始まりの始まり
初めまして。
この物語は、ゲート事故によって“ライトコーンの外側”へ放り出された一人の男が、
鳥居の向こうに広がる異世界で“漂着者たちの末裔”と出会うところから始まります。
異世界転移ものではありますが、できる限りSFとして、
そして「真理は論理を超える」という問いを芯に据えて描いていきます。
どうぞお楽しみください。
「ネットワークとの接続が切れました。アクセス・ポイントが見つかりません」
フレキシブルpadが騒ぐ。
「スタンドアローンモードでの再起動を推奨します」
続いて、腕のインテリジェンスwatch。
「通信不能。位置情報取得失敗」
最後にVRヘッドギアまで、律儀に同じことを告げた。
私は目を開けた。
……森だ。
湿った土の匂い。
夜明け前の冷気。
遠くで鳥が鳴いている。
あり得ない。
転送は2/15秒以内に完了する。
誤差はない。
少なくとも、私が生きてきた社会では。
「スタンドアローンモードで再起動」
私は腕を上げる。
……そうだ。
本来なら今頃、私は第七森林区にいるはずだった。
転送社会では旅は“移動”ではない。
ゲートをくぐれば、山も海も一瞬で手に入る。
けれど私は、わざわざキャンプに行く。
火を起こす。
湯を沸かす。
星を眺める。
効率から外れた行為。
世界がLOGOSに管理されるほど、
人は“無駄”を欲しがる。
私もその一人だ。
出発前夜、私はいつもの番組を流していた。
古いマルチメディア・コンテンツ――
『ユニバーサル・トレイル』。
太陽系から出られない時代に、
人類が恒星系間を旅する夢を見ていた物語。
TVドラマシリーズに始まり、映画、演劇、
ゲーム、体験型ゲーム、サバゲー、VRMMO、
イベント…etc.
とマルチに展開しているオバケコンテンツだ。
世界中に熱狂的なファンがいる。
トレイラー、と呼ばれる人々。
私もその末席だった。
だからこそ、キャンプの行き先は決まっていた。
第七森林区ゲート。
森と静寂が“予約できる”場所。
視界に地球のホログラムが浮かび、
目的地が淡く点滅する。
私が了承を思うだけで、ゲートは応答する。
CTI(光時間軸パラメータ)は固定。編集不能。
誰もがそう信じている。
……信じていた。
私は息を吐き、現実に戻った。
VRヘッドギアは娯楽じゃない。
この時代の人間にとっては、眼鏡と同じ生活器官だ。
「スキャン・アプリ起動。周辺状況の報告を求む」
フレキシブルpad上の《トレイルスキャナ》が
低い電子音を返す。
《ネットワーク接続:不能》
《座標参照:失敗》
《因果タグ:不明》
《大気組成、正常》
《重力、ほぼ地球標準》
《通信網、ゼロ》
ゼロ?
私は立ち上がった。
森は静かすぎた。
風の音はある。
鳥の声もある。
なのに――人間の世界の気配が、まるでない。
私は数十メートル歩く。
落ち葉の下に、古い踏み固められた道があった。
誰かが通った跡。
……いや。
ずっと昔に通った跡だ。
視界の先に、何かが立っている。
最初はただの木の影に見えた。
けれど近づくにつれて、
それが“形”を持っていることに気づく。
鳥居だった。
古い木材。
苔むした柱。
社のような小さな建物。
こんな場所、予約地図には存在しない。
私は近づく。
鳥居はただの鳥居に見える。
どこから見ても、そこに立っているだけだ。
けれど……。
鳥居をくぐった瞬間、森が変わった。
同じ緑のはずなのに、空気が違う。
音が違う。
匂いが違う。
インテリジェンスwatchが震えた。
《ネットワーク接続:不能》
《座標参照:失敗》
《因果タグ:不明》
「……冗談だろ」
私はフレキシブルpadを握り直した。
「トレイルスキャナー、起動。周辺状況を確認する」
画面に走る解析線。
《酸素濃度:地球標準》
《磁場:地球標準》
《位置情報:取得不能》
地球なのに、地球じゃない。
そのときだった。
背後で、枯葉を踏む音がした。
誰かが――近づいてくる。
私は息を止めて振り向いた。
⸻
(つづく)
ここまでお読みいただきありがとうございます。
今回は導入編として、世界とゲート事故の始まりを描きました。
次話からいよいよ鳥居の向こう側――エルフ居留地で物語が動き出します。
ご感想やご意見をいただけると励みになります。
真理は論理を超えたところにあります。
それではまた。




