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第5話 魔力汚染

 会議が終わってから数時間後、ルベリアが階上のテラスでくつろぐ。

 時刻は5時を回ろうとしていた。

 手すりに肘を着き、もたれ掛かりながら地中海に沈む夕日を眺める。

 ルベリアは紅茶を一啜りする。

 「おい。」

 急に後ろから声がしたルベリアは、唐突なことに紅茶をむせながら振り返る。

 「ゲホッゲホッ!環さん!びっくりしたー!来るならもっと声かけるとかあるでしょう!」

 環と目が合ったルベリアは、少し苦しそうにしながら環に言う。

 「お前が呼んだんじゃないか、ルベリア。僕をこんな時間まで留めておいて、なんの用?」

 環は驚くルベリアに不思議そうに問いかける。

 「いやね、この屋敷に住む人は、みんな環さんの正体知ってるんですから、別に魔力解放していいんですよ?キツくないんですか?魔力出さずにいるの。」

 大したことのない様子の環にルベリアは疑問を投げかける。

 「戦闘の時以外はこうしてるんだよ。下手に解放したりしなかったりすると、祈たちの前でうっかり魔力出しちゃうかもしれないしね。それに、魔力を出しちゃうと、その魔力の質とかで僕が死神だって特定されて、襲われる可能性もあるから。」

 環は疑問に対して返答する。

 「祈さん…ね。…まだ真実、話してないんですか?」

 ルベリアは祈という名前を聞いて、笑みを崩さないながらも、雰囲気が真剣になる。

 「…ああ。」

 端的に一言で環は答える。

 「…彼なら、全部話しても、許してくれると思いますよ?」

 ルベリアは、言葉を選んで言う。

 「…自分の大切な人が殺されて、許せるわけがない。」

 環は静かにルベリアを否定する。

 「…それに、もし仮に祈が俺を許したとしても…俺にはそんな資格はない。」

 環はゆっくりと言葉を紡ぐ。

 「それで、結局なんの用なんだ?」

 一呼吸おき、環は声のトーンを戻して言う。

 「…ああ、そうでしたね。」

 ルベリアは微笑んで言う。

 「もうそろそろ、日本では午前0時を回る頃ですかね。」

 ピンと来ていない様子の環を見て、ルベリアは困ったように笑う。

 「…誕生日ですよ、おめでとうございます。」

 環はその言葉を聞いて、完全に思い出す。

 「ああ、そういえばそうだね。ありがとう、ルベリア。」

 環は顔に笑みを貼りつけて言う。

 「…今年で環さんも18歳ですか。日本ではもう成人ですね?」

 ルベリアは環に目を合わせて言う。

 「…まあそうだね、高校二年生だけど。」

 環は自嘲気味に言う。

 「…こうして誕生日を迎えられるのも、あと少ないですからね。環さんを祝いたかったんですよ。」

 ルベリアは少し寂しそうに言う。

 「…医者からは、なんて言われてるんですか?」

 少し言うのを躊躇ってから、ルベリアが問いかける。

 「…長くてもあと3年。でもこの先多分色々無茶すると思うから、その半分もあれば上々かな。」

 環はどこか諦めた様子で答える。


 環が罹患している病は「魔力マナ汚染」と呼ばれている。

 本来、魔法は体内に蓄積された魔力マナを消費して発動される。しかし、魔力マナを完全に使い果たした状態でなお魔法を行使しようとした場合、代替として魂そのものの力が使用される現象が確認されている。

 魂の力は魔力マナとは異なり、再生も回復も極めて困難である。この魂の力を過剰に消費した結果として発症するのが、魔力マナ汚染である。

 突発的に発症する例も報告されているが、ほとんどの場合は魔力マナ枯渇状態での無理な魔法行使が原因となっている。

 魔力マナ汚染に罹患すると、まず身体の一部が黒く変色し始める。変色した部位は肉体としての機能を完全に失い、同時に、常に酸を塗りつけられているかのような激痛と、強い痺れを伴う。

 症状は時間経過、あるいは魔力マナの使用によって急激に悪化する。嘔吐、吐血、脱力、幻覚、幻聴などといった全身症状が現れ、初期症状の発症から平均寿命は約10年とされている。

 しかし、発症から2年ほど経過すると、多くの罹患者は歩行困難に陥り、激痛により正常な意思疎通すら不可能となる。喉から血を流しながら叫び続けるだけの存在となり、事実上の廃人状態へと至る。

 当初は延命を望んでいた家族でさえ、その凄惨な姿を前に、やがては安楽死を願うようになる例が後を絶たない。

 安楽死を選択しなかった場合、罹患者の末路は二つに一つである。食事が喉を通らなくなり餓死するか、あるいは身体全体が変色し、生命活動そのものが停止するかである。

 さらに重大な問題として、魔力マナ汚染に罹った者が自然死した場合、その肉体は即座に魔獣へと変異する。このため、社会的混乱を防ぐ目的で、秘匿された安楽死が行われるケースも少なくない。

 血反吐を吐きながら、終わりなく叫び続けるその姿から、この病はいつしか「死の産声」と呼ばれるようになった。


 久町 環は8歳の時に罹患し、

 現在の環の身体の約6割が変色している。

 既に胃が機能を失い、食事は不可能であるが、環が保有する能力(アビリティ)超健康体オーバーヘルス」によって生存を可能としていた。

 歩行は歩行補助の魔道具を体内に埋め込み、対処している。

 身体中の激痛は、環の強靭な精神力によって抑えられている。


 「…『超健康体オーバーヘルス』で寿命を延ばしてるけど、それももう限界が近いらしい。」

 環は淡々と事実を述べる。

 「…残りの余生、安静に暮らしたいとは思わないんですか?」

 ルベリアは気の毒そうに問いかける。

 「…いや、これでいいんだ。僕は戦場で生き、戦場で死ぬ。…だって僕は」

 ―死神だから。


 フランスでの用が済んだ環は転移魔法陣を使用して、自宅へと戻る。

 時刻は既に午前0時。

 真っ暗な部屋でインターホンを確認した環は、祈と輝がドアノブに何かをかけたのを見る。

 玄関のドアを開け、ドアノブに掛けられたレジ袋を手に取る。

 部屋に戻った環は袋の中身を確認する。

 中には栄養ドリンクやパンや惣菜などが入っていた。

 そしてその中に混じる、一通の手紙が環の視界に入る。

 環はその手紙を手に取り、読む。

 「体は大丈夫か?早く元気になって、明日は学校来いよ!」

 そんなことを書いてある手紙を読んで、環は少し笑う。

 環は手に持った手紙を丁寧に部屋の真ん中にある机の上に置き、環は祈と輝からの差し入れを食べる。

 ―しかし数分後、環はトイレで全て吐き戻してしまった。

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