表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/23

第22話 旅立ち

第22話 旅立ち


獣人国の三年、平和の証


アルヴィンが獣人国に「富国強兵の礎」を築くと宣言してから、三年の時が流れた。


獣人国は、その宣言通り、目覚ましい発展を遂げていた。

人間国との国境近くには、アルヴィンの設計に基づいた出城が三つ、

さらに交易路と防衛線を結ぶように堅固な砦が十箇所完成していた。

これらの要塞は、人間国側の偵察隊や小規模な侵入者を完全に防ぎ、獣人国の領土を確固たるものとしていた。



出城は単なる軍事施設に留まらなかった。

ドワーフの国境に近い出城では、彼らの優れた鍛冶技術と獣人族が持つ森の資源が交換され、

目に見えるほどの経済的繁栄をもたらしていた。

バーバリアンとの交易路も開かれ、活気あふれる市場が形成され、獣人国の首都だけでなく、

国全体が、上下の隔たりなく、皆が幸福に暮らす、理想的な共同体へと変貌していた。






個人的な幸福もまた花開いていた。


将軍となったギワンと、軍事顧問として活躍するミーナは、アルヴィンが旅立つ一年前に結婚し、

今では元気な男の子を宿し、間もなく出産を控えていた。ミーナは、重い体を引きずりながらも、城壁の増築計画のチェックを怠らない。


一方、人間国のガレン国王に嫁いだリリアは、外交上の要として人間国と獣人国との間の強固な絆を築き上げ、既に健康な女の子を産んでいた。

獣人王と王妃は、その孫娘の無邪気な笑顔を見ながら、穏やかな余生を送っている。




この三年、アルヴィンもまた、この国の平和を享受していた。彼は外交と内政の全てに関わり、知恵者としてこの国の「あるべき姿」を作り上げることに尽力した。


だが、この平和な日々が続けば続くほど、アルヴィンの心には、幼い頃から追い続けている夢と、夢の中で語られた「希望」という言葉の真意を問うための焦燥感が募っていった。





そして、ある日の朝。

アルヴィンは、玉座の間を見下ろす静かなバルコニーに立ち、一人、決意の言葉を呟いた。


「行くか」


彼の旅の目的地は、既に決まっている。

「ドワーフの国に」


静寂を破ったのは、その背後から差し伸べられた、小さな手のひらだった。


「一人で行くのはダメ、アルヴィン。私が行く」


獣人族特有の、柔らかくしなやかなリナの尾が、アルヴィンの腰に巻き付く。

彼女は、アルヴィンが次に何を言い出すかを、完全に予測していた。彼女の金色の瞳は、真剣な光を湛えている。



「それに、私ならドワーフも、バーバリアンも、地理的な知識だけじゃなくて、取引相手としての気質を知っているし。この三年間、行商の隊に買い物で同行しているから、どの部族が何を重視するか、値切りの限界点まで知っている」



リナの言葉は、アルヴィンの安易な「一人旅」の計画を打ち砕いた。彼女の知識と経験は、軍事勲章よりもよほど実務的で価値があった。



「リナ……」アルヴィンは眉をひそめた。



「いきなり『しゅー』って出たら、めっですよ」リナは頬を膨らませた。

彼女はアルヴィンの転移能力を、獣人国でも数人しか知らない「ちょっと特殊な移動術」だと認識している。


「まずは、きちんと、国王に、進言してから。それが、この国の知恵者としての、筋というものでしょう?」



アルヴィンは、リナの言葉に反論する言葉が見つからなかった。彼女の言う通りだ。

彼はもう、放浪の旅人ではない。この国の未来に責任を持つ立場だ。彼は大きく欠伸をした。



「めんどいな……」



だが、諦めたように頭をかいた。



「わかった。城に行ってくる」






アルヴィンが謁見を申し込むと、ガレン国王はすぐに彼を迎え入れた。玉座の間は、以前の「論功行賞」の時よりも、遥かに穏やかで、家族的な空気に包まれていた。


「アルヴィン。ついに、この日が来てしまったのか」


ガレン国王は、玉座から立ち上がり、アルヴィンの手を取り、友人のように言った。

その声には、別れを惜しむ感情と、彼の使命を理解する諦念が混ざっていた。




アルヴィンは、王の前に跪き、この三年間の感謝の念を込めて深く頭を垂れた。


「国王、お許しください。この旅は、私の個人的な探求であります。私がこの旅を始めた当初からの目的——何が正義であるかを、この目で、そしてこの魂で見極めるための旅であります」



その重々しい空気を破ったのは、リリアだった。彼女は、隣に立つ夫であるガレン国王の肩にもたれかかりながら、ニヤニヤと笑った。


「アルヴィンが普通の言葉を話すと、へんにゃ。なんだか真面目くさってて、似合わないにゃ」


その言葉に、護衛として控えていたジュライン将軍が、豪快に大笑いした。

「それもそうだ! やはりアルヴィンは、もっと気だるそうに、不真面目な顔をしているほうが『らしい』というものだ!」


その場に居合わせた皆が笑い、場は一気に和んだ。彼らは皆、アルヴィンを英雄としてだけでなく、大切な仲間として、家族として見ていた。





「待ってくれ、アルヴィン」


ギワン将軍が、一歩前に進み出た。


「俺とミーナの子を見てからでも、遅くはないだろう。生まれるのは、あと二ヶ月だ」


アルヴィンは、皆の優しさに心を打たれ、だが、首を横に振った。


「もう、これ以上は待てない。正直に言おう、俺はただの放浪者ではない。俺の心には、ずっとあの夢の言葉が刺さっている。だから、俺は行ってくる」


彼は、静かに、だが強い決意を皆に伝えた。

「いつ戻るのかはわからない。数ヶ月かもしれないし、数年かもしれない。だが、ただ戻ってくる時には、何かしらの『理由』を携えて戻る。今はまだ、その『理由』が何なのかは、俺にもわからない。だが、手ぶらでは戻らん。それが、この旅の意義だ」


彼は獣人国の穏やかな風景を思い浮かべた。

「この三年、獣人国は上下隔たり無く、皆幸せに暮らしている。この光景こそ、俺が求める『あるべき姿』だというのは、俺にもわかる。少なくとも、弱い立場の人間から、その希望や富を搾取する、人間国とは決定的に違う」


アルヴィンは、亜人の国々を巡ることで、人間国が歪めたとされる真実の歴史と、この「あるべき姿」の根源を見つけ出すつもりだった。


ガレン国王は、彼の言葉に深く頷き、力強い声で言った。


「アルヴィン。お前は我が国に平和と繁栄をもたらしてくれた、真の功労者だ。そして、お前が持つ『ヨーシュルク勲章』は、お前が我が国の者と同等の権利を持つことの証だ。だからこそ、止めはしない。いや、むしろ止めることすらできんのだがな」




国王の許可を得たアルヴィンに、リリアが改めて問いかけた。



「……で、結局、一人でいくのかにゃ?」



アルヴィンは、リナの存在を思い出し、苦笑いを浮かべた。


「一人で行くつもりだったのだけれど……その、リナが」


ジュライン将軍は、その言葉を聞き、膝を叩いた。

「リナか! それは心強い! リナを連れて行け、アルヴィン!」


ジュラインは力説した。

「リナは獣人族の中でも、特にドワーフともバーバリアンとも顔が利く稀有な存在だ。ドワーフの国境近くでの行商において、彼女は単なる同行者ではない。物資の選定から、価格交渉、さらには信用状の発行まで、彼女の交渉術と愛嬌で、人間国ではありえない好条件を引き出してきた。彼女の存在は、お前の旅を遥かにスムーズにするだろう!」



アルヴィンは、頭を抱えた。

「一人で行きたいのだけれど……。え、リナを連れていくしかないの?」


リナが可愛いのは、もちろんそうなのだ。その明るさと、彼への献身的な態度は、彼の孤独な心を癒してくれる。

だが、彼の旅は、真実を追う、命がけの旅になる可能性がある。



「危険な目に合わせたくないのだよね。ここは平和だし、リナにはこの平和を享受していてほしい」



ギワン将軍は、そんなアルヴィンの優しさを笑い飛ばした。


「心配するな。何を言っている。大丈夫だ、アルヴィン」


ギワンは胸を張って言った。


「リナは、お前が出会った女性の中でも、最も勇敢で、最も機敏な一人だ。彼女は、獣人族一の跳躍持ちで、元々は国境警備を担う偵察隊にいた。その能力は、並みの兵士では追いつけない」



ギワンは、少し意地の悪い笑みを浮かべて、言葉を続けた。





「それに、彼女はまだ、五十歳だしな」




アルヴィンは、自分の耳を疑った。


「はい? 五十歳?」


彼の頭の中は、一瞬で混乱に陥った。


「俺、二十一歳だぞ。え? リナって、五十歳なの?」


彼は、リナの外見からは、自分と同い年くらいだと信じて疑っていなかった。

その愛らしい顔立ち、無邪気な言動、活発な動き。どれもが、二十代前半のそれだった。


ギワンは、微笑みながら訂正した。

「正確な年齢は知らん。だが、およそそのくらいだ。獣人族は、三歳で人間国のいう成人になる。成長が速い分、外見の成長は緩やかになる。人間の感覚で、リナを二十歳の娘として扱うのは、大きな間違いだ」





アルヴィンは、愕然とした。


「リナ、同い年位だと思っていた……獣人、怖ぇぇ……」


彼は、自身の常識が、この異種族が暮らす世界では通用しないことを改めて思い知らされた。


ジュライン将軍は、その様子を見て、静かに言った。


「アルヴィン。人間の寿命ってやつが、この大陸ではあまりに短いのだ。百年も生きられない、弱い種族だ」


ジュラインは、初めて、人間の種族的な欠陥について、真面目に語った。

「人間は、弱いが為に、その短い生を謳歌しようと、生きている間に強欲を尽くすのだろうな。自分の子供、孫の時代のことまで考えている暇がないのかもしれない」




その言葉は、アルヴィンの胸に重く響いた。人間国がなぜ亜人を迫害し、領土を奪い、歴史を改ざんしたのか。

その根源には、彼らの持つ短い寿命、つまりは「死への恐怖」が引き起こす「強欲」があったのではないか。



「我々獣人でさえ、長くても三百から四百年。長寿な者でも四百年生きるのが限界だ」

ジュラインは続けた。

「だが、お前が目指すエルフは別だ。彼らは千年とも、伝説では五千年とも聞く。彼らにとって、我々人間や獣人の生は、瞬きのようなものだろう」


アルヴィンは、得心がいったように深く息を吐いた。

「なるほど、人間の強欲。それは、単なる悪意ではなく、寿命という制限が生み出した、悲しい摂理としての考え方もできるのか……」


議論が尽きたところで、一同は城の最も賢明な指導者である長老に視線を向けた。


「長老、この旅について、最後に知恵をお聞かせください」





リリアは、アルヴィンが再び真面目な顔に戻ったのを見て、クスクスと大笑いした。




「普通にしてれば、アルヴィン、貴族のお坊ちゃんみたいだにゃ!」



皆、再び大笑いに包まれた。アルヴィンは、皆の優しさに感謝しながら、再び欠伸を一つ。


「この火を出したり、水をだしたり……そして転移もそう。この、『手品』としか呼べない力が、何故、俺だけに出来るのか。その理由を知りたいのです」

アルヴィンは、これこそが彼の旅の核となる疑問だった。彼は、自分の能力が、この世界の一般的な魔法とは異なる、異質な何かであることを肌で感じていた。


長老は、その質問に対し、静かに、だが重々しく答えた。

「それは、わからん。アルヴィン。我々獣人の持つ知識では、お前のその力の起源を解き明かすことはできん」


長老は、しかし、すぐに希望を与えた。

「だが、エルフは別だ。先にいったように、彼らは五千年もの長きに渡って、この世界の歴史と、真理を見つめてきた種族だ。もし、この世界に、お前の力の源を知る者がいるとすれば……彼らだろう。エルフであれば、何かしらの真実を知っとるじゃろう」




アルヴィンは、深く頷いた。彼の夢の中のエルフの言葉、「希望」という謎の言葉。そして、この「力」の謎。全てがエルフの国へと繋がっていた。


「わかった。行ってくる」


アルヴィンは、皆に最後の挨拶をし、旅立ちの決意を新たにした。






こうして、アルヴィンは獣人国を出て、遥か東に位置するドワーフの国を目指すのであった。


彼は、誰にも気づかれずに、城壁の裏にある小さな広場に立った。

誰もいないことを確認し、集中を高める。意識を集中させると、体が宙に浮くような、独特の浮遊感に包まれる。


「しゅうー」

光と音が収束し、転移の現象が始まった、その瞬間。


背後から、恐るべき衝撃が、彼の後頭部を襲った。


「ごつーん!」


それは、紛れもなく金属の塊が頭蓋骨にぶつかる、鈍く重い音だった。

「いてぇぇぇぇーーーー!」


アルヴィンは、転移を中断させられ、そのまま膝から崩れ落ちた。振り向くと、そこには湯気を立てた大きなフライパンを構える、リナの姿があった。


彼女は、ぷんぷんと怒りながら、その鋭い金色の瞳でアルヴィンを睨みつけた。

「なんで、置いていくのですか! 約束破りめ!」


アルヴィンは、頭を抱えながら、血涙を流しそうになりながらも、とっさに言い訳を考えた。

「あ、ごめん、ごめん、リナ……(バレたか)」

「今ただ、お空を見ようかなと思っただけで、ましてや、ドワーフの国にいっちゃおうなんて……」


彼は、言葉尻を濁そうとしたが、結局正直に白状した。



リナは、それ以上何も言わず、ぷんぷんと怒りのオーラを放ちながら、アルヴィンの腕にぎゅっとしがみついた。

その握力は、見た目からは想像できないほど強かった。


「さあ、アルヴィン。行きますよ!」


リナは、彼を引っ張る。

だが、アルヴィンは転移の準備で体が硬直しており、ピクリとも動かない。



リナは不審に思い、再び引っ張る。


「ほら、行きますよ! 早く!」



それでも、アルヴィンは動かない。


アルヴィンは、リナが真剣に自分を物理的に引きずって行こうとしていることに気づき、純粋な疑問を口にした。


「あの……リナ。おまえ、転移できないのか?」


リナは、大きな目を丸くして、完全に驚愕の表情を浮かべた。


「できるわけないでしょう!!! アルヴィンのその手品、誰にでもできるものじゃないわよ!」



リナの言葉を聞いたアルヴィンは、改めて自身の「異質さ」を突きつけられた。


「やはり、俺はどこかおかしいのかな」



彼は、諦めてリナの肩に手を置いた。

「わかった。転移するぞ」


閃光と共に、二人の姿は獣人国の城壁から、一瞬で消え去ったのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ