落ちてきた者
私は息を止めて振り向いた。
そこにいたのは、、、人影だった。
いや、正確には「人に似た何か」。
背は高く、細身で、異様に静かな立ち姿。
森の闇に溶け込むように立っている。
そして何より。
耳が、長い。
私は一瞬、笑いそうになった。
「……エルフ?」
冗談だろ、と脳が叫ぶ。
だが目の前の存在は冗談ではなかった。
銀に近い長い髪。
古い布をまとった身体。
武器らしいものは見えない。
それでも分かる。
この森は、彼らの領域だ。
沈黙のまま、相手は私を見ていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……また、落ちてきたか」
日本語だった。
いや、日本語に聞こえた。
私は息を呑む。
「君……喋れるのか?」
相手は首を傾げる。
「言葉は、音ではない。
意味が届くなら、それでよい」
禅問答かよ。
私は思わず苦笑する。
「意味が届くって……ここはどこなんだ。地球じゃないのか?」
相手は森の奥を指さした。
「地球という名は、ここでは古い。
だが、根は同じだ」
根?
インテリジェンスwatchがまた震える。
《因果タグ:不明》
《時間軸座標:参照不能》
私は言った。
「俺は……ゲート事故で飛ばされた。
帰りたいんだ」
相手は静かに目を閉じた。
「帰る、とは何か」
「元の世界に戻ることだ」
「元とは何か」
「……」
くそ、また禅問答だ。
禅僧かよ?
私はフレキシブルpadを掲げた。
「トレイルスキャナーで解析した。
酸素も磁場も地球と同じだ。
なのに位置情報だけが取れない」
相手は頷いた。
「論理は正しい。
だが真理は、論理を超える」
――その言葉。
胸の奥で妙に響いた。
真理は論理を超える。
まるで、この種族の標語のように。
私は聞いた。
「君たちは……何者なんだ?」
相手は少しだけ笑った。
「名は、エルフと呼ばれている」
呼ばれている?
「呼ばれているって……自分たちでそう名乗ったんじゃないのか」
エルフは森の上を見上げた。
「昔、空より落ちた者たちがいた。
彼らは恒星系を知っていた。
だが恒星系へ帰れなかった」
漂着者。
私は背筋が冷えた。
「恒星系から……?」
エルフは続ける。
「木々は彼らを抱き、森となり、
岩は彼らを飲み込み、山となった。
森に残った者はエルフと呼ばれ、
岩の下へ潜った者はドワーフと呼ばれた」
「じゃあ……他にも?」
沈黙。
その沈黙が答えだった。
エルフは声を低くする。
「影に残った者たちもいる」
影。
私はその名をまだ口にしなかった。
森の奥で、風が鳴った。
エルフは踵を返す。
「来い。
お前が帰る道を探すなら、まず迷うことを学べ」
「迷うことを……?」
エルフは振り向かずに言った。
「迷いの中にしか、門は現れぬ」
私は立ち尽くした。
だが、ここで動かなければ何も始まらない。
私は一歩踏み出した。
森の居留地へ。
⸻
(つづく)




