第21話 忘却の町 孤独の少女
「…あれっ?ここは…?」
祈はバスの中で3人と喋っていた。
はずだった。
気が付くと、そこは車内などではなく、地平線が見えない草原であった。
高い草もなく、すべて芝生のような、ただの草原。
夕方だろうか。
太陽が傾き、空も草原も黄色がかっていた。
「なんか…懐かしい?いや、俺は来たことがある…?」
見覚えのある景色という訳では無い。
ただ、雰囲気というか、居心地というかが、祈の中に安心感を生み出していた。
その理由は―
「ここは…『魂の空間』?」
それは、ミカと出会った無機質な白い空間に酷似していた。
困惑する祈。
すると、なにやら後ろからざりざりと草葉を踏みながら歩く音が聞こえる。
その音を聞き、祈は振り返った。
振り返ると、数歩先に、人が立ち尽くしていた。
年齢は、10歳くらいだろうか。
真っ白なワンピースを着ていて、髪も、肌も、透き通るほどに純白の少女が、裸足で立っていた。
その少女は、祈をただ呆然と見ていた。
なんだろうと不思議に思った祈もまた、その少女を呆然と見つめていた。
数秒、目が合う2人。
すると、少女が突然、大興奮で祈に近寄る。
「ええーっ!?すっごい!すっごい!!すっごい!!!人!?人だよね!?」
その少女は目を輝かせて、祈をまじまじと見る。
祈はその少女の勢いに押され、たじろぐ。
「…は?え、えっと…。」
困惑から、祈は口をもごもごさせ、上手く言葉を言えない。
「ペトラったら、ほんとようやく…よくやったわ!!」
そんな祈を他所に、少女は1人で、感心したように腕を組む。
「ねぇねぇ!あなた!名前、なんて言うの!?」
少女は鼻息を荒くして、祈に問いかける。
「え…えっと…傍部 祈…。」
祈は何一つ理解できないまま、とりあえず質問に答える。
「ハタベイノリ?ハタベイノリね!着いてきて!ハタベイノリ!」
少女はウキウキのまま、祈に背を向けて、急に走り出す。
「え、ちょ、ちょっと待てよ!」
祈は急に走り出した少女の後を追いかける。
進んでいくと、平らだった草原に起伏が現れてきて、次第に進行方向は、小さな丘になる。
「えへへ!こっちこっち!」
少女は、たまに祈をからかうように振り返っては呼びかける。
「ちょ、ちょっと待てって…。」
ぜえぜえと息を切らしながら、祈は少女のあとを追いかける。
さらに進むと、やがて、丘の麓に小さな町が見えてくる。
丘の頂上で、町を見下ろしながら少女は立ち止まる。
祈もようやく少女に追いつき、少女の隣に立つ。
「あれがね、わたしの町。」
少女は風に白い髪を靡かせて言う。
「いこっ!ハタベイノリ!」
少女は無邪気に笑いながら、祈の方を見る。
そして再び少女は走り出す。
「ここがねー、町のちゅうしん!」
少女に言われるがまま着いてきた祈は、両脇に家の並ぶ大通りを抜け、町の中心であろうところに着いた。
四方に別れた大通りと、その中心には大きな噴水が、水を高らかに噴き出していた。
道中、祈はこの町がどこかおかしい事に気づく。
「ここがね!私のおうち!」
次に、この少女の家に着いた。
見た目は、この町の普遍的な様子で、何の変哲もない、いたって普通の家であった。
「中に入ってもいいよ?ほらほら!」
そう言いながら、少女は玄関からその家に入ってゆく。
祈も中へと足を踏み入れる。
家の中は、物が少なく、リビングの真ん中には、木でできた机の上に、埃のかかった皿と食器が4枚並べられていた。
「あはははは!」
少女の家を出た2人は、近くにある広場へと行った。
最初に見た草原に、数箇所、シロツメクサが群生していたような広場だった。
その広場を、少女は縦横無尽に駆け回る。
「…なぁ、あのさ。」
祈は駆け回る少女に近づき、話しかける。
話しかけられた少女は止まり、祈の方を向き、次の言葉を待つ。
「…この町には、君だけしか居ないのか?」
道中で、祈が感じた違和感。
それは、町に人が1人もいなかったこと。
祈の質問に、少女は「ふふっ」と笑みを零す。
「何を言ってるの?ハタベイノリ。ここにいるでしょ?ペトラとリュウノとエラハウと…。」
そう言いながら、少女は周りを見渡す。
しかし、祈の目には何も映らない。
何となく、祈は理解する。
「…そっか、ごめんな。急に変なことを言って。」
祈はそんな少女を見て謝る。
「ううん!いいよ!」
少女は祈に笑いかける。
「わたしたちいがいの人はねー…みんな消えちゃった。」
笑いながら、少女は言う。
傾いた太陽が、少女の背中を照らす。
その光は、逆光となり、少女の顔は暗く陰る。
「えっ?」
少女の言葉に、祈の思考が止まる。
「みんな消えたの。ほどけて消えちゃった。」
淡々と、少女は話す。
「ペトラがね。たまにこの町にそとから人をつれてくるんだ。でもね、その人たちもみんな小さなほつれから、ほどけてバラバラになって消えちゃった。」
少女の青みがかった白い目が、祈を真っ直ぐに見つめる。
「だからね、すごいんだよ。ハタベイノリ。なんであなたは消えないの?」
少女は顔を傾けて、祈に問いかける。
「…お母様の…敵?」
少女の声が急に低くなる。
急変した少女の雰囲気に、祈は背筋が凍りそうになる。
頬から汗を垂らし、鼓動が跳ねるように動く。
「こらもう!ペトラったら、ハタベイノリをいじめないで!」
緊迫した雰囲気の中、少女は再び元の様子に戻る。
祈も、一気に力が抜ける。
「ごめんね、ハタベイノリ。ペトラったら、けんかっぱやいんだから。」
少女は祈に笑いながら謝る。
「…いや、大丈夫。」
内心ドキドキしながら、祈は答える。
少女はまたにっこりと笑って、くるりと振り返り、夕日を眺める。
「そろそろじかん、かな?」
少女は夕日を眺めながら、呟く。
「じゃあね、ハタベイノリ。またきてね!ぜったいだよ!」
少女は再び振り返り、祈の手を握る。
「…あっ、待って!俺、まだ君の名前を…」
祈は別れの雰囲気を感じ取り、少女に名前を尋ねる。
「…あれっ?まだいってなかったっけ?」
その言葉を聞いた少女は、とぼけた顔をする。
「…そっか。じゃあ、忘れないでね?」
だんだんと、少女の体が透き通る。
いや、少女だけじゃない。
広場が、町が、草原が。
見える景色全てが、透き通り、白い光へと還ってゆく。
「わたしのなまえはね―」
「シャスナハ?」
祈がそう呟くと、そこは、元いたバスの車内であった。




