記録庫・外来者登録
《外来者登録処理開始》
声は扉の奥から響いた。
感情を持たぬ音。
だが拒絶ではない。
岩が岩として発する、ただの宣言だった。
次の瞬間、視界に文字が浮かぶ。
上段には角ばった刻印のような記号列。
下段に、日本語。
《入力形式:未知》
《構造解析:開始》
《外来者登録、仮承認》
……翻訳?
私は思わずフレキシブルpadを握り直した。
しかし、そこに表示されているのは私の端末のそれではない。
空間そのものが情報を投影している。
周囲を見渡す。
そこにあったのは洞窟ではなかった。
規則的に並ぶ直方体の柱――サーバーラック群。
淡い光を吐く板状のモニター群。
金属音。
振動。
稼働。
数人のドワーフが操作盤を扱っている。
石と金属が混ざった装置に指を走らせ、
刻まれた文字列を追い、
必要最小限の光の中で作業を続けていた。
私は息を止めた。
……森の火とは違う。
火は揺らぎ、伝える。
だがここは揺らがない。
残すために固定されている。
ドワーフ長老が操作盤に触れると、記号列が走る。
私の視界では、それが反転するように日本語へ置き換わった。
《数値体系:非十進》
《外来者表示用換算:付与》
《年代記録:ドワーフ暦二三四五年》
《外来者換算:紀元前二千年前後》
「日本語が読めないのでは?」
私が問うと、長老は鼻で笑った。
「俺は読めん」
即答だった。
「だが――刻まれてきた。」
「俺が読んでいるわけじゃない。」
操作盤の奥を指で叩く。
「蓄積だ。刻みだ。
岩は言葉を覚えぬ。形を覚える。
意味は後から掘り出す。」
声が重なる。
《外来者:記録対象》
《第一次落下事象との関連:照合開始》
《外来者識別子:未付与》
《刻版提示要求》
刻版――。
証明ではない。
登録だ。
私は自分のpadを差し出した。
薄い板に走る文字。
私の世界の言語。
私の社会の論理。
だが岩はそれを言語として扱わない。
形として扱う。
刻印として扱う。
外来の構造として保存する。
《外来者登録:進行中》
《因果タグ:未確定》
《帰還経路:不明》
《記録優先度:最高》
帰還経路。
その単語だけが胸に刺さった。
私はここにいる。
刻まれる側に立っている。
岩は忘れぬ。
忘れぬために刻む。
森が抱くものを、岩は残す。
(つづく)




