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痴女(偽)が誘惑をしかけてきた! ――3

「すまない。授業で使った資料を、誰か片付けてきてくれないか?」


 三限目の歴史総合の授業後、先生が俺たち生徒に頼んできた。


 本来なら、こういうのは日直の仕事だ。しかし、なにか用事でもあるのか、日直の生徒は困った顔をしている。


 なら、俺が代わりにやっておくか。


「先生、俺がやりますよ」

「助かる。よろしくな、柳父」


 名乗り出た俺に礼を言って、先生が教室をあとにする。


「あたしも手伝うよ、ノリくん」

「そ、そうか?」


 教卓に残された資料を運ぼうとしていると、望愛が声をかけてきた。


 反射的に体が強張(こわば)ってしまう。望愛が痴女だと判明した際の動揺が、未だに尾を引いているのだ。


 とは言え、善意を拒むのはばつが悪いし、資料の数も結構ある。素直に協力してもらうべきだろう。


「それなら、こっちの分を頼めるか?」

「うん♪」


 三分の一ほどの資料を渡すと、受け取った望愛がニッコリ笑った。頼ってもらえたのが嬉しいのかもしれない。


 ふたりで資料を抱え、社会科準備室を目指す。俺の隣を歩く望愛は、見るからにご機嫌そうだった。もしも尻尾が生えていたら、千切れんばかりに振りたくられていたことだろう。


 望愛の朗らかな横顔を眺めていると、自然と穏やかな気持ちになる。先ほどの緊張は、綺麗さっぱり消えていた。


 たとえ痴女になっていようと、望愛の(そば)は心地がいいな。


「望愛が望愛であることに、変わりはないってことか」

「なんの話?」

「いや。なんでもない」


 笑みを漏らす俺を見上げて、望愛がコテンと小首を傾げた。




 社会科準備室に到着した俺たちは、手分けして資料の片付けをする。


「ノリくん。この世界地図、どこにしまったらいいかな?」

「んー?」


 床にしゃがんで世界史の年表を片付けていた俺は、望愛に尋ねられて顔を上げる。室内を見渡すと、前方の戸棚の下にある引き出しに、『地図』と記されているのを見つけた。


「あの引き出しみたいだぞ」

「わかった。ありがと」


 世界地図を抱えた望愛が、俺が指さした戸棚に向かい、引き出しを開けるために腰をかがめる。


 そこでハプニングは起きた。


 望愛のスカート丈は、太ももの半分が露わになるほどに短くされている。その状態で腰をかがめると、必然的にお尻を突き出す体勢になり、見えてはいけない場所が見えそうになるのだ。


「っ!?」


 咄嗟(とっさ)に顔を背けた。センシティブな不意打ちで、心臓は早鐘を打っている。


 そんな俺の気も知らず、なおも望愛はお尻を突き出していた。フリフリ振られるお尻と、ヒラヒラ揺れるスカートが、なんとも目に毒だ。


 どうするんだよ、パンツが見えたら!? 仮にも男の前なんだぞ!? 自分でスカート丈を短くしてるんなら、ちゃんと気をつけてくれよ!


 つい吸い寄せられそうになる視線を理性で制して、俺は望愛に注意する。


「気をつけたほうがいいぞ、望愛」

「なにを?」

「見えそうになってるんだよ……パ、パンツが」

「ふぇっ!?」


 視界の端に、慌てふためきながらスカートを押さえる望愛が映る。クリクリした目が一層大きく見開かれ、頬は赤く色づいていた。


 注意しないといけない状況だったけど、やっぱり気まずいなあ。


 続ける言葉が見つけられず、俺は口をつぐむ。『パンツが見えそう』なんて指摘をしたのははじめてなのだから、無理もない。


 社会科準備室に、居心地の悪い沈黙が訪れる。


「ふ、ふーん? 別に、見えてもよかったけど?」

「はあ!?」


 沈黙を破ったのは望愛だった。信じがたいその発言に、俺の声は裏返ってしまう。


 目を白黒させるなか、望愛が小悪魔めいた笑みを浮かべた。


「せっかくだし、見せてあげよっか? 興味あるでしょ?」


 口角を上げた望愛が、スカートの裾をつまんでヒラヒラさせる。チラチラと覗く足の付け根に、ただでさえ速かった鼓動がさらに加速した。


「バ、バカ! やめろ!」

「遠慮しなくていいんだよ? 男の子なら、女の子のパンツを見たがるのは普通だし」

「どうして見たがってる前提で話を進めるんだ! 不名誉なねつ造をするな!」

「……とか言ってるけど、本音は?」

「見たくないっつぅの!」


 断固として否定していると、望愛がムッと唇を尖らせる。


「なんで見たくないの!? ノリくんのバカ! 興味持ってよ!」

「なぜ叱られないといけないのか!?」

「興味あるでしょ!? あたしのパンツ、見たいでしょ!?」

「待て待て待て! マジで見えちゃうから!」


 悲鳴を上げるみたいにして制止するが、それでも望愛は止まらない。むしろ、より激しくスカートをはためかせる始末だ。スカートのはためきは、もはや『ヒラヒラ』という擬音では足りない。『バサバサ』がふさわしいほどの勢いだった。


 どうやら望愛は、自分のパンツに興味を持ってもらえないことに腹を立てたらしい。ムキになって暴走しているのだ。


 普通、見られるのを嫌がるだろ! 怒るなら、見たがってることに対してだろ! 逆じゃねぇか!


 理不尽すぎる状況に、俺は顔をしかめる。


 だが、ふてくされていても事態は収拾しない。パンツが見えてしまうのも時間の問題だ。


 望愛を落ち着かせるには、パンツに興味があると言うほかにない! 不本意だが! 非常に不本意だが!


 苦渋の決断をして、俺は望愛に叫びかけた。


「わ、わかった! 興味がある! だから落ち着け!」

「ホントに? あたしのパンツ、見たい?」

「見たいから! 認めるから!」

「そっか……よかったぁ」


 望愛が安心したように頬を緩めて、スカートをはためかせるのをやめる。


 なんとか望愛の暴走を止められた。しかし、その代償は大きい。


 なにが嬉しくて、パンツに興味があるなんて宣言しないといけないんだ……俺の尊厳、ズタボロなんだが。


 大事なものを失った俺は、陰鬱な気分で肩を落とす。


 そこまでしたにもかかわらず、トラブル解決には至らなかった。


「じゃあ、ちゃんと見せてあげるね?」

「見せんでいい! 見せんでいいぃいいいいいいい!」


 心なしかグルグルと目を回しながら、望愛が再びスカートをたくし上げはじめたのだ。


 結局は、てんやわんやの大騒ぎ。その後も攻防を繰り広げた俺と望愛は、そろって次の授業に遅刻した。

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