第16話 覚醒
「覚醒」。
魔法における、人類の到達点である。
魂と自身の固有魔法が完全に調和することにより発現する。
それにより肉体構造も変化し、人間よりも魔獣に近しい肉体となる。
「覚醒」状態時には、魔力量や筋力や再生力や肉体の強度などが飛躍的に上昇する。
更に魔法に対しての理解が深まり、洗練され、より強く魔法を放ったり、今までに使用したことのない魔法を使うことが可能になるケースも存在する。
「覚醒」状態の者を倒すには方法はひとつのみ。
体内に存在する、核を破壊すること。
それにより、「覚醒」状態は強制的に終了する。
(しくじったな。)
環は覚醒したフランを見て心の中で思う。
(やはり、最期の言葉なんて聞くもんじゃないな。…まぁ、彼なら結局覚醒にたどり着きそうだけど。)
灼熱の中をフランはただひたすら環に向かって歩く。
顔は少し俯いているが、目はしっかりと黒いローブに包まれた環を捉えていた。
(でもまぁ、最悪「本気」を出せばすぐに片がつくか。)
環は心の中でそう考えると、今度は居合の構えをとる。
ゆっくり、ゆっくりとフランは環に近づく。
その目は未だ環を睨み上げる。
そこからまた2、3歩歩みを進める。
環との距離が6m程度になった瞬間、環がフランに向かって凄まじい速度で切りかかる。
「無灰塵焉。」
フランが唱えたその瞬間、環にかざしたフランの右手から光線が環目掛けて放たれる。
(想像していたよりも速いな。)
心の中でそう思うが、環は予測していたが如く空中に飛び避ける。
そしてそのまま宙を蹴るようにして、風邪を纏わせた右手でフランの脳天を貫く。
フランは槍で抑えようとするが、間に合わずその攻撃はフランに届く。
常人だったらその時点で倒れてしまう。
しかし。
覚醒したものは、核を破壊されない限り止まらない。
(ここが核じゃなかったのか。)
環は焦らずに冷静に状況を判断する。
フランは槍で環を薙ぐが、環は後ろに飛び避ける。
そのまま環は地面に着地する。
着地した環を、フランは見つめる。
フランの頭の傷口は淡い光を放ちながら回復する。
「…何故だ。」
フランは少し間を開けてから呟く。
「何故、俺たちの村が襲われてるとき、すぐに来てくれなかったんだ…!」
フランは眉間に皺を寄せ、環を睨む。
ふつふつとフランの中で怒りが煮え滾る。
「あと少し!あと少しだけお前が来るのが早ければ!母さんも!父さんも!ミハイルも助かったのに!!」
フランは口を大きく開け絶叫する。
「何故だ!何故!お前は来なかった!俺たちの家族は死ななければならなかった!答えろ!死神!!」
フランは激昂しながら環に問う。
環は睨みつけるフランを、憐れむでもなく悲しむでもなく怒るでもなく、ただ冷めた目で見つめ返す。
そしてゆっくりと、その口を開く。
「…知らない。」
死神―環の言葉に、フランは目を見開き、止まる。
殺気立ったフランを横目に、環は続ける。
「僕がお前たちの国を救う為に敵国の人々を殺したのも、お前が僕を殺そうとするのも、知らない。誰のせいだとか、知らない。きっと、もっと違う人達が、悲劇を産んで、その悲劇に僕たちは踊らされてる。でもその悲劇を産んだ人も、誰かの悲劇に踊らされている。きっと、誰の所為でもない。だから、仕方ない。」
環はただ、淡々と述べる。
「だから、せめて、僕がお前を巻き込んだなら、僕の手でお前を終わらせる。」
暗い暗いローブの中の闇の中から覗く、環の諦観したような目を、フランはただ呆然と見つめ返す。
フランの頬に、汗が一筋垂れる。
環は右手に風を纏わせる。
フランは未だ動けずにいる。
困惑するフランに環は問答無用に切りかかる。
「ッ!」
フランは間一髪で槍で防ぐが、纏わせた風は槍を切り、フランの脇腹を斜めに裂く。
フランはよろめき、1歩後退する。その隙に、環は再びフランに切りかかる。
「冥獄炎!!!」
フランはその環に目がけて黒い炎を放つ。
「颪。」
環はフランの攻撃に右手をつきだす。
そのまま手の前に風の防壁を展開し、フランの攻撃を捌く。
そして環はその勢いのままフランに再び切りかかり、左腕を切り落とす。
(こいつ、俺が覚醒しても未だに魔力が感知できない!)
フランは環の攻撃を受けながら考える。
(この黒いローブのせいか!?)
フランは環の猛攻を必死に耐える。
完全には捌ききれず、少しずつ身体が削れる。
そしてほんの一瞬、環に隙らしきものが見える。
フランはその一瞬に反撃するべく、環に詰め寄る。
それを見た環は、フランに合わせて少し下がり、ローブの中から左腕を出す。
その左手の中には限りなく凝縮された風の球があった。
その魔力は、辺り一帯を包み込むほど強大なものであった。
手中の風の球を見たフランは目を見張る。
(…誘われた!今まで右手しか使ってこなかったのは、ローブの中の左手の中でこの球を作っていたからか!まずい、これを喰らえば…死…)
フランは思考を巡らせるが、どうすることも出来ず、ただその球を見つめる。
その球は環の手から離れ、膨張を始める。
「春嵐。」
環が唱えると同時に、その球は弾け飛び、中から風の濁流が流れ出し、四方の物全てを破壊する。
空間内は砂埃で満たされ、地面は激しく揺れ、上からはいくつもの岩が崩れ落ちてくる。
少し経ち、砂埃が段々と薄まる中、核を破壊され、元の体に戻ったフランが仰向けになり倒れる。
覚醒状態が終了し元の体にもどると、使用者は体力や魔力が尽きる。
故にフランは、もうそこからは動けない。
そのフランにざりざりと足音を立てながら、ゆっくりと環が近づく。
そして、フランの頭の傍に立ち、フランを見下ろす。
「何か言い残すことはあるか?」
環はただ冷徹にフランに先と同じ問いをかける。
フランは辛うじて目だけを動かし、死神を見る。
そして、ゆっくりと微かに口を動かす。
―3年前、ヴィクティア国、郊外の農村。




