真理と金属
道が現れた。
エルフは現れた道を振り向かずに歩き出した。
道は数メートル先で森に吸い込まれていた。
しかし、エルフが進むと道はその分出現した。
私は一瞬だけ躊躇したが、ここで立ち尽くしても何も変わらない。
しばらくエルフに付いて歩くとやがて道の両側に
二本の松が現れた。
松の向こうは少し開けている。
若いエルフが2人道の両側、松の前にいる。
二人の若いエルフが声を揃えた。
「お帰りなさいませ、***長老様」
「ただいま。よく務めてくれた。」
相変わらず意味だけが伝わってくる。
名前は聞き取れなかった。
森の匂いは深く、湿っている。
焚き火の煙のようなものが、どこかに混じっていた。
私はフレキシブルpadを握り直した。
次の瞬間、インテリジェンスwatchの警告が視界に投影される。
《ネットワーク接続:不能》
《座標参照:失敗》
《因果タグ:不明》
相変わらずだ。
「……帰り道どころか、現在地すら分からない」
呟いた声は森に吸われた。
彼は淡々と進む。
枝を避ける動きが、まるで森と会話しているようだった。
やがて木々の間に、光が見えた。
集落だった。
森の中にあるのに、森を壊していない。
木の上に組まれた小さな住居。
地面には踏み固められた道。
焚き火の輪に静かな人影。
誰も騒がない。
私の存在に驚きもしない。
まるで、落ちてくる者を何度も見てきたかのように。
「ここが……居留地なのか」
長老は頷いて言った。
「森が残った場所だ」
私は周囲を見回した。
文明というより、調和。
だがその調和が、逆に不気味だった。
あまりに整いすぎている。
私は思わずpadを掲げる。
「トレイルスキャナー、周辺構造解析」
画面に走る解析線。
《木材:地球種に近似》
《土壌:地球標準》
《微量元素:異常なし》
……普通だ。
普通すぎる。
そのとき、スキャナーが一瞬だけ奇妙なノイズを吐いた。
《金属反応:検出》
私は眉をひそめた。
「金属……?」
焚き火のそばにある石は、ただの石に見える。
だがスキャナーは確かに反応していた。
私は近づき、指で触れた。
冷たい。
石のはずなのに、冷たさが違う。
指先が継ぎ目を拾う。
直線だ。自然にはありえない。
「……これは」
彼が私を見た。
その目は静かだった。
「気づいたか」
私は答えられなかった。
石じゃない。
触れた感触が違う。
言葉が、ようやく喉を抜けた。
「……合金だ」
自分の世界で見たことがある。
加工された素材の冷たさだった。
彼は焚き火の煙を見つめるように言った。
「遺物だ。昔、空より落ちた者たちが持ってきた」
漂着者。恒星系から来た者たち。
胸の奥が、乾く。
「君たちは……科学を知らないわけじゃないんだな」
彼は小さく頷いた。
「論理は知っている。我々は星の海を航海して来た者たちの末裔だ」
焚き火が、ぱちりと鳴った。
「だが、論理だけでは救えぬものもある」
私は思わず言い返す。
「救えぬもの?」
彼は焚き火に手をかざした。
「帰れぬ者たちだ」
その言葉が胸に刺さった。
私はここにいる。
帰れぬ者になるかもしれない。
沈黙が落ちた。
森が息をしている。
そのとき。
遠くで梟が――いや、梟ではない。
もっと低い。
金属を擦るような硬い音。
インテリジェンスwatchが震えた。
《因果タグ:一致》
表示が走り、消える。
私は息を止める。
「今のは……」
彼の表情が変わった。ほんの僅かに。
「影が近い」
影。
私はその名を、まだ口にしなかった。
だが森の境界で、何かがこちらを見ている気がした。
長老は静かに言った。
「今夜は火を絶やすな、レン」
若いエルフに向けられた言葉のはずなのに、私は思わずこぼしてしまった。
「なぜ?」
だが、彼は答えずに、ただ森を見つめていた。
真理は論理を超える。
だが金属は、論理の残骸だ。
私は焚き火の光の中で、自分の手が震えているのを感じた。
⸻
(つづく)




