第23話 青白い大きな扉
青白い大きな光が視界を覆い、一瞬にして周囲の空気が入れ替わる。
「……なにこれ、え? 何が起きたの?」
アルヴィンは、その光と、移動によるわずかな浮遊感が収束した場所で、思わず呟いた。
横にいたリナも、その光景に目を丸くしている。
「どういうことじゃ、一体何が……これは、なんだ。なんなのだ、はじめてみるぞ」
リナの目から見ても、アルヴィンの「転移」は、いつもは一瞬の光と熱だけであったはずだが、
今回は、まるで目の前に巨大な青白い扉が開いたかのような、異様な光景だったのだ。
光が消え、アルヴィンとリナは、目的地であるドワーフ国の城門前に立っていた。
アルヴィンは、目の前の光景に呆然とする。
「城門前はここ、これ城なの? 岩の中みたいな、洞窟みたいな……なんだここ?」
彼の目の前に広がるのは、石造りの城壁ではなく、巨大な岩盤にくり抜かれた、荘厳な入り口だった。
その岩の質感、巨大な木製の扉の重厚感は、獣人国の城とは全く異なる、「堅牢」という言葉を体現していた。
リナは、アルヴィンの驚きを楽しんでいるようだ。彼女は、慣れた様子で、尻尾を揺らしながら説明した。
「ふふん。ドワーフさんは、地下都市なのよ。地上では人間とトラブルになるから、彼らは岩盤を掘り、地下深くに国を築いたの」
彼女は目を輝かせた。
「この城門をくぐったら、驚くこと間違いなしよ。私も、いつも楽しくて、楽しくて。色々な仕掛けがあってね。早く、アルヴィン、行きましょうよ!」
アルヴィンは、目の前の門番に目を向けた。
「あそこに突っ立っているのがドワーフなのか。ドワーフって身長が小さいのは、皆変わらないの? 獣人国へ行商に来るドワーフは、みんな力持ちが沢山いたが」
その門番の身長は、アルヴィンの胸ほどしかなく、丸々とした体躯に、長く編み込まれた立派な髭を蓄えていた。
門番の一人が、アルヴィンたちのただならぬ雰囲気に気づき、厳しく声を上げた。
「何をごそごそ、言っている。旅人よ、待ちたまえ。ここはドワーフ国。通行証を見せろ!」
アルヴィンは、旅の準備は万端だったが、その手続的な部分にはやはり「やる気なし」だった。彼は大きく欠伸をしながら、あっさりと言い放った。
「そんなもの、無いよ」
門番は、その言葉に顔色を変えた。
「なら、ここは通れん。立ち去れ!」
だが、もう一人の門番が、アルヴィンの胸元に付けられたものを目にし、慌てて相棒の肩を掴んだ。
「おいおい、ちょっとまて、あれって……あれって!」
「え? なにが?」
相棒の門番が怪訝そうに聞き返す間もなく、最初の門番は小走りで奥へ向かった。
「隊長を呼んでくる!」
やがて、より立派な髭と、より強固な鎧を身につけた隊長が、慌てた様子でやってきた。
門番が耳元で何かを囁くと、隊長はアルヴィンの胸元を凝視した。
隊長は、その勲章を一目見るなり、姿勢を正し、低い声で唸るように言った。
「おお、亜人勲章が……」
そして、その表情は一変した。
「大変失礼いたしました! 失礼しました、お通りください!」
アルヴィンは、その対応の変わりように、勲章の持つ意味を改めて理解した。
横で見ていたリナは、一瞬の間に立場が逆転したドワーフたちを見て、「はべぇー」と舌を出し、愛嬌のある表情を浮かべた。(私を見て、わからないの? 酒場の美少女リナちゃんなのに!)という心の声が聞こえてきそうだった。
アルヴィンは、態度を改めた隊長に、丁寧に尋ねた。
「隊長、すまない。ルールが分からず、失礼を重ねた。ドワーフ国王に会いたいのだが、可能だろうか?」
隊長は、一分の隙もない敬意を払い、答えた。
「はい。亜人勲章。それは全ての亜人を束ねる証明。これを持つ者は、我々ドワーフ国の最上級の客人です。すぐに早馬を飛ばし、陛下に謁見を求めます。それまでの間、大変失礼ではございますが、城下町で滞在願います」
リナは、待ってましたとばかりに元気よく言った。
「宿を案内してほしい!」
隊長に街中を案内され、岩盤の巨大なトンネルを潜り抜けていく。アルヴィンの目は、その光景に釘付けになった。
「岩の中に、凄い、町がある……」
岩盤の奥深くに広がる地下都市は、想像を遥かに超えるものだった。
そこには、ドワーフたちが築いた、精密で複雑な機械仕掛けの製品が至る所に設置され、巨大な鍛冶場からは、常に活気に満ちた槌の音が響き渡っている。
「皆盛んだ。昼間から酒を酌み交わし、踊って、歌って……」
獣人国とはまた違う、知識と技術に裏打ちされた繁栄がそこにはあった。
隊長は、彼らの誇りを込めた声で説明した。
「はい。私共は争いを好みません。防衛はしますが、他国を攻めたりはしません。この知識と技術で繁栄しており、この地下の岩盤の中は、外界の紛争から隔離された、安全な場所なのです。人々は常に和やかに暮らしております」
隊長は、ドワーフ国の交易品を列挙した。
「機械仕掛けの製品、宝石製品、武器製造等を商いに、獣人族、バーバリアン、ダークエルフ、ドルイドと交易しております」
アルヴィンは、核心に触れる質問をした。
「人間国とは?」
隊長は、そこで初めて表情を曇らせた。
「人間国との外交はありません。我々ドワーフは、あの国々を相手にしません」
「何故か、一方的に、拒絶され早数百年以上。私も存じません。人間国は我々ドワーフを好かんらしい。この容姿故に、と噂されております」
隊長は、アルヴィンの胸元の勲章を見ながら、付け加えた。
「あなた様は人間ですよね。亜人勲章をお持ちでございますので、問題ありません」
隊長は、彼らを一つの宿に案内した。
「こちらの宿でお待ち頂きたい。直ぐにご案内できると思います。しばらく旅の疲れを癒してください」
アルヴィンとリナは宿に入った。(転移してきたので、疲れ等ないのだが)アルヴィンは、ベッドに座りながら、ドワーフ国の光景と、隊長の話を頭の中で整理した。
しばらくすると、隊長がノックをし、国王がお待ちであると伝えられた。
隊長に案内され、再び地下都市のメインストリートを歩く。
アルヴィンは、街中を熱心に見つめた。
(すごい、街の中で鍛冶。どこもかしこも、仕事に注力している)彼らは、彼らの得意な技術で、豊かさを築いていた。
大きな階段を上がり、王室の間へ。アルヴィンは、もはやお決まりとなった欠伸をしながら、「失礼」と声をかけて入室した。
ドワーフ国王は、座りながらも、その存在感は圧倒的だった。
「そなたが、人間国の襲来を一人で追い払った英雄と、話は伝説となっておる。獣人国を守ってくださり、感謝申し上げる」
アルヴィンは、国王の言葉よりも、その周囲に置かれた精巧な機械に目を奪われていた。(それより、あれだけの機械や武器を製造しているのだ、何か知っているはず)
「国王。お礼は無用です。それよりも、これがなんなのか知りたい。ドワーフは知恵者が多いと聞く」
アルヴィンは、答えを待たずに、手をかざした。
手のひらに炎をだし、それを凍らせ、さらに水に変えた。
その光景に、ドワーフの国王を含め、居並ぶ一同はおおおおおーーー!と感嘆の声を上げた。
リナは、溜息混じりに呟いた。
「手品! そうなるよね」
アルヴィンは、直接的な問いを投げかけた。
「この力は、ドワーフでも出来ないのか?」
謁見室の隅にいた、白髪の長老が、静かに進み出た。
「できんな。アルヴィン様、お持ちのその力は、我々の知恵を超えております」
長老は国王に目配せをした。
「陛下、アルヴィン様を書庫に案内する。しばらく離れるぞ」
長老の後についていく道すがら、アルヴィンは書庫の分厚い扉の前で、疑問を口にした。
「書庫に、俺の力のヒントがあるのか。なるほど。エルフも出来ない、というこの『ハイエルフ』というのは……」
長老は、静かに言った。
「伝説です。存在すら誰も見たことが無い、古代の存在。ですが、アルヴィン様の手品。もしかすると、このハイエルフという伝説と、何か似ているものが記されているかもしれませんな」
「ここが国の書庫でございます。そちらに記されている伝説をお読み頂ければと」
アルヴィンは、書庫に籠もり、ドワーフが数千年にわたり蓄積してきた知識の海に身を投じた。
翌日も、アルヴィンは国王の間に招かれた。
彼は一晩書庫に籠もり、知識を得たが、彼の根本的な疑問は、変わっていなかった。
「私の目的は、何が正義で、何が悪なのか。少なくとも、人間国が行っている、亜人を悪とし、迫害する行為は、正しいとは思えん」
アルヴィンは、ドワーフたちに、人間国の教えを伝えた。
「人間国では、『亜人は人間を食って生活をしている。亜人は悪だ。捕えたら好きにしろ』と教えられている。これは聖職者の教えであり、人間の誰もが刷り込まれている教義です」
「俺は違うと思い、人間国を捨て、獣人国に行き、事の真相を見定めた。結果、獣人は人間等食べない。それどころか、獣人国は豊かに暮らしている」
彼は、国王に深く頭を下げた。
「失礼だが、ドワーフの正義とは何か、お聞かせ願いたい」
ドワーフ国王は、その髭を撫でながら、毅然と答えた。
「我々ドワーフは、繰り返すが、争わん。知識と技術をそれぞれの国に提供し、見返りに、食物や資源を分けてもらう。これでこの国は成り立っておる。鉱山を荒らす魔物を罰するが、それ以外のすべての種族と友好関係にある」
「獣人、バーバリアン、ドルイドとは、強固な同盟関係にある」
「人間は、敵対国。だが、人間はここに攻め込んだりせんよ。あれらの種族の性質なのだろう。ドワーフを好かんらしい。この容姿よ」
国王は、自身の寿命についても語った。
「我々の寿命は三百〜五百年。わしはなぜか、五百五十年生きておるが、それも珍しいことだ」
アルヴィンは、欠伸が我慢できず、それを隠そうと手で口を覆うが、やはり抑えきれず、小さな欠伸をしながら問いかけた。
「あなた方は、外の世界には出ないのか」
長老が、その問いに答えた。
「外に出んと食っていけん。商売せんとな。だが、全員が出るわけではない。この地下が、我々にとって最も住みやすいのだよ。風も吹かんし、雨も降らん。水は山から湧き出る。城は崩れる事もない。ここに居るのが一番安全なんじゃ」
「もちろん、戦士もおる。鉱山を荒らすものが出て来た時のためじゃ。ゆっくりしていきなされ、勲章を持つものよ」
アルヴィンは、王国の隅々を見渡しながら、長老の言葉を反芻した。
「獣人、ドワーフ、争いを好まず」
「亜人は、先程言った通り、人間を撲殺、食って生活しているというのが、人間国の教え」
彼は、ドワーフたちの顔を改めて見つめる。
「どのように見ても、人間を食う等、想えない」
彼の胸には、人間国の罪悪感が重くのしかかった。
「人間は亜人を捉えれ、性具として、奴隷として扱う。『おぞましきもの、悪しきものを罰する』と言って。俺は七つの人間国を全て観て来た。どの国も亜人に対する卑劣な行為は変わらなかった」
「俺の中に、違和感に気が付いたのは六歳の時。そして、人間国を捨てて、追放されたというのが正しいか、獣人国にたどりついた」
「人間国の教えとは違い、獣人国は和気あいあいと生活をし、ましてや人間を食う等ありえなかった」
長老は、優しく言った。
「ドワーフも獣人国とおなじじゃよ。昔は、昨日読んだじゃろ、書物にあるように、人間も亜人一族も仲良く暮らしておったそうじゃ」
アルヴィンは、書庫で読んだ内容を思い出す。
「書かれていたのはこうだ。『平和に一緒に暮らしていた。街は盛んであった。突然、七つの国がそれぞれ亜人を一斉に迫害し、奥地に追いやった』」
長老は、歴史の深遠さに思いを馳せた。
「それから、今に至るまで、どれくらいの年月が経つのかはしらん。千年のスパンではないな。もっと昔の事じゃろう。そこまでになると、エルフなら知っておるかもな。エルフは五千年生きるというから」
アルヴィンは、話を現実的な問題に戻した。
「質問を変える。城下町、盛んであった。長老が言う行商だが、城下町の製造品を運ぶのは大変じゃないのか?」
長老は、苦笑いを浮かべた。
「それは大変じゃ。戦士が護衛するにも、何日もかかって移動する。この地下都市から地上に出て、また獣人国まで移動するのは、骨が折れる」
アルヴィンは、少し考え込む。リナも、その真剣な表情を見て、考えるフリをしてアルヴィンを覗き込んだ。
アルヴィンは、長老に尋ねた。
「長老。どれくらいの幅があれば、行商は通れるだろうか。例えば、城門くらいの大きさがあれば、とか」
長老は、当然のこととして答えた。
「あの大きさは必要じゃ。我々はあそこから行くのだから」
アルヴィンは、そこで一つの賭けに出た。(やってみるか? こう、城門と、城門が繋がるように……)
「長老、少し付き合ってもらおう。一緒に城門に来てくれるか?」
長老とリナは、転移という奇妙な移動方法で、一瞬で城門前へと移動した。
長老は、目を丸くした。
「なんと、一瞬で外に出てしまった。一体何がおこったんじゃ?」
門番は、驚きながらも、すぐに姿勢を正した。
「先日は失礼致しました!」
アルヴィンは、長老を連れてきた真の目的を告げた。
「構わない。長老を連れて来たのは、ここにもう一つ門を作ろうと思う」
長老は、混乱した。
「意味が分からないが」
アルヴィンは、集中した。(転移を大きくというか、このように想像すれば、出来るはず)
「みていてね」
シュウ。
彼の集中に応じるように、空間が歪んだ。そして、ふわーと、城門の隣に、青白い光を放つ、巨大な門が出来上がった。
(出来た!)
アルヴィンは、その門を見て、自身の力への理解を深めた。転移は、移動ではなく、「空間の接続」だったのだ。
「長老、一緒にこの中に入るぞ」
アルヴィンがその門をくぐると、景色が一変した。
リナは、驚きの声を上げた。
「獣人国の城門前だ! ここ、獣人国よ!」
アルヴィンは、すぐにリナを連れて、再び門をくぐり、ドワーフ国に戻った。そして、獣人国の城門前にも、同じように門を作ることを想像した。
「ここにも、同じものを」
シュウ。
ふわーと、青白い光を放つ、巨大な門が獣人国の城門前にも出来上がった。
長老は、その光景を見て、ただただ驚愕した。
「なんじゃと!」
アルヴィンは、長老にもう一度門をくぐらせた。
門番は、再び驚きながらも、長老を迎えた。
「あれ、お帰りなさいませ、長老様」
長老は、自分の目で見た現実が信じられず、呆然とした。
「なんじゃ、これは!」
アルヴィンは、笑顔で説明した。
「何といえば、俺もわからないが、行商が大変というから、ドワーフ国と獣人国を繋げた。ここを通れば、一瞬で獣人国だ」
リナは、興奮して言った。
「獣人国だ!」
長老は、門をくぐり、一瞬で獣人国に着いた。そして、そこにある門で、再び通ると……
長老は、ドワーフ国に戻っていた。
「ドワーフ国じゃ! いったいどんな手品なのだ……国王の前で見せた、ただの手品か?」
アルヴィンは、再びその力の謎を長老に投げかけた。
「長老、こういう手品使えるドワーフはいるかね?」
長老は、興奮で言葉を失い、首を振り、そして叫びながら城へ走っていった。
長老は、城からわらわらとドワーフたちを連れてきた。
ドワーフたちは、門をくぐると、見知らぬ獣人国の光景を目にした。
「おおおおおおお!!」
歓声が沸く。
それに気が付いたジュラインが、慌てて門の前へやってきた。
「アルヴィン!どうした、何の騒ぎだ?」
アルヴィンは、満足げに言った。
「ドワーフ国と獣人国を繋げた。ジュラインもここ通ってみてよ」
ジュラインは、門をくぐり、一瞬でドワーフ国へ。
「うわ、ドワーフ国! なんだこれ、これも手品か!」
獣人も外に出てきて、ドワーフ国をいったり、きたり。
国境を越える喜びと、初めて見る異文化に触れ、その場はお祭り状態となった。
そのまま、酒宴が盛大に開かれた。
こうして、アルヴィンの「青白い大きな扉」によって、ドワーフ国と獣人国の行き来が自由になり、行商がさらに盛んになっていくのであった。
一方、アルヴィンは、この喜びの喧騒の中で、ドワーフ国に到着した時に街で見かけた、泣いている子供のことが気になっていた。
泣くような事が、この国でもあるのか。あんなにも幸せそうに見える国で、何が彼を悲しませていたのか。彼の心に、新たな疑問が生まれた。




