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痴女(偽)が誘惑をしかけてきた! ――4

 午前の授業が終わり、昼休み。


 俺は自分の席に突っ伏してぐったりしていた。望愛の痴女行為に振り回されて、精神的に疲労困憊なのだ。


 机に上半身を預ける俺に、ひとりのクラスメイトが声をかける。


「お疲れだねぇ、紀樹」

「……遊々子(ゆゆこ)か」


 のそりと顔を上げると、ブラウンショートヘアの女の子が立っていた。


 女子にしては身長がやや高く、一七〇センチの俺が、軽く顎を引けば目線が合う程度。


 整った顔立ちをしているが、ココア色の垂れ目が七分(しちぶ)あたりまで閉じられているせいで、気怠げな印象を受ける。


 彼女の名前は天下井(あまがい)遊々子。中学からの付き合いで、俺とは親友と呼べる間柄だ。


「きみがぐったりしてる理由、名探偵である遊々子さんが解き明かして(しん)ぜよう」

「なんかはじまったんだが」


 ミュージカルのワンシーンみたいに大仰に腕を広げ、芝居がかった口調で遊々子が語りだした。突拍子もない言動に、俺は半眼になる。


 呆れられても臆することなく、無駄に洗練された動きで、遊々子が一個前の席に腰掛けた。


「ずばり、その原因は内木望愛さんにある。彼女のスキンシップにたじろいでいるんじゃないかい?」

「悪い、舐めてたわ。まさか本当に言い当てるとは思ってなかった」

「名探偵だからねぇ、ボクは」


 宣言通り、名探偵のごとく推理してみせた遊々子に、感心せざるを得ない。


 目を丸くする俺に、ふっ、と遊々子がシニカルな笑みを向ける。


「それに、今朝きみが、昇降口で内木さんに迫られているところを目撃したからね」

「だったら、大抵のひとは勘づくわ。感心して損した」


 遊々子の種明かしに、一転して失望した。


 俺が溜息をつくなか、遊々子はケラケラとおかしそうに笑っていた。相変わらず、つかみどころのないやつだ。


「いきなり抱きつくもんだから、ビックリしたよぉ。あんな可愛い子と、いつの()に知り合ったのさ?」


 興味津々な様子で遊々子が訊いてくる。どうやら、こっちが本題らしい。望愛との関係が知りたくて、遊々子は俺に話しかけてきたのだろう。


 体を起こし、俺は答える。


「小学生のときに知り合って、つい昨日、再会したんだよ」

「ほうほう、詳しく」


 なおさら興味を引かれたらしく、遊々子が身を乗り出してきた。


「人見知りだった望愛は周りと打ち解けられなくてな? 放っておけなくて話しかけたら、それがきっかけで仲良くなったんだ。望愛が転校することになって半年くらいで別れちゃったけど、偶然、ふたりとも西岡(ここ)に進学したってわけ」

「随分と離ればなれだったんだねぇ。にしては、親密すぎやしないかい? 見た感じ、かなり過激なスキンシップだったけど」

「それは……」


 言いかけて、口をつぐむ。


 望愛が過激なスキンシップをとってくるのは痴女になったせいなのだが、そのことを明かすのは流石にはばかられる。ぼかしたほうがいいだろう。


「むかしと同じ感覚で接してるんじゃないか? 離ればなれになる前も、あれくらい近い距離感だったから」

「なんだよ、それ!? ラブコメじゃん!」


 話を聞き終えた遊々子が歓声を上げる。いつもの気怠げな雰囲気が嘘みたいにハイテンションだ。


「仲良くしてた女の子との再会! しかも、以前と変わらずに慕ってくれる!? 完全にラブコメじゃん! 美少女のラブコメを生で見られるなんて、思ってもみなかったよぉ!」

「そんなんじゃねぇよ! 少しは自重しろ、この美少女ジャンキー!」


 遊々子にはやし立てられて、俺は顔をしかめる。


 二次元オタクである遊々子は、ゲームでキャラを選択する際、性能には目もくれず、一〇〇パーセント容姿で判断するほどの美少女マニアだ。そんな遊々子にとって、俺と望愛の関係は最高のエンターテイメントなのだろう。


「いいか、遊々子? 二次元と三次元は違うんだよ! 二次元(フィクション)みたいなラブコメが、そう簡単に起きてたまるか!」

「えー? なら、紀樹は内木さんのこと、なんとも思ってないのかい?」

「そんなわけない。望愛は特別なひとだよ」

「だったら……!」

「けど、お前が想像してるようなものじゃない」


 再び目を輝かせた遊々子を牽制すべく、俺は告げる。


「好意を抱いてることに違いはない。ただ、『恋愛対象』としてじゃなく『庇護対象』としてだ。妹みたいな存在なんだよ、望愛は」

「そういうものかねぇ……」


 納得いかないといった様子で、遊々子が肩をすくめた。


「ま、いいや。とにもかくにも、きみには期待してるよ、紀樹」

「期待?」


 言葉の意味するところがわからず、俺は眉をひそめる。


「そ」とウインクして、遊々子が続けた。


「眺めていて気づいたんだ。内木さんはただでさえ可愛いけど、きみの(そば)にいるときは五割増しで可愛い。だから、これからも内木さんと過ごして、可愛いところを引き出してほしいのさ。ボクの美少女欲を満たすためにもね」

「なぜ俺が、お前の欲を満たさないといけないんだ」


 遊々子の勝手な物言いに、溜息をつく。


「もとより、望愛とは仲良くするつもりでいたよ。お前の欲望とは無関係にな」

「いいねぇいいねぇ。その調子で、最終的にはラブコメにまで発展させておくれ」

「諦めてなかったんかい」


 遊々子の美少女ラブコメに対する執念は、並大抵のものじゃないようだ。呆れ果てて、俺は目を覆う。


「ノリくーん! お昼、一緒に食べよー!」


 その折り、話題の中心である望愛が、俺を昼食に誘ってきた。


 さながら、散歩を急かすわんこのよう。自分の席にいる望愛は、見るからにワクワクした様子でこちらに手を振っている。


「呼ばれてるよ、『ノリくん』? 早く行ってあげな」

「うっさい、からかうな」


 渋柿を口いっぱいに詰め込まれた気分でぼやく。


 ニヤニヤ笑う遊々子に見送られて、俺は望愛のもとへ向かった。

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