第9話 籤竹 文也
さっきの分かれ道を、李晨はひたすら進む。
しばらく走っていると、先の方に人影が見え、李晨は立ち止まる。
その人影は、藍色の袴を着ており、背丈よりも大きな筆を持っている。
「…お前が『七罪』だな。」
「そうです。ああ。そうですね。私が『七罪』、『怠惰』の籤竹 文也です。」
文也は落ち着いて李晨を見つめる。
「…お前、日本人だろ。そのファッション、今流行ってねーんじゃねーの?」
李晨が少し皮肉そうに笑う。
「これですか。ああ。これですね。私の愛する人が好きだと言ってくれた格好なのですよ。」
文也は李晨の方を見てにっこりと笑みを浮かべながら李晨に返す。
「そうですね。ああ。それがいい。これも何かの縁です。少し、私の身の上について語らせてもらえはしませんでしょうか?」
笑みを崩さぬまま、どこか期待するように李晨に問いかける。
「えー…まぁいいけどよぉ…。」
自分から口論を仕掛けておいて、結局相手のペースに乗せられた李晨は、少し面倒くさそうに答える。
「ありがとう。ああ。ありがとうございます。」
承諾した李晨に感謝を述べた文也は、ゆっくりと身の上を語り始めた。
「…そして私はその者達に復讐をすることになったのです。私は愛していました。ああ。愛していました。いずれ別れの時は来ると知っていたとしても、あまりにも早き別れにて、私の心は硝子の如く砕け…」
「…あのさぁ、おっさん。いつまで続けんだよこの話。流石になげーよ。」
あまりにも長すぎる文也の話に、とうとう李晨が痺れを切らして口を開く。
それもそのはず、李晨が文也と対面してから、既に10分が経とうとしていた。
「…この世界の人はな、危険な目にあうと『魔力』の総量が上がるってわかってんだよ。だから、お前らが辛い目にあって、こんなとこにいるってのはわかってんだよ。それに、俺たちはな、お前らを殺せって頼まれてんだ。そんな命乞いみてーな話されたって、俺の気持ちは変わんねぇよ。」
李晨はそれだけ言って、文也に向けて拳銃を構える。
「…そうではない。ああ。そうではないのです。私はただ、もう一度誰かに肯定して欲しかったのです。」
文哉は少し悲しそうに、どこか諦めたように李晨を見つめる。
「…ご生憎様だが、犯罪者になる道を選んだお前を、俺は肯定できない。」
李晨は目を細めて文也を見つめ返す。
「…そうですか。ああ。そうですね。」
そう言って文也は少し長い瞬きをして、持っている筆を槍のように李晨に向けて構える。
長く、刹那の静寂。
2人の視線が交差する。
李晨は目を閉じて深く息を吸い、目を見開き、口を開く。
「―统御苍穹的龙神啊。阻挡我前行的敌人、泯灭万物的圣力、请再借给我一次。」
李晨が固有魔法発動の祝詞を唱え、魔力が一気に研ぎ澄まされる。
それは、戦いのゴングとなる。
唱え終わったその瞬間、既に文也の突きが李晨の体に達しようとしていた。
―届く。
文也は心の中で確信する。
しかし、その一撃は李晨に届くことなく空を切る。
―困惑。
確実に届いたと錯覚するほどの完璧な一撃。
しかし、李晨は避ける体勢も予備動作も取らず、一瞬にして目の前から消えてみせた。
姿を消した李晨を探そうと、当たりを見回そうとしたその瞬間、文也は背後からとてつもない殺気を感じる。
生命の危機による反射。
文也から大量の汗が全身から吹き出す。
振り向くと、李晨の拳銃、その銃口と目が合う。
そして李晨はゆっくりと引き金を引く。
乾いた音が洞窟内に響き渡る。
「―ッ!剛三番ッ!!御簾ッ!!」
放たれた銃弾を見た文也が、目の前に墨の壁を展開する。
墨の壁は文也を覆い隠し、凶弾を防ぐには十分な厚さ、強度にまで成長する。
一先ず攻撃を防いだ文也は、次への攻撃を準備しようと―
「世界の門を叩く者。」
李晨がそう唱えると、銃弾は墨の壁に届くことなく、代わりに文也の左下腹部に直撃する。
李晨の魔法は「移動」。移動に関する技を様々扱う。
「世界の門を叩く者」は李晨の魔法のひとつであり、能力は単純で、李晨もしくは李晨の魔力を込めたものを瞬間移動させるというものだ。
その魔法の効果範囲内は、李晨のみに限り地球全域に及ぶ。(魔力を込めたものの効果範囲は著しく効果範囲は縮まる。)
文也の左下腹部に直撃した銃弾は、文也の小腸と腎臓を貫く。
文也はごぼごぼと口から血を吹き出しながら、地面に膝を着き、俯く。
「…終わりだな。」
その文也の様子を見て、李晨は無表情で呟く。
「…すぐには死なねぇが、致命傷には変わりない…死ぬまでの間に、自分が犯した罪と向き合うんだな。」
その言葉を聞いた文也が、目を見開く。
「…その前に、最期に、お前に言いてぇ事がある。」
李晨は文也に向けてゆっくりと歩を進めながら、文也に語りかける。
依然文也は地面に俯いたまま、何も答えない。
その頃文也の脳内には、さっきの李晨の言葉が繰り返し流れていた。
…罪?
…ああ。
…罪か。
自分の罪と向き合った文也は、自分の過去を思い出す。




