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痴女(偽)が誘惑をしかけてきた! ――1

 入学式の翌朝。登校の準備を整えた俺は、スクールバッグとは別にトートバッグを肩に提げて、家を出た。


 最初に向かうのは学校ではなく、道を挟んで反対側にあるアパート。あのアパートには、母さんの仕事部屋がある。


 アパートについた俺は、一〇二号室のインターホンを押した。


 エントランスのオートロックが解除されたので、アパート内に立ち入る。


 母さんは一〇二号室の前で待っていた。


 手入れ不足でもっさりした、ミディアムの黒髪。黒い垂れ目に丸メガネ。


 おでこに冷えピタを貼り、シワシワのジャージを着ている彼女が、俺の母親である柳父亜由美(あゆみ)だ。


「……おはよー、紀樹」

「おはよう、母さん。今日も今日とてボロボロだな」

「あー……ここ数日、まともに寝てないからねぇ……」


 目の下に濃い(くま)をこさえた母さんが、弱々しく笑う。


 母さんは売れっ子の漫画家で、このアパートで寝泊まりする日が、一ヶ月に半数を超えるくらい忙しい。


 父さんはすでに亡くなっているので、柳父家の家事は俺が一手に担っている。


「無理はしないでくれよ? 倒れたら元も子もないんだから」

「善処はするよ」

「その言葉を口にした場合、実現されることは(まれ)なんだけどな」


 溜息をついて、肩に提げたトートバッグから、タッパーをふたつ取り出した。


 多忙な母さんに食事を作る余裕なんてない。そこで、作り置きしたものを、俺が毎朝届けているのだ。


「はい、今日の分。こっちが鶏五目の炊き込みご飯で、こっちは筑前煮な。レンチンすれば食べられるから」

「ありがとうねー、紀樹。これでお母さん、なんとか生きながらえることができるわ……!」


 タッパーを受け取った母さんが涙ぐみ、嗚咽を漏らす。心身ともにかなりのグロッキー状態みたいだ。


 相当参ってるなあ……学校がはじまったから、手伝いに来られる時間が減っちゃうんだけど、大丈夫か?


 母さんのことが気がかりで、渋い顔をする。


 そんな俺の気持ちを察したのか、母さんは穏やかに微笑んだ。


「心配してくれてありがとう。でも、紀樹は自分のことを考えて。わたしなら大丈夫だから」

「本当に平気なのか?」

「へっちゃらよ。これまでくぐってきた修羅場に比べれば、この程度、ぬるま湯以下よ」

「それはそれで不安になる発言なんだが」


 頬をひくつかせる俺に、「大丈夫、大丈夫」と母さんが笑う。


「それに、せっかく望愛ちゃんと再会できたんでしょ? 望愛ちゃんとの学校生活、しっかり楽しみなさい」


 望愛ちゃんが西岡(俺と同じ)高校に入学したことは、昨日のうちに母さんに伝えた。


 俺が望愛ちゃんと仲良くしていたことを、母さんは覚えている。望愛ちゃんと別れたとき、俺がどれだけ落ち込んだかも知っている。


 だからこそ、母さんは平気そうに振る舞っているのだろう。望愛ちゃんと過ごす時間を、俺から奪いたくないのだ。


 母さんが心配なことに変わりはないけど、望愛ちゃんとの時間を大切にしたいのも事実だ。ここは母さんの心遣いに甘えさせてもらおう。


「わかった。けど、困ったときは迷わず連絡してくれよ」

「ええ。それじゃあ、いってらっしゃい、紀樹」

「ああ。いってきます」


 母さんに見送られて、アパートをあとにした。


 今日から本格的に学校生活がはじまる。ひさしぶりに望愛ちゃんと過ごせると思うと、心が浮き立つようだ。


 ただ、ひとつ気がかりなのは――


「むかしみたいに慕ってくれるかな? 望愛ちゃん」


 しばらく会わないうちに、望愛ちゃんは大きく変わっていた。着崩された制服、ド派手に染められた髪、ピアスにつけ爪。人見知りだったとは思えないくらいの変貌だ。


 あれほどまでに様変わりしていたのだから、外見と一緒に内面が変化していても不思議じゃない。むかしと同じ距離感で接してくれるかは、定かじゃない。


「まあ、俺との再会を喜んでいたし、フレンドリーな感じはしたけどな。それこそ、抱きついてくるくらいに」


 昨日の出来事を振り返ったことで、望愛ちゃんにハグされた際の記憶が蘇る。


 押し付けられる柔らかな膨らみ。魅惑的な胸の谷間。桃みたいに甘ったるい匂い。


「……って! ダメだダメだ! こんな(よこしま)な気持ちでいたら、望愛ちゃんに失礼だろ!」


 ブンブンと頭を振り、煩悩を追い払う。


 自らを戒めて、俺は学校へと向かった。

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