第17話 心を亡くす
俺は、ヴィクティア国の端にある小さな村に産まれた。
家なんかよりも畑の方が多くて、家もみんな揃ってオレンジ色の屋根をした小さな家がぽつりぽつりとあるだけだった。
俺にはお父さんとお母さんと、一人の弟、ミハイルがいた。
その村で細々と暮らしていた。
ご飯や日常の生活にしても、世界の他の人達から見れば、随分と貧相だったんだろうが、俺たちはこれ以上のことを知らなかったので、十分に幸せだった。平和だった。
俺とミハイルには夢があった。
この雄大な空に飛ぶ大きな飛行機だ。
日に何本か飛ぶ飛行機の時間を覚えて、その時間になるといつもどこにいようと空を見上げて、その姿に憧れた。
ミハイルは目を輝かせて、飛行機を見上げた。
そして飛行機が飛んで行ってしまうと、決まって俺の方を向いて、こう言った。
「お兄ちゃん!俺もあれに乗りたい!」
ミハイルは無邪気に笑いながら、そう言った。
「うん。俺も。」
俺はそんなミハイルに向けて、微笑み返した。
その時間がただ幸せだった。
俺たちが毎日毎日空を見上げるから、村のみんなは俺たちを時計の代わりのようにした。
今見上げたってことは今は何時くらいだから買い物に行こうだとか、そろそろ帰る時間だとか。
「おう!今日はよく見えるな!」
と、話してかけてくるものもいた。
気づけば俺たちは村の名物になるくらいには、ずっとずっと空を見上げていた。
それから数年が経って、隣国がヴィクティアに攻めてきた。
新聞に大きく載っていた記事を見て俺たちはその戦争を知った。
でも、俺たちはその記事が、あまりにも現実と離れていて、どこか他人事のように感じた。
その記事は止むことなく、毎日新聞に大きく記事となって載っていた。
段々と記載されていた地名がこちらに寄ってきた。
それでも俺たちは、信じることができなかった。
ただ、空に飛行機が飛ばなくなってしまったので、俺とミハイルは悲しんだ。
それから数日後、ある日、いつも通らない時間に、ぽつんと1つ飛行機が飛んでいた。
俺とミハイルはいつもは飛んでいない時間帯、飛んで来ない方向に不思議に思った。
俺たちはただぼうっとその飛行機を見上げた。
その飛行機は、段々と高度を下げ、その大きな影を村に落とした。
その飛行機から、何かが落とされるのを見た。
俺たちはそれを目で追った。
そしてそれは地面に落ちる、その瞬間。
ドガアアアアアアン!!
今までに聞いた事のない轟音と、赤い光と、真っ黒な煙と、風と、むせるような臭いが一気に俺たちに襲いかかった。
あまりの出来事に俺は、腕を顔の前にかざし、目を閉じることしか出来なかった。。
村は騒然とし、混乱した。
村の人々は逃げ惑い、慌てふためき、叫び、辺りをウロウロと彷徨った。
平和だった。
平和すぎたんだ。
だから、こんな状況になっても、どうすればいいのかわからなかった。
そんな中、飛行機から複数の人影が飛び降りるのを見た。
それは、隣国の魔法兵士であった。
兵士たちは魔法を使って、逃げ惑う人々を殺した。
叫び声がただただ木霊する中、俺はミハイルの手を引き、必死に家まで逃げた。
歩き慣れた道を走り、焼ける畑の畦道を駆けた。
そしてやっとの思いでたどり着いた家は、焼け落ち、崩れていた。
屋根が、地面と接していて、それから下は辺りに木片となって散乱していた。
その、木片の中に、赤い斑点と、肉片が飛び散っていた。
俺は簡単に頭の中で結びついた。
ただ、俺はそれから目を離すことができなかった。
「連れてきてくれてありがとうねぇ?」
俺は手を引くミハイルの声にはっとして、ようやく顔を動かせた。
「ミ…ハイル…?」
ミハイルは目を見開いて、ニコニコとしながら俺の目を見返した。
すると、ミハイルの身体がだんだんと溶けていき、その中から違う人影がこちらを覗いていた。
「避難場所とかあったらさぁ、めんどくさいからぁ、ごめんねぇ。」
その男は猫背で、にたにたと笑いながら、下賎な目つきで俺の方を見上げた。
俺はもう何が何だかわからなかった。
お父さんたちの死と、目の前の男。
…ミハイルは?
「これかなぁ?君の弟くんはぁ?」
そう言う男の右手には、ミハイルの頭が
「ああああああああああああっ!!!!」
俺は理解する前に絶叫しながらその男に殴りかかった。
しかし、俺の拳はあっさりとその男に片手で止められてしまい、俺はお腹を蹴られた。
「おぐっ…!」
短く声を上げながら、俺の体は蹴り上げられ、宙を舞い、木片の上に転がった。
お腹を抱えながら、何とか体を起こすが、既に男は俺の目の前にたち、剣を抜いていた。
にたにたと笑いながら、俺を見下ろしていた。
俺はただ、うずくまりながらそいつを見上げることしか出来なかった。
「ありゃりゃぁ、きちぃなぁ。こんな幼気な子を殺しちまうなんてぇ、心が痛むなぁ。」
そういいながら男は涎を垂らしながら笑みを浮かべて言った。
そして男は剣をゆっくりと振り上げた。
俺は動くことができなかった。
でも、これで俺もミハイルたちに会える。
そう思うと、怖くなかった。
俺は自分の末路を受け入れ、ゆっくりと目を閉じた。
「南無三ん!」
そういいながらその男は振り下ろした。
切断された右腕を。
「あぎゃあああああああっ!!!???」
絶叫しながらその男は尻もちを着く。
急に叫び声が聞こえたので、俺はびっくりして目を開けた。
その男の背後には、真っ黒なローブを被り、その身さえも闇に染まった者を見た。
「っ…!おまぇはぁ…死神ぃ…!?なんでぇ…なんで…ここにぃ…!?」
その男は振り返り、その者を見ながら言う。
右腕が痛むのか、その男はぜえぜえと息を切らしていた。
「まっ…待てっ…俺はただ…言われた通りにっ…!」
その男は、必死に弁明しようとする。
「…安心しろ。別に殺す気はない。ただ、これ以上暴れないように、他のものと同様に拘束させてもらう。」
死神と呼ばれた者は、低い声で言う。
そして男を黒い縄のような物が、一瞬にして男の体を縛り付けた。
俺は一連の動作を、ただ呆然と見続けることしか出来なかった。
男を拘束し終えると、死神と呼ばれた者はこちらの方を向いた。
「…大丈夫か?…怪我は無いか?」
死神と呼ばれた男は優しい声で俺に聞いた。
俺は何も答えることができず、ただ黙って俯いた。
「…それは、君の知り合いか。」
死神と呼ばれた男は、近くに転がるミハイルの生首を見ながら、俺に問いかけた。
俺は、その問いにも答えなかった。
死神と呼ばれた男はその後は何も言わなかった。
しばらく動かずにいて、少ししたらそっぽを向いて、どこかへと消えてしまった。
死神と呼ばれた男の表情は、真っ黒な闇に覆われて何も見えなかった。
ミハイルの頭を抱えながら、俺は攻められた最初の場所にまで戻った。
蹴られたお腹がまだ痛んだので、遅くなってしまった。
そして戻った俺の目に映ったのは、変わり果てた村の姿だった。
俺は絶望した。
いつものように、見慣れた家の群れが、畑が、全てが燃えていた。
いつも通った道には、いくつもの死体が転がっていた。
村のみんなは外に出ていて、何かを話していた。
俺はその人たちにとぼとぼと近寄った。
すると俺はみんなが話している内容を耳にした。
「あの黒いローブの人を見たか!?あの者は神の使いだ!俺たちを救ってくれたんだ!」
「そうだ!あの人がいなきゃ、俺たちは死んでいた!神様だ!万歳!万歳!」
俺は耳を疑った。
神の使い?助かった?
何を、言っているんだ?
こんなに、全てが壊されて、たくさんの人が、お父さんが、お母さんが、ミハイルが殺されて。
何を喜んでいるんだ?
おかしい。
おかしいよみんな。
なんで。
なんでこんなことになってしまったんだ…!
村人が狂喜する中、俺は孤独に怒った。
「死神」とやらが、もっと早く来ていれば、村がこんなことにならなくて済んだのに。
ミハイルたちが、死ななくて済んだのに。
ふざけるな、
ふざけるな。
ふざけるな…!
「ふざけるな!」
俺は叫んだ。
理不尽に晒されてもなお、喜び続ける村人達を見て。
そんな俺を見た村人は俺を宥めた。
いつか忘れることができると。
…何を言っているんだ。
忘れてたまるものか。
この村に起こったことを。
俺たちが受けた屈辱を。
そしていつか思い知らせてやる。
同じ思いをさせてやる。
俺たち以外の全ての人に。
世界に。
その日から、俺はただ、その怒りのままに生きた。
その日に俺の能力にも目覚めたらしい。
効果はよく分からないが、同じ系列の能力を持つ者の位置がわかった。
俺はその者達の元に訪れ、協力を仰いだ。
段々と力を増すにつれて、村のみんなは俺を応援するようになった。
「祖国の怒りを世界に!」
「頼む!俺たちの無念を晴らしてくれ!」
どの口が、言っているのだろうと思った。
俺はそんな村人達を、幼い頃に慕ったあの人たちと同じに見ることができなかった。
その言葉を聞く度に、胸が苦しくなった。
それは、やはり心のどこかではこの人達を…。
いや、それはないか。
だって、心なら全てあの日に置いてきた。
「何か言い残すことはあるか?」
暗くなった洞窟の中、死神はフランを見下ろして問う。
フランは体を動かそうとするが、体力も、魔力も残っておらず、動けなかった。
フランはそれに気がつくと、動かすのを諦め、虚ろな目で死神を見つめる。
そして、ゆっくりと口を開く。
フランは全てを失った。
生きる理由さえも失った彼は、ただ怒りに身を任せて生きた。
そんな彼にとって怒りとは、
呪いであり、
誰かの祈りであり、
正しさであり、
この世に縛り付ける、錨であった。
それが無くなった今、彼の中に残るのは。
「…ありがとう。」
ただ、祖国と、自身を救ってくれた死神に対する感謝であった。
「…えっ?」
それを聞いた環は、想像もしていなかった遺言に素で驚いた。
そして、上から大きな岩が落ちてきて、フランはそれに押しつぶされて死んでしまった。
「お兄ちゃーん?」
少年は、誰かから呼ばれる声に目を覚ました。
空は雲ひとつなかった。
周りには、素朴な見た目をした家屋が並び、それ以外は畑しか無かった。
「ねぇ、お兄ちゃんってば。」
少年は再び呼ばれ、その声の方を向いた。
「…ミハイル。」
少年は自分よりも幼い少年を見て、静かに呟いた。
「あれ?お兄ちゃん、なんで泣いてるの?」
少年はそう言われて、自分の頬に流れる雫に気がついた。
少年は思い出そうと少し考えた。
そしてしばらくして、笑いながらこう答えた。
「…忘れちゃった。」
少年はただ、無邪気に笑った。
長閑な村の中、少年が2人。
雲ひとつない空。
その空の真ん中で、飛行機雲が一筋、南に向かって伸びていた。




