記録庫まで
岩の門をくぐると、空気が変わった。
森の湿り気は薄れ、かわりに乾いた冷たさが肌に残る。
土ではなく石の匂い。
葉擦れではなく、どこかで硬いものが擦れる音。
私は足元を見た。
踏み固められた道は砂利へ変わり、砂利はやがて岩肌そのものになっていく。
森の道は抱くように続いていたが、ここから先は削られた道だった。
背後で、森の気配が遠ざかる。
私はフレキシブルpadを握り直した。
表示は変わらない。
《ネットワーク接続:不能》
《座標参照:失敗》
《因果タグ:不明》
それでも森の中で感じた途方とは違う。
ここには意図がある。
偶然ではなく、設計が残っている。
やがて視界が開けた。
谷のような窪地に居留地があった。
木ではなく岩を削った住居が連なり、通路は坑道のように奥へ続く。
火は祈りではなく炉として燃え、金属音が乾いた規則で響いていた。
森の火が闇を追うなら、岩の火は素材を変える。
私は息を吐いた。
「……岩の民」
長老は小さく頷いた。
「森だけでは答えは削れぬ。岩へも来い――前にも言ったな」
言葉は繰り返しではなく確認だった。
森で聞いたときは寓話に思えた。
だが今は現実の重さを伴っている。
通路の奥に扉があった。
石で作られているのに閉じ方が違う。
封印ではなく管理であり、表面には溝と刻みが走っていた。
私は読めないが、読ませるための形だと分かる。
長老が立ち止まる。
扉の奥から声が響いた。
《照合開始》
《外来者登録プロトコルを実行する》
《記録媒体を提示せよ》
音声出力は感情を含まない。抑揚は排除され、意味は圧縮されている。
これは問いではなく手続きであり、歓迎ではなく確認であり、会話ではなく処理だった。
私はpadを掲げる。
薄い樹脂板は岩の扉の前では異物に見える。
しかし異物であることが情報となる。
森では伝達が成立すれば十分だったが、岩では記録されなければ存在しない。
扉表面の溝が淡く発光した。
《媒体確認》
《未知形式》
《翻訳処理を開始する》
《外来者ID付与準備》
光は照明ではない。測定だ。
ここでは私は旅人ではなく対象であり、物語ではなくデータであり、帰還の願いではなく外来事象として登録される。
長老は沈黙している。
岩の民の答えは口から出ない。
削り出され、刻まれ、保存される。
扉の奥で機構が動く音がした。
記録庫は開こうとしている。
⸻
(つづく)




