記録庫・第一次落下事象
扉の奥は冷たかった。
森の湿り気も、火の匂いも届かない。
岩の空気だけが支配していた。
私は歩く。
足音が硬い通路に吸われていく。
背後で森の気配が遠ざかる。
まるで世界そのものが閉じていくようだった。
そして私は思う。
火は抱く。
揺らぎのまま、伝えながら消えていく。
だが――ここは違う。
刻版が刻む。
残すために、固定する。
岩の文明とはそういうものなのだ。
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《記録庫接続:確立》
《外来者登録:継続中》
《参照権限:仮付与》
《第一次落下事象:記録断片を提示》
視界に文字列が走った。
上段には角ばった記号列。
下段には私の言語。
日本語。
いや――日本語に“置き換えられている”。
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《第一次落下事象報告書》
《分類:母船級漂着事故》
《発生:ドワーフ暦二三四五年》
《外来者換算:紀元前二千年前後》
《発生地点:複数》
《母船数:三》
《種族識別:エルフ系/ドワーフ系/遮蔽艦(未確定)》
《脱出:ポッド散開》
《地表文明との接触:最小限》
《帰還計画:未完》
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淡々とした記述だった。
そこには嘆きもない。
英雄譚もない。
ただ事象だけが刻まれている。
岩はそうやって世界を残す。
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《補遺》
《第一次落下以降、帰還経路は観測されず》
《因果タグ:欠損》
《一部刻版:削除済》
削除――?
私は眉をひそめた。
岩は残すのではなかったのか。
刻むのではなかったのか。
なのに削る?
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私は思わず長老を見る。
「……これは、誰が削った?」
ドワーフ長老はすぐには答えなかった。
硬い沈黙。
やがて低く言う。
「岩は忘れぬ」
そして続けた。
「だが――忘れぬために刻む者がいるなら、
忘れさせるために削る者もいる」
その言葉が、妙に重かった。
森の火は揺らいで消える。
岩の刻版は残るはずだった。
なのに――ここでは残らない。
残されない。
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《外来者:記録対象》
《刻版提示:再要求》
《照合対象:欠損部位》
《関連性:高》
私は喉の奥が冷えた。
私はここにいる。
刻まれる側に立っている。
火に抱かれる者ではない。
刻版に刻まれる者だ。
そして岩の沈黙が、私を呑み込んでいく。
(つづく)




