元野良猫、異世界転生して家猫になったので毎日フミフミゴロゴロして過ごしますーハム脱走編ー
短編作品
「元野良猫、異世界転生して家猫になったので毎日フミフミゴロゴロして過ごします」
の後日譚です。
荷馬車の後には果物や野菜などが詰め込まれた、木造りの箱が詰め込めれている。
その箱の一つに、黒いワンピースを着た少女が膝とおでこをくっつけるように丸まり、気持ち良さそうに寝ていた。
荷馬車の周りには緑の畑が広がり、その中にポツリポツリと白色の石作りの家が建っている。
この村のほぼ全ての建物は、この地で取れる白い石炭岩でできているのだ。
緑と白、青い空。三色に染まったおもちゃのように可愛いらしい田舎の村を通り、馬車はゆっくりと町へ向かう。
着いたのは屋台や小さなお店が並ぶ町。
広い通りに並ぶ店は各々カラフルに彩られ、お店の前には多くの人々が行き交い活気に満ちている。
荷馬車が止まったのは、地味な土色の看板を掲げている古びたパブの前。
パブは両隣の明るく綺麗な店に挟まれ、片身の狭そうな佇まいである。
馬車の主が荷下ろしを始めたそのとき、驚きの声を上げた。
「女の子が箱詰めされているぞ!」
ー 1時間前 ー
ハムが庭で日向ぼっこをしていると目の前を蝶々が通り過ぎた。
「カカカカカッ」
クラッキングすると、蝶々を夢中で追いかける。
蝶々はふわりと塀を超え、外へ飛んでいった。
ハムは暫く木造りの塀の周りをウロウロと歩いていたが、古く腐りかけている木枠を見つけると、体当たりで塀を壊し突破した。
「蝶々っ! どこいったぁ!?」
ふとハムの目に止まったのは、荷馬車に乗せられた大きな箱。
「どれどれ」
ハムは箱があると必ず入ることにしている。
「うむ。良い感じだ」
蝶のことはスッカリ忘れて、箱の中に収まったハムはご満悦になった。
普段からレオが色んな箱を用意してくれるが、この箱は全身が隙間なくピッタリ入る感じでなかなか心地が良い。
ハムはそのまま目を瞑り、ほどなくして夢の中へ旅立った。
活気に満ちた町とは真逆に、陰鬱とした表情で歩く一人の男。
小柄で華奢な体格のその男は、背中を丸め地面を擦るように歩いているせいでより小ささを強調させている。
全身を覆うように着ている茶色のローブは、使い古されているのか彼方此方の破れを補修した跡がある。
『お前の食べ方なんかおかしくね?』
『もーそんなこと言ったら可哀想だよぉ』
『クスクスクス』
ふいに、かつてのクラスメイトの言葉が男の脳裏にフラッシュバックし、ローブで隠れた顔が歪む。
俺は群れている奴らが嫌いだ。
1人では何もできない奴らが、群れだと急に強気になって馬鹿なことをやりだす。
そして、性格の悪いやつほどよく群れる。
俺はあんな奴らとは違う。
もっと高尚な存在なんだ。
アイツらの低いレベルに合わせてやる必要はない。
俺はもっと高いレベルにいる人間だ。
男は先程まで荷馬車が止まっていた寂れたパブに入る。
店内は綺麗に掃除されているが、陽の光があまり当たらないので薄暗い。
客は男の他に二人組のみで、閑古鳥が鳴いている。
男は周りを慎重に確認すると、カウンターでサンドイッチやスナックを注文し、前払いの会計を済ませた。
(とりあえず目立たない場所を……)
立ち食い専用のパブで椅子は用意されていないが、男はカウンターの最端をキープした。
急に団体客が大勢店に入り、次々に別の客も入店してきた。
先程まで空いていた店内はギュウギュウに混みだし、客の楽しそうな話し声が店中に響き渡る。
「くっそぉ。何で俺が入った途端、店が混みだすんだよ」
男は小さな声で呟いた。
(さっき入った武器屋でもそうだ。俺が入った瞬間ゾロゾロゾロゾロ、阿呆面の客が入ってきやがった! こっちは人混みが嫌いだから、わざわざ空いてる店を選んで入ってるのによぉ)
「ヴァェッ」
男はえづく口を両手で防ぐ。
(駄目だ。こんなに人がたくさんいたら食べれそうにないぞ。……もったいないけど残そう)
自分の目の前に出されたばかりの料理を名残惜しそうに見つめる。
ローストビーフがたっぷり挟まっているサンドイッチとカリカリに揚がった黄色いポテト。
俺は人が食べてるところを見るのも、自分が食べている姿を見られるのも大嫌いだ。
特に口元の動きが悍ましい。
咀嚼している口元を見てるだけで、なんだか吐き気がする。
男がテーブルをそっと離れようとしたとき、黒いワンピースを着た少女、ハムがお店入って来た。
ハムの持つ艶やかな黒髪は相変わらず櫛を通していないようで、肩に当たった毛先を四方八方に跳ねさせている。
「フンフンフンフン。この店いい匂いがするな」
ぐぅ~と腹の虫を鳴らすハム。
虫どころか腹に何か魔物でも飼ってるのかと言いたくなるほどの大音量である。
カウンターの中にいる髭面の大男、この店のオーナーが声を掛けた。
「嬢ちゃん、ここは前払い制だ。このカウンターで注文して先に金払いな」
「金ならないぞ!」
胸を張って自信満々に言い切る。
「そんな堂々と……。なら出ていってくれ、ほかの客の邪魔だ」
ぐぅ~。
お腹を鳴らしながら肩を落とし、トボトボと出口に向かって歩くハムに、男はどぎまぎしながら声を掛けた。
「あ、おい、あの、これ、俺まだ全然手を付けてないから、良かったら食べていけよ」
「良いのか!?」
ハムは目を見開き、満面の笑みで聞き返す。
「俺はもぅ店出るから。まぁ嫌なら別に無理に食べなくても良いけ……」
「うまうまうまうまうまうみゃう」
「めっちゃ食べてる!」
男の話が終わらないうちに高い鳴き声を出してガツガツ食べ始めるハム。
「みゃうまうまうまうまうま」
(変なやつ。関わらないでおこう)
男は静かに店を出ると、足早に町の通りを歩き出した。
「おい! 人間!」
「わぁっ!」
男は振り返ると先程自分が声を掛けた少女、ハムが立っていた。
「えっ? まさか店から付けてきたのか?」
店から出て二十分ほどは歩いている。
「ん? 人間の匂い、辿ってきただけだぞ」
「俺、そんな臭いか!?」
男は自分の身体を嗅いで「だ、大丈夫だよな、うん」と自分に言い聞かせる。
「はい、花。やる」
男の目の前にズイッと一本の花を差し出すハム。
「花?」
「そこで摘んだんだ」
花を片手に掴んでいるハムは、もぅ片方の手で道の端を指差す。
「いらねぇよ」
信じられないと言わんばかりの顔で驚くハム。
「レオなら飛び上がって喜ぶのに!……人間、お前変わってるな!」
「お前に言われたくないっ! それに俺の名前は人間じゃない!」
「じゃ、なんて名前なんだ?」
「教えない」
男は溜息まじりに冷たく言い放つ。
「分かった。オシエナイだな!」
「違うっ!……ハァ、あのさぁ俺そもそも人と関わるの嫌いなの。馴れ馴れしく話し掛けるなよ」
オシエナイとハムに呼ばれた男は疲れた顔で蔑むような目線を送る。
「もぅ付いてくるなよ。分かったな」
念押しするとまた一人で歩き出した。
ところが、ハムは普通に、ごく当たり前のようにオシエナイの後を付いて歩く。
オシエナイは振り返ると語気を強めた。
「あのなぁ。付いて来るなってさっき言ったよな? 俺とお前は今後、関わることは一切ない! 分かったら離れろ。しっしっ」
ーードンッ!!
突然、オシエナイの肩に赤髪の男が激しく当たってきた。
「あ、すぁ、すいません」
オシエナイは狼狽えて反射的に謝ったが、赤髪の男は無視してそのまま去っていった。
「クソが。こっちが謝ってるのに無視しやがって。頭悪いやつって総じて常識もマナーもないよな。カス低能が。泥水啜って森の中で生活しろよ。人の街に出てくるんじゃねぇよ。人間未満の畜生が」
オシエナイは下を向いて小さな声で威勢を張る。
ふと視線の先、腰に下げていた巾着が空いていることに気づく。
「あ、あれ? 空いてたっけ? え? あれ?」
サーーーとオシエナイの顔が青ざめる。
巾着の中に入れていた財布がない。
「やられた! スられた!」
動揺するオシエナイにキョトンとした顔で問いかけるハム。
「どうした?」
「財布がない! さっきのやつに取られた! 畜生っ!」
首を左右に激しく振り、周りを確認する。
「ど、ど、どこ行った? 居ない……まずいぞ」
「財布。それってオシエナイの大切なものか?」
「当たり前だろ! 馬鹿かお前! もぅ俺に構うな!」
「分かった。オシエナイの財布、私が取り戻してやる」
「へ?」
ハムは胸をドンと叩いて「任せろ」と言うと四つん這いになり、勢い良く走り出した。
オシエナイは突然のハムの挙動に固まり、呆然と立ち尽くすばかりであった。
「フンフンフン。フンフンフン」
ハムはオシエナイの匂いのついた財布を辿って走り続ける。
「フンフンフン、近くにいる!」
人混みの中を歩く赤髪の男が目に止まる。
「いたっ!」
「ハァ、ハァ。何なんだアイツ急に」
息を切らし、一足遅れてオシエナイもハムを追いかける。
「キャアア! 女の子が!」
突然、悲鳴が耳に入る。
オシエナイは慌わてて人混みをかき分け、叫び声の方へ向かうとーーハムが必死の形相で、赤髪の男の足にしがみついていた。
「んだコイツ、離せよっ!」
赤髪の男は自分の足を離さないハムの顔や頭を殴りつける。
ハムは髪を振り乱しながら懸命に叫ぶ。
「返せ! オシエナイが大切にしてるやつ! 返せ! 返せ!」
赤髪の男はハムの襟元を掴み放り投げる。
ハムは地面に打ち付けられるが、直ぐ様また男の足に掴みかかる。
「ひつこいんだよ! 離せよ!」
「嫌だ! 返せ! 返すまで離さないぞ!」
「なんだ?」
「どうした?」
騒ぎで人が集まって来ると赤髪の男は焦りだした。
そして、自身が盗んだ財布を道端へ投げ捨てる。
ハムは四足で宙を飛ぶ財布を追って走り出すと口で咥え確保した。
「クソッ! 気味の悪いガキだなぁ!」
赤髪の男は悪態をつき、人混みに紛れ逃げていった。
「何でそこまで……何でそこまでするんだよ。意味わかんねぇよ」
愕然としているオシエナイの元へハムは笑顔で駆け寄り財布を手渡す。
「はい、オシエナイが大切にしてるやつなんだろ?」
「……違う」
財布を震える手で受け取ると、俯いたまま呟いた。
「俺の名前はオシエナイじゃない」
そしてハムの目を見てハッキリと話す。
「俺の名前は オゥ・シェンナェだ」
「オシエナイ?」
ハムは口を半開きにして首を傾ける。違いがよく分からないのだ。
「だから! オゥ! シェンナェ!」
「オシエナイ?」
「……何で発音できないんだよ」
呆れて頭を抱えるオシエナイ。
「良いか、俺の口の動きをよく見て真似しろよ」
「分かった!」
「オゥ!」
「オー!」
「シェンナェ!」
「シエナイ!」
ハムは目を瞑って大きな声で復唱するが、
「ん全然違う!!!」
と否定されてしまう。
「ハァ〜。お前と話してると疲れるわ」
オシエナイは元々丸まっていた背中をさらに曲げてガクリと頭を下げる。
ハムはそんなオシエナイの背中をポンっと叩く。
「大丈夫か? 無理すんなよ」
「お前に言われる筋合いじゃないけどね!」
「……そっち、名前は?」
つっけんどんに聞くオシエナイに誇らしげに答える。
「私の名前はハムだぞ!」
「ハム? なんちゅー名前だよそりゃ」
「ハムが好物だからな。だからハムって名付けて貰ったんだ! レオに!」
「そのレオってやつもヤバい奴だな。頭おかしいだろ」
太陽が高く昇る頃。
石畳の広場の中央には噴水があり、周りには小さな家がひしめくように建ち並ぶ。
顔中が埃や土で汚れている少女、ハムと小柄のローブを着た男、オシエナイは噴水の縁に座っている。
オシエナイはハンカチを濡らし、ハムに「拭けよ」と手渡すと、ハムはハンカチを顔にグリグリと押しつけるように拭う。
「で、お前は蝶々追いかけて、箱に入って、家に帰る道が分からくなって、最終的に迷子になってるのか」
「そうだ!」
「……堂々と言うな。とりあえず、住所はどこ? 面倒くさいけど近くなら送ってってやるよ」
「分かんない!」
「ハァ!? 自分の住所も分かんねぇのかよ」
空を見上げ嘆く。
「なんかヒントくれよ。家の周りに何があった?」
「畑がたくさんあるぞ! あと、白色の石の家がある! 私の家も白いぞ!」
「白色の石? それって……ニアセンキュー村じゃないか? あそこの村の建物は全部、地元で取れる白い石炭岩で建築してるんだ」
「ふーん」
「一旦、お前が来たパブに戻ろう。荷馬車はパブの前に止まってたんだな?」
オシエナイは立ち上がるとすたすたと早足で歩き出した。
ハムはポカンとしたまま男の後を付いてゆく。
パブの前には髭面のオーナーが荷馬車に空の木箱を載せていた。
「よぉ、嬢ちゃん。また会ったな。あんた街の噂だぜ。スリ野郎に立ち向かっていったんだってな」
オシエナイは荷馬車を見た途端、慌てて髭面のオーナーに駆け寄る。
「あ、あ、あの。この馬車どこ行くんだ?」
「ニアセンキュー村へ行くんだ。いつもは朝一だけの便だが今日はなぜか大繁盛でな、ディナーの食材が足りなくなっちまってよぉ。今から追加で持って来てもらうんだ」
オシエナイは目を見開いてオーナーに詰め寄るとハムを親指で指してうったえる。
「た、頼む! この子乗せてくれないか? この子、たぶんのその村から来たんだ」
オーナーは「ちょっとここで待ってろ」と言い残し荷馬車の御者の元に行くと、少ししてから笑顔で戻って来た。
「良いぞ。乗せて貰えるそうだ」
「たす、助かるよ」
オシエナイも不器用に口角を上げる。
オシエナイはハムに向き直ると、
「良かったな。この荷馬車に乗って帰れるぞ」
と話し、無愛想な顔で続ける。
「まぁ、一応俺も付いてってやるよ」
「大丈夫! 近くまで行ったら匂いを辿って家に帰れるから!」
ハムは自信満々な笑顔で言いきり、鼻をフンフンと鳴らす。
「……匂いで辿るってマジだったのか。ちょっと引くわ」
オシエナイはげんなりして背中を丸める。
荷馬車に乗り込んだハムにオーナーが茶色の紙袋を手渡す。
「おい、嬢ちゃん、これ腹減ったら食え。うちの賄のブリトーだ。余った食材を詰めんだだけだが美味いぞ」
「有り難う! 髭面人間!」
「髭面人間って……」
オシエナイは心配そうにオーナーの顔の伺うと、オーナーは目を細めてうんうんと頷いていた。
「オシエナイ! 有り難うな!」
ハムは明るく声を張り上げる。
「ハム……あ、あの……」
(何か……何か言いたいのに、人とあんまり話さないから、こんな時に言葉が出てこない!)
ゆっくり動き出した荷馬車から、ハムは肩を左右に揺らしながら大きく手を振る。
「またな! オシエナイ!」
そのとき、オシエナイの顔を太陽の光が優しく照らす。
「またな! ハム!」
オシエナイも必死に手を振り返した。
「またな……か」
荷馬車が見えなくなったあと、オシエナイは一人つぶやいた。
「そういやアイツ、すげー美味そうに飯食ってたな」
「ハムー!!! ハムー!!! どこだー!!! ハムー!!!」
広い屋敷中に響き渡る、悲痛な叫び声。
棚の全ての引出しが開け放たれたまま。
クローゼットの中からは、服が雑に引っ張り出され床に散らばる。
ベッドの掛け布団も引っ剥がされ、枕やクッションも放り出されている。
さながら、空き巣が入った後のような屋敷内をレオは蒼白の顔で走り回っていた。
「居ない……どこにも居ない。えっと前はクローゼットの奥、えっと、えっと、その前は……そうだ、台所の引き戸の中に入ってたんだ。あと……あと探してない場所はどこだ? あ、浴槽の中で寝てたこともあったな」
レオは肩を上下させハムの名前を叫びながら屋敷のあらゆる場所を探し回る。
「居ない……まさか外に出ていった?」
口に出した途端、現実味を帯びる。
目の前の景色が黒く塗り替えられていく。
レオはよろけながら庭に出ると、門の取手を握り、そのまま微動だにできず固まる。
全身が震えて冷や汗が滝のように流れた。
呼吸が早くなる。
レオは戦争から帰ってきて一度も敷地の外に出たことがない。
屋敷から出ても庭の中までが限界であった。
そもそも、ベッドから起き上がれるようになったのも一年前だ。
出征中に負った心の傷が深く深く、彼の身体を蝕んでいた。
ここを出たら……外だ。
やっと、やっと家に帰って来れたのに。
外に出て、また俺は帰って来れるのか?
レオは思わず目をギュと瞑る。
銃声の破裂音。
死体の腐敗臭。
返り血の生暖かさ。
全てがついさっき起こったことのように体感できる。
「帰りてぇよ、レオ」
耳に残る、少しづつ小さく、消えていった声。
「うわぁあああああああああああ!!! チクショオオオオオオオオオオ!!!」
過去を振り切るようにレオは自分の頬を思いきり殴りつけた。
口の中が切れ、鼻血が垂れる。
狂わないと……狂わないと前へ進めない!
「行こう、ハムを探しに。外に出るんだ」
レオは下唇が裂けるほど噛み締めながら、外へ飛び出そうと門を勢いよく開け放つ。
「ヘァムッ」
思わず、声にならない声を上げるレオ。
開かれた門の前にはハムがニコニコ顔で立っていた。
「レオー! 戻ったぞーい!」
ハムはのほほんとした笑顔を浮かべるが、レオは鼻血と鼻水と涙が混ぜ合わさって酷い顔をしている。
「ハム……ハムゥ……」
思わずハムを固く抱きしめる。
「レオ、苦しいぞ!」
「ハムゥ、頼むからどこにも行かないでくれ。ハムがいないと、俺は生きていけないんだ」
ハムもレオの背中に手を回して抱きしめる。
「分かったレオ! どこにも行かないぞ! その代わりレオも私を絶対に捨てるなよ。もしレオが私を捨てたら、私は死ぬからな!」
「うん……うん。ハムゥゥ……」
その夜、ブリトーとレオの用意した夕飯を食べてお腹いっぱいのハムはソファにゆったりとくつろぎながら舌なめずをする。
仕立ての良かったソファはハムの爪研ぎも兼ねているので、ところどころ綿がはみ出しボロボロである。
レオは食後のお茶にフーフーと息を吹きかけ、冷ましてからハムに渡すと自身も隣にそっと座る。
ハムは舌の先を慎重にお茶に付け温度を確認し、グビグビと飲み干した。
「ーーーでな、でな、オシエナイが馬車に乗せてくれてな、帰ってきたんだ!」
ハムは自分の膝の上に置いている、くたびれたクッションをフミフミしながら、今日起こったことを楽しそうに話している。
「ん? オシエナイ? オシエナイ……もしかしてオゥ・シェンナェ? ハム、凄い人に会ったんだね」
「レオの知り合いだったのか?」
「いや、俺も噂を聞いただけなんだけどね。すっごいタフガイだって」
「そうなのか!」
「出力系武器の蒐集家らしいんだけど、パーティーも組まずに単独で魔物の討伐に繰り出してるらしいよ。S級ガーゴイルも1人で倒しちゃったとか。俺の友人が言うには商売目的のギルドとはレベルが違うんだってさ。まぁ友人も会ったことはないらしいんだけどね。きっとムッキムキの大男なんだろうな……。ねぇ、ハム、どんな人だった?」
「ハム……?」
ハムはレオの肩に頭をもたれかけ、すぅすぅと寝息をたてていた。
「今日は疲れたよね。おやすみ、ハム」
レオは小声で囁き、ハムの頭に優しくキスをすると幸せそうに微笑む。
ハムは夢の中でゴロゴロと喉を鳴らし続けた。
ー完ー




