第23話 交錯する思考
館内、男子トイレ。
その個室で、環は蹲る。
(シャスナハ…。祈がシャスナハと接触したのには違いない。)
環は、さっき起こった出来事と、散らばった思考を整理するために1人で考え込む。
(でも、記録には接触して帰ってきたものはいないはずだ…。確か、『解けるように消えた』というふうに書かれていたはず…。)
(でもじゃあ、なんで祈は消えていない…?)
(シャスナハの気分なのか?…夢?とか言ってたな…。)
(…くそっ。本人に聞きたいことが山ほどあるが、さっきも変に思われたし、迂闊に行動できない…何より…。)
環は咳き込む。
(なんで今になって、戦いの反動がくるんだ…!)
そして、鼻や口から、大量の血がボタボタと溢れる。
どうやら環はフランとの戦闘により、魔力汚染が悪化してしまったらしい。
環は、床に足を着き、便器に突っ伏す形になっている。
苦しそうに咳き込みながら、大量の血便器へと流す。
(使い魔と代わって、僕が裏で行動しようにも、この状態じゃあ意味が無い…。)
八方塞がりの状況に、環は苦悩する。
そこに。
「環ー?大丈夫かー?」
長い間トイレから出てこない環を心配した祈がやってきた。
「っ!げほっげほっ!…大…丈夫。ちょっ…と、昨日…食べたもんが…当たった…らしい…。もう…ちょっと、時間…かかりそう…だから…先…回っといて…欲しい…。」
環は苦し紛れの言い訳をする。
「えぇ?ほんとに大丈夫か?もしあれだったら、ポカリとか買ってこよーか?」
苦しそうに声を絞り出す環に、さらに心配する祈。
「…ほん…とに、大…丈夫…だから…ゔっ…!」
そう言って、環は再びボタボタと血を流す。
「…!おい!大丈夫か!?」
戻していると勘違いした祈は、焦って環の個室に近寄る。
「…大丈夫…だっ…て、言ってるだろ…!い…ろいろ伝染る…と大変だか…ら、離れ…てろ…!」
祈の足音を聞いた環は、焦って祈を追い返そうとする。
「…。」
口調が強くなった環に、不安を残しながら、それでもこれ以上環に嫌がられたくないから、祈は黙る。
「…わかった。でも、きつくなったり、苦しくなったら、絶対連絡しろよ。絶対だぞ!?」
そして、諦めて環と決め事をして、祈は帰ろうとする。
「…わかっ…たよ。…ごめん…祈。」
環もそう言って、祈を追い返す。
コツコツと、足音が遠のいてゆく。
その足音を聞いて、環は安堵する。
(よかった…。こまめに流して、臭いを抑えれたから何とかなったな。)
力が抜けて、ズルズルと膝が床に着く。
(…だいぶ、マシになってきたな。)
(…ごめん、祈。)
環は再び、ひとりで祈に謝る。
(体調が良くなったら、すぐにでも行動しよう。シャスナハは…僕が殺す。)
そして、1人で環は決意する。
トイレから出た祈は、輝か瑞里のところへでも行こうと、展示物のある方向へと歩き出す。
その時。
「…おい。」
祈は白く無機質な空間へと引き込まれる。
これは、魂の空間…。
目の前に立つ、銀髪の男が、こちらに向けて冷たい目をする。
「…どうした?ミカ。」
祈は冷たい目つきでこちらを睨むミカに尋ねる。
「どうしたもこうしたもあるものか。白髪の女の餓鬼の件に決まっているだろう。」
ミカは不機嫌そうに吐き捨てる。
「白髪の餓鬼…って、シャスナハのことか?」
祈は意外そうにミカに聞く。
「そうだ。はっきり言って、あの女は…かなりまずい。」
意外なミカの発言。
「まずい…?」
ミカの発言に、祈が引っかかる。
「ああ。お前も既に気づいておるのだろう?あの餓鬼がお前を連れて行った空間は、ここと同じ、魂の空間であるということに。」
ミカは、いまいち理解できていない祈に説明する。
「…うん。それは気づいてる。」
祈は頷く。
「…魔法に於いて、魂を知覚できるというのは、それだけで大きなアドバンテージとなる。弱点を剥き出しにできるようなものだからな。それが魔法や能力に組み込まれているのであれば、それのみで他の魔法との格が違ってくる。…十中八九その餓鬼は、そっち側の者だ。しかも、オレは魂の専門の魔法を持っているのに対し、その餓鬼の空間には干渉できなかった。つまりだ。あの餓鬼は、魂の知覚に関しても群を抜いているというわけだ。」
ミカが丁寧に説明する。
「うーん…?なんかそれでも、とても危険そうには見えなかったけどな。…あっ。」
それでもなお、祈は納得をしない。
しかし、頭の中で1つ違和感を思い出す。
「―お母様の…敵?」
急変したシャスナハの様子を思い出した祈。
「どうした?」
言葉の末尾がおかしかった祈を不審に思い、ミカが尋ねる。
「いや、なんでもない。」
面倒くさいことになると思った祈は、思い出したことを隠し通そうとする。
その様子を見ていたミカが、更に不審そうに祈の顔を覗き込む。
しかし、はぁ。とため息をついて、祈に尋ねるのを諦める。
「…とにかくだ。またその空間に連れていかれたとしても、オレは助けに入れんぞ。つまり、今のお前は、その気になれば一瞬で殺されるということなのだぞ。」
ミカは軽んじる祈に注意する。
「情を捨てろ。腹を括れ。次に会う時は餓鬼を殺す心積りをしておけ。…それと、念には念を入れ、魔導局の方にも通報をしとけ。」
ミカは祈に強く警告する。
「…えー?面倒くさい…。」
祈は露骨に面倒くさそうに言う。
「面倒くさいとしても、お前を守るためなのだぞ?」
ミカは祈に強く通報を促す。
「心配しすぎだ。そんなの必要ない。」
祈はバッサリと切り捨てる。
「…祈!」
ミカは聞かずの祈に声を荒らげる。
「しつこいぞ。ミカ。なんも心配ねーって言ってんだろ。だいたい、シャスナハと会ったこともねーのに、憶測だけでよくそんなこと言えんな。会ってみたら、意外といい奴だぜ?」
祈はしつこく言うミカに対して、少し嫌悪感を見せながら言う。
「…どうなっても知らんぞ。」
聞く耳を持たず、距離を置かれそうになったミカは諦めて捨て台詞を吐く。
「…はいはい。」
ミカの最後の言葉を受け流して、祈はこの空間から姿を消す。
「…はぁ、やれやれ。困ったものだ。仕方ない…オレが動くしかないか。」
祈が姿を消したあと、ミカは殺風景な空間の中で、1人決意する。




