感覚が、私は好きなのだ。


 今日は穏やかな陽気で、外を歩くには絶好。日曜日ということもあるけれど、神保町は人が多い。

 のほほんとして本屋をブラブラ歩く一方で、ちょっとしたドキドキもある。

 それは、思いがけない本と出会う事。

 この古書街の好きなところは、店先の地べたに無造作に置かれた本もあれば、店内に入ると天井まで積み上げられた本もあること。一見するとそれは乱雑で買う側からしてみると不親切この上ない光景なのだが、視点を変えるとそんな思いもなくなる。つまり、それらの本の一冊一冊が『手にとれるものならとってみやがれ』と私に挑発しているみたいで。

 心の中で、私はフンと鼻を鳴らす。『やってやろうじゃん』。

 一冊一冊目で追いながら、まだ出会っていない“思いがけない本”を探す。ネットで調べれば色んな本に出会えるかも知れないけれど、ネットで検索しても引っかからない様な本が、ここには星の数ほどある筈。『なぜ1+1=2なのか』も、ここ神保町で見つけたのだから。まだまだある筈。


 そして、散策すること3時間。


 あった!


 何店舗目か分からない店内の奥、書架の一番高いところ。

 背の高さや厚みが不揃いの中で、その本はあった。恐らくそこに収まってから、一度も誰にも読まれた事が無い。そんな気がした。

 バスケやバレーの選手がジャンプしても、間違いなく手が届かない。

 辺りを見回し、脚立を探す。古書店ならではのアイテム。別の書架に移動し、隅っこにあるのを見つける。


 脚立を開き、目的の本と交互に見ながら位置の最終合わせ。準備完了。意を決して上る。次第に本が近づいてくる。

 だが、気付く。高さが微妙に足りない。自分の身長ぐらいの高さまで来ているというのに、手を伸ばしても微妙にその本に届かない。マジか。

 その本を、しばし眺める。


『手にとれるものならとってみやがれ』


 むう。手強い。


 それでも私はその本に、不敵な笑みを浮かべた。

「おう。そこで待ってろよ」

 小声で本に呟くと、ギシギシ鳴らしながら脚立を一旦下りた。

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