第28話 問
祈はハルバードと机を挟んで椅子に座る。
机の上に置いてある茶を一口すする。
茶をすすりながら、恐る恐るハルバードの顔を見る。
すると、ニコニコと絵に書いたような笑みを貼り付けたハルバードが、こちらの方を向いている。
祈は、あまりの緊張に上手く視線を前に向けない。
「…俺のことを知っているのか?」
緊張している祈の様子を見かねてか、ハルバードが優しい声で質問する。
「…あ、はい。テレビとかでよく見かけるので…。」
祈は下から見上げるようにしてハルバードの顔を見る。
「そうか。緊張してしまうのも無理はない。だが、そこまで緊張されてしまうと、こちらも上手く話せないのでな。そこまで緊張しなくても良いぞ。」
ハルバードは笑みを崩さず、ただ優しく祈に微笑みかける。
「…ありがとうございます。」
祈は未だ言葉が詰まる様子。
そのような会話を、2つ3つほど繰り返す。
会話を繰り返しているうちに、次第に、だんだんと祈の緊張がほぐれていく。
3つ目の質問が終わったあと、ハルバードは急に祈から目を逸らし、入口の上部当たりの方を見る。
「上の方で、何やら騒ぎがあったようだが、大丈夫か?」
先程の騒ぎ。
それは、環の異変に他ならない。
祈は一瞬固まり、しばらくしてからぽつりぽつりと話し始める。
「…上の階で、俺の友達が急に血を吐いて倒れたんです。」
祈は辛そうに、言葉を振り絞って出す。
「何?その友は大丈夫なのか?」
ハルバードは祈の言葉を聞いて心配そうな顔をする。
「…分からないです。そいつ、あんまり自分のことを話すタイプじゃないので…。」
祈は自分の膝の上で、拳を強く握りしめる。
「…そうか。心配だろう。わかった。話をなるべく早く終わらせようか。」
ハルバードはそう話す祈を気遣うように本題へとはいる。
祈もその言葉を承諾する。
「さて、本題に入ろう。君、『シャスナハ』という言葉に聞き覚えはあるか?」
ハルバードは笑みをなくし、真剣な顔で祈を見る。
祈は「やっぱな。」と思いつつも、「なんで?」という思いの方が強かった。
誰かが通報でもしたのか?
祈は誰が一番しそうかを考える。
その結果、1番可能性が高いのは、環だと言うことになる。
だがしかし、たかが1通報で、なんでアルステリオ家なんてものが関わってくるんだ?
―そんなに、シャスナハが危険なのか?
「…はい。あります…けど、なぜ知っているのですか?」
先ずは誰から聞いたのか。
「機密情報だ。教えることはできん。」
ハルバードは腕を組み、言葉だけは申し訳なさそうに聞こえるが、態度は逆に警戒を強く示しているように見えた。
当然。
至極真っ当な答えに、祈はあまりにも自分の考えの及ばない発言に後悔する。
ただ、1つだけ思うところを残して。
「…では、どういう経緯で知ったかを話してもらおうか。」
ハルバードは再び笑みを貼り付け、祈に問う。
そして祈は話した。
車内での出来事。
夕暮れの草原。
純白の少女。
そして、町。
「…なるほどな。わかった。感謝する。」
ハルバードは一通り聞き終えると、またニッコリと笑う。
「…それからはなんともないのか?」
ハルバードは再び祈に質問する。
「はい。…あっ、昨日の夢の中でもう一度会いました。その時も同じ感じで、何事もなくすぐに帰されました。」
祈はハルバードを真っ直ぐ見ながら答える。
「…そうか。了解した。」
ハルバードは一瞬だけ真顔になり、そして再びまた笑みを浮かべる。
ハルバードは顎に手を当て、深く考え込む。
「…あの。」
数秒の沈黙を切り裂いて、祈が重たそうに口を開く。
「…なんだ?」
ハルバードが祈の弱々しい声に気づく。
「…シャスナハは…そんなに危ないヤツなんでしょうか…?」
祈は若干声を震わせながら、ハルバードに問う。
「…詳しくは言えん。だが、俺がここにいるということは、それなりのことだ。」
ハルバードは厳かに、言葉一つ一つに重みを乗せて言う。
祈はまた少し沈黙する。
「…ありがとうございます。」
祈は少し俯いて言う。
そして、再びハルバードの顔を見る。
緊張、とは少し違う。
何か、覚悟を持ったような、確信を得たような顔持ちで、ハルバードを見る。
今までとは何か違う顔にハルバードは不思議そうに祈を見る。
そして、祈は聞く。
「…あの、もう1つだけ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
祈の、声の震えは止まっている。
「ああ。構わない。」
ハルバードは祈の変化を掴めないまま、だがそれを表に出さずに答える。
ハルバードの許可を得た祈は深呼吸する。
時計の針が動く音が、室内に響き渡る。
ここからが、本番。
「…なんで、そんなにイライラしているんですか?」
部屋の中の、時が止まる。
ハルバード・アルステリオ
賢者の末裔。
世界でも有数の実力者。
その者に、喧嘩を売る。
「…何?」
ハルバードは祈の発言に眉を顰める。
ハルバードの魔力が、揺らぐ。
一触即発。
その雰囲気の中、再び祈が口を開く。
「…大切な人を、失ったから?」
祈は、ハルバードの瞳を見つめながら言う。
それを聞いたハルバードは、肩の力を落とし、ため息をつく。
「…なんだ、お前。そのような類いの能力でも持っておるのか?」
ハルバードは祈を見る。
先のような笑みはとうになく、最早侮蔑さえこもっているような視線を向ける。
露骨に嫌な態度が滲み出る。
「…いや。」
祈は少し俯いて言う。
ハルバードも、黙って次の言葉を待つ。
「…俺も、同じだから。」
祈の脳内には、姉の姿があった。
ハルバードは何かに勘付いたかのように、ハッとする。
やや唖然としながら、祈を見つめる。
そして、内心葛藤しながら、俯き、頭を搔く。
やがて、深いため息をついて、何かを決心したかのように祈を見る。
そこに、侮蔑は無く、どこか気の毒そうな思いが籠っていた。
そして、ハルバードはゆっくりと口を開く。
ハルバード・アルステリオ。
その原点を。




