第22話 来館
シャスナハ。
それは、今から150年前に1つの町を消したと言われている。
ヒュプノスと同列の「生きる災厄」であり、神官第三席に座す者である。
「…祈?どう…したの…?」
シャスナハの名を零した祈に、不安がって尋ねる環。
「あ、いや、なんか今変な夢…?みたいなの見てさ。」
祈は若干ぼけた様子で答える。
「えー?ちょっと、変な魔法にかかったんじゃないでしょうね?鑑定とかしてもらった方がいいんじゃない?」
「あー、有り得るな。それ。さっきの魔王発言と言い、流石にちょっとやべーんじゃねーの?」
輝と瑞里もまた、そう答える祈を心配する。
「いや、魔王と会ったのはマジだからな。それに、夢っつっても、別にそんな危なそーな感じじゃなかったし。」
祈は平気そうに答える。
「いや、絶対危ないよ。」
環は、状況を楽観視している祈に、警告するように言う。
「だから、大丈夫だって。らしくねーぞ?環。そんな食いついてくるなんて。」
祈はそれでもまだ、楽観している。
そして、そう言われた環ははっとする。
みんなはシャスナハの名を当然知らない。
だから、輝と瑞里が真の危険を感じとれないのは当然。
そして、問題の中心の祈すらも、大丈夫と言っている。
そこに、普段無口な自分ががっつくのはあまりにも不自然である。
それに気づいた環は、深くまで聞けず、口を閉ざした。
そして、間もなくしてバスは記念館へと到着する。
「えー、こちらが魔王様が、今から100年以上前に、世界に施した魔法を記録したものとなっております。巨大な魔法陣が空を埋めつくした、と記録されています。世界中で同時期に似たような記録がされているので、この魔法陣は日本のみならず、世界全てに施したとされています。未だ魔法の解析はされておらず、世界各地の解術師たちがこの魔法を解析しております。」
館内の案内人が、生徒たちに向けて展示物の紹介をする。
「ふふん!ちなみに私の叔母さんは、この解析に参加しているのよ!」
紹介を聞いた輝が自慢げに語る。
「へー、すっげぇな。」
輝の自慢に、ものすごく適当に返す瑞里。
「流石御星家って感じだな。」
祈はそんな輝に純粋に感心する。
「えー、こちらは魔王様が作った異次元領域である、『ナイトメア』ですね。最古の記録が、約900年前とされています。未だここに連れていかれるものも多いですが、何を基準に連れていかれるのかは謎です。中には大変危険な魔物が大量におりますが、現在は各国が協力して『ナイトメア』内の平定を行っております。」
また別の展示物へと行き、紹介される。
「ふふん!ちなみに私の叔父さんは、治安維持や調査などなどの役員の1人なのよ!」
また輝が自慢する。
「へー、すっげぇな。お前さえいなければその一族も完璧だったのにな。」
輝の自慢に、瑞里がとんでもない発言で輝の地雷を踏みしめる。
そんな発言をした瑞里の尻を、輝はただ無言で蹴り続ける。
「いててて!いてーって!悪かったって!」
容赦のない蹴りの連発に、瑞里は慌てて謝る。
「はー!なんなのよ!あいつ!」
ある程度の展覧が終わり、自由に館内を回れる時間となった。
そして、瑞里は違うグループと回り、祈と輝は隅にあるベンチに2人で座っていた。
「ははっ。でもあのデリカシーの無さが、瑞里らしいって思うけどな。」
不満そうな輝に、祈は笑って答える。
「…まぁ、そうね。でも、限度ってのを知った方がいいと思うわ…!」
拳に力を込め、顔を真っ赤にしながら輝はそう言う。
輝は納得しながらも、おそらく中では未だ瑞里に対する不満が燻っているのだろう。
そして輝は、はぁ。とため息を着き、肩の力を抜く。
そして、祈の方を真っ直ぐに見つめる。
「…さっきはごめんなさいね。祈。」
輝は祈に謝る。
バスの中での、阿国市の事件の件で、祈に嫌な思い出を蘇らせてしまったことが、心に残っていたらしい。
「…あー、さっきの阿国市のやつか?いーっていーって、気にしてねーって。」
申し訳なさそうな顔をする輝に、祈はなんでも無さそうな態度で、笑って宥める。
その祈を見て、輝は口だけ笑う。
そして、少し俯く。
「…たまにあるのよ。…こういう不用意な発言をしちゃうこと。」
輝は寂しそうな顔をして続ける。
「…一緒にいればわかると思うけど、私、ツッコミキャラみたいになってるじゃない?」
輝はゆっくりと続ける。
「え、もしかして嫌だったのか?」
祈ははっとして、焦って輝に聞く。
「…いいえ。別に、嫌じゃないわ。」
焦る祈に、輝は安心させるように否定する。
「…ただ、そうやっているうちに、このキャラに慣れて、だんだんエスカレートして、気づいた時には、言い過ぎて、誰かを傷つけてるんじゃないかって思うの。…まぁ、今回の件に関しては、ツッコミじゃなくて、普通に焦ってのことだけどね。」
「…私が不用意な発言をしちゃってね、はっとして、ごめんなさいって、謝りながらみんなの顔を見ると…みんな、笑ってるの。笑ってるのよ。微笑んで、気にしないでって…。」
輝の独白を、祈は黙って聞く。
「…それが、辛くて、心が締めつけられるの。…でも私はこのキャラをやめられない。今更、変え方なんて分からないし、急に変えて、みんなに変に思われたくない。」
「…怖い。怖いし、嫌。誰かを傷つけてしまうのも、みんなの心の中で嫌がられるのも、このキャラを変えるのも、…不器用な私も。」
輝はぽつぽつと、今までためていたものを吐き出す。
「…どうしたら、いいのかな…。祈。」
輝は再び祈の顔を見る。
その目は、何かに怯えているように、縋るようにも見えた。
祈は真顔で見つめる。
そして、柔らかい笑みを浮かべる。
「…いいんじゃねーのかな。今のままでも。」
祈は輝を見つめながら言う。
「それも含めて、全部輝らしさだろ。」
祈は、はにかんだ顔で隣に座る輝を見つめる。
そして、前を向く。
「他人の中にズカズカと入り込んで来る瑞里だって、魔力を持たない環だって…俺だって。ほかの誰かしらにとっては、みんな変なやつだろ。」
再び祈は、輝の方を見る。
「誰からも責められてないのに、自分を責めなくても、いいんじゃねーのか?」
微笑んで、真っ直ぐに輝を見る。
「…ありがとな、輝。今まで溜めてたこと、話してくれて。」
祈は、輝にただ感謝する。
祈を見つめていた、輝の目に、再び光が灯る。
「…うん。こちらこそ、ありがとう。」
顔を赤らめて、祈から目を逸らし、それでも笑顔で、祈に感謝する。
輝の心の中に、たしかに暖かいものが残る。
「気にしてない。」
その言葉で、祈は輝のことを救いたかった。
実際に救って見せた。
ただ、祈自身も本当に気にしてなかった。
人によっては一生のトラウマになりうる出来事。
何故それを、「気にしてない」と言い切れるほどになったのか。
それは、その出来事が、全て結果的に、
死神に対する憎悪の、薪でしかなかったからに他ならない。
「そういえばさ、環は?」
輝が突然、姿が見えない環を疑問に思う。
「あー、なんかトイレらしいぜ。腹でも下したんじゃねーの?」
祈は、そんな輝の質問に答える。
「いやでも、流石に長すぎるよな。ちょっと声かけに行ってくるわ。」
そう言って、祈はベンチから立ち、トイレへと向かう。
一方その頃環は―。




