誘惑したい彼女 vs. 更生させたい彼――2
「今日の分、持ってきたぞ」
「ありがとう、紀樹。助か……」
今日も今日とて、冷えピタ+皺だらけのジャージ姿で現れた母さんは、俺を出迎えた直後にカチンと固まった。
母さんの視線の先には、俺の斜め後ろで大人しく佇んでいる望愛がいる。
「ひょあっ!? ギャ、ギャル!? どどどどうして、陽キャ中の陽キャがこんなところに!?」
「こんなところもなにも、ギャルは普通に生息してるんだが」
目を剥いてガタガタ震える母さんの様子に、俺は溜息をついた。陰キャの代名詞みたいな母さんにとって、ギャルとのエンカウントは刺激が強すぎたらしい。
「よ、陽の気が眩しすぎるぅ! 焼けるぅ! 消滅するぅ!」
「吸血鬼かよ。少し落ち着いてくれ、母さん」
このままではらちが明かないので、望愛を指さしながら母さんに知らせる。
「望愛ちゃんだよ、この子。再会したって話しただろ?」
「うへぇあっ!?」
素っ頓狂な声を上げながら、母さんが仰け反った。見事なまでのオーバーリアクション。もしマンガだったら、背後に稲妻が描写されていたことだろう。
まあ、驚くのも無理はないよな。俺も、望愛がギャルになってたことを知ったとき、比喩じゃなく腰を抜かしそうになったし。
内心で母さんに共感していると、ほのかに表情を強張らせた望愛が、ペコリと頭を下げた。
「え、えと……おひさしぶりです」
「そ、そうね、おひさしぶり。取り乱してごめんなさいね」
「い、いえ、そんな!」
コミュ障を発動させた母さんが、ひたすらペコペコ。
いまだに理由はわからないけど緊張しているようで、望愛も同じようにペコペコ。
ふたりしてかしこまり、互いにお辞儀を繰り返す。
「その……お、お元気でしたか?」
「え、ええ。望愛ちゃんも元気にしてた?」
「は、はい!」
「そ、そう……よかった」
「…………」
「…………」
会話終了。
望愛も母さんも愛想笑いを浮かべ、気まずそうに冷や汗を垂らしていた。
な、なんだ、この地獄みたいな空気は。見てるこっちが居たたまれなくなるんだが。
ハラハラしながら見守っていると、流石に年上の自分がなんとかしなければならないと思ったのか、母さんが再び口を開いた。
「そ、その、ね? 望愛ちゃんと再会できたこと、紀樹はとても喜んでいるの」
「ほ、本当ですか?」
「ええ。だから、望愛ちゃんがよければ、これからも紀樹と仲良くしてあげて?」
母さんの話を聞いて、望愛が目をパチクリさせる。
強張っていた表情を和らげて――
「はい! もちろんです!」
日だまりみたいな笑顔で、望愛が元気よく頷いた。
母さんとの用事を終えて、俺と望愛は学校に向かっていた。
並んで歩く望愛が、ふぅ、と息をつく。
「き、緊張したぁ」
「見てるこっちも緊張したぞ。母さんとの会話、秒で終わるもんだから」
「親御さんへの挨拶だもん。緊張しないなんて無理だよ」
「なんなんだよ? さっきから口にしてる『親御さんへの挨拶』ってのは」
「まあ、なんでもいいじゃん」
相変わらず望愛の言ってることがわからなくて、俺は半眼になる。
答えるつもりがないらしく、望愛は笑ってはぐらかした。
「それより、ふたりきりになったことだし……」
いたずらっ子みたいに望愛が口角を上げる。琥珀色の瞳がキランと光ったのを、俺は見逃さなかった。
「ノーリ」
「ステイ!」
「きゃうっ!」
抱きついてくるのを先読みした俺は、望愛の額を手で押さえて阻止する。
しぶとい望愛は腕をバタバタさせてなんとか抱きつこうとしているが、俺のほうがリーチが長いので悪あがきに終わっていた。
「母さんの前では大人しくしてたんだし、そのままでいてくれよ」
「いいじゃん、ちょっとくらい!」
「よくない。言ったはずだぞ? 望愛を更生させるって」
「そんなこと言ってるけど、女の子とのスキンシップ、本当は嬉しいんじゃない? 素直になっちゃいなよ」
「ダメったらダメだ。とにかく、この話はおしまい。別のことでも考えて、ピンク色の脳みそを洗浄しなさい」
「ぶぅ……わかったよぉ」
唇を尖らせながらも望愛は抵抗をやめ、「別のことかぁ……」と、考えるように斜め上を見やる。
「そういえば、今朝のHRで委員会を決めるよね? よかったら、ふたりでやってみない?」
「やりたい委員会があるのか?」
「そういうわけじゃないんだけどさ」
「じゃあ、どうして?」
尋ねると、はにかみながら望愛が答えた。
「ノリくんと一緒にお仕事をしたら、楽しいんじゃないかなって思ったの」
あまりにも健気な回答に、照れざるを得ない。むず痒い気分で俺は頬を掻く。
こういうとこ、本当にズルいよな。ただでさえ誘惑にうろたえているのに、不意打ちまでしてくるんだから、たまったものじゃないぞ。
内心で愚痴っているが、決して悪い気はしない。むしろ、素直に好意を向けてくれることが嬉しいし、そんな望愛を可愛いと思う。恥ずかしいから口にはしないけど。
「どうかな、ノリくん?」
黙り込む俺を、おねだりするような目で望愛が見上げてきた。
望愛の提案は俺としても魅力的だ。答えは決まっている。
「構わないぞ。一緒にやるか」
「うん♪」
快諾すると、望愛がニッコリ笑った。




