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第21話 夢

第21話 夢


毎晩、アルヴィンは同じ夢を見る。


深い、深い森の奥。

樹々は天を突き、その枝葉が厚い天蓋となり、地上にはほとんど光が届かない。

そんな暗がりに、突如として開けた場所が現れる。

そこには静謐な湖が広がり、夜空に浮かぶ月光だけが、唯一の光源として湖面に反射し、

銀色の光を細かく震わせながら揺らめいている。



その湖のほとり、銀色の波紋のそばに、ひとりのエルフが立っている。



彼女の銀髪は月光を浴びて淡く輝き、微かな風に優雅に揺れていた。

透き通るような白い肌。その顔立ちには、人間とは異なる静かな美しさが宿っている。

彼女の琥珀色の瞳は、遥か遠く、あるいは深い過去を見つめているかのように思えたが、



次の瞬間、まっすぐにアルヴィン、こちらを見つめた。



その視線は、鋭いながらも慈愛に満ちており、アルヴィンの胸の奥に、何か熱いものが広がるのを感じさせた。



そして、エルフは静かに口を開く。その声は、森のざわめきや、湖のさざ波よりも静かで、直接、意識に響くようだった。



「あなたが、希望」



その言葉は、一つの宣言であり、一つの重い宿命のようにも聞こえた。

彼女がそう言い残した瞬間、その姿はまるで朝霧が晴れるように、跡形もなく霧散して消えていった。


そこで、アルヴィンはいつも目が覚める。




幼い頃から、ずっと同じ夢だ。彼は見たこともないはずの種族、エルフ。

だが、この夢の中のエルフの姿、琥珀色の瞳、そして声は、なぜか彼の魂に刻み込まれているように感じられ、どこか懐かしい。



アルヴィンは、軋むベッドの上で目を覚ますと、張り付いた喉の奥から乾いた空気を絞り出すように深く息を吐いた。

「……またか」

彼は、この夢が彼の人生を支配していることを知っていた。その夢の意味を知るために、その「希望」という言葉の真意を掴むために、彼は今、この世界を旅し続けているのだ。旅の途上で出会った仲間たちと共に、彼は今、獣人族の王城にいた。







人間軍を追い払った、一行はドレンの元王城に向かう。



獣人族の王城、その謁見室は、石造りの壁と高い天井が相まって、一種荘厳な静けさに包まれていた。

窓からは、獣人国の豊かな森の緑が見えるが、室内は緊張感のある空気に満ちている。


総司令官である獣人族のドレンに導かれ、アルヴィンは玉座の間を歩き、王の前に進み出る。彼の足音だけが、石の床に響いた。


玉座に座る獣人王は、威厳に満ちた髭を撫でながら、静かに、だが力強い声で言った。

「よくぞ来てくれた、アルヴィン殿。今日のこの場は、あなた方に報いるための論功行賞の場だ」

王の言葉に、部屋を取り囲む城内の者たちが一斉にざわめいた。



そのざわめきには、獣人族の英雄に対する敬意と、彼の功績への驚きが入り混じっていた。


アルヴィンは、一歩後ろに立つリリアに目を向けた。


そこで初めて、彼女がこの国の王女であることを知った。


2カ月の間共にした彼女が、突如として華美な衣装を身に纏い、

王族としての威厳を放っている姿に、アルヴィンは驚きとともに彼女を見つめる。



だが、王の次の言葉は、その驚きを一瞬で上書きする、さらに重いものだった。



「リリアを、この度の英雄ガレンに嫁がせることに決まった」



ガレンは、その決定に静かに頷いた。(何度もお断りをしたのだが、このような惨事は二度と…)



王妃と国王は既に隠居を決めており、この獣人国を弟ドレンに託す手筈になっていた。

そして、彼ら老いた王と王妃に残された余命は長くはないという。

孫の顔を見たいそれが、彼らにとっての最後の願いだった。

この縁談は、単なる政略結婚ではなく、老王夫婦の切なる願いを叶えるための、家族としての決断でもあったのだ。


そして、人間国との戦いを終えた、満場一致で弟ドレンではなく、兄ガレンにと…。


アルヴィンは、その願いの重さを理解し、静かに目を伏せた。




そして、他の仲間たちにも報いが与えられた。

ジュラインとギワン将軍の地位と、功績に応じた栄誉が与えられた。

また、共に戦ってきたミーナは、獣人族の若き将軍ギワンの申し出を受けて結婚することになった。

その顔は、戦場では見せない、女性らしい幸福感に満ちていた。




そして、アルヴィンが呼ばれる番が来た。


「アルヴィンには、『ヨーシュルク勲章』を授けよう」




アルヴィンは、その仰々しい名前に肩をすくめた。



「なにそれ……欠伸が出るな」



彼は冗談めかして言ったが、その勲章が持つ意味の重さは、彼自身が誰よりも理解していた。


それは、亜人族の間で古くから伝わる、非常に特別な印だ。この2カ月リリアに聞かされていたのである。

その勲章は、人間国との国境を越え、亜人族の領域に入るための最も確かな証。

ドワーフ、バーバリアン、ドルイド、そしてエルフすべての種族が、この勲章を持つ者を共通の友として認めるという、絶対的な信頼の印だった。




論功行賞の場が終わると、獣人王は謁見室の壁に広大な地図を広げさせた。

「これから、まずドワーフの国へ向かうことになる。だが、お前の旅の最終目的地は、本当にエルフの国だろう」

王は、アルヴィンの目的を改めて確認するように言った。


アルヴィンは、その公式の人間国が持つ地図を食い入るように見つめる。

内政菅達はその地図を前に、違和感を覚えた。


「……おかしいな。海岸線は正確だが、我々亜人の領土があまりにも狭く描かれている」



内政管の指摘に、ミーナが驚きの声を上げた。



「私が人間国で教わった歴史では、亜人は元々海辺のわずかな領地にしか住めず、人間によって追い込まれ、殲滅されるべき悪だとされていたわ」



その言葉に、リリアが大きくしっぽを揺らして言った。


「だからにゃ、アルヴィンがこの獣人国に来る時も、いきなり森の奥深くに転移したにゃ。人間国の警戒を避けて、あそこに来るにも、優秀な獣人兵でも十日はかかるような秘境なんだにゃ」



アルヴィンは地図に描かれた、歪んだ国境線と、過剰に広い人間国の領域を見つめながら、思考を巡らせる。

「人間国の『正義』は、何かが根本から歪められている。もしかすると、彼らが信じる歴史そのものが改ざんされているのかもしれない」




もしそれが真実なら、旅の目的、そしてが追うべき真実の意味は、全く異なるものになる。



「俺がこの旅で追及しているのは、誰が勝者かではない。何が真の正義なのか、だ」



その時、獣人族の長老が進み出て、静かに語り始めた。

「昔は、人間と亜人は仲良く暮らしていた。だが、大陸全土を襲った大飢饉の時、知恵者が現れ、飢えに苦しむ七国を救った。その知恵者が、後に七聖人と呼ばれるようになった」

しかし、その後の人間国の公式の歴史書では、七聖人は恐ろしい悪魔を退治し、同時に邪悪な亜人を滅ぼしたとされている。



真実はどこにあるのか?


聖人は本当に悪魔と亜人を滅ぼしたのか?


それとも、七聖人の功績は利用され、亜人はただの…。



アルヴィンは決意の瞳を長老に向けた。

「俺は、亜人国すべてを巡り、最後にエルフの国へ行く。夢に出てくるエルフの『希望』という言葉が、単なる幻想なのかどうか、この目で確かめたい」


アルヴィンは、静かにヨーシュルク勲章を受け取った。その銀色の輝きは、彼に課せられた使命の重さを象徴していた。


だが、旅立つ前に、アルヴィンにはこの獣人国に対価を払う必要があった。

彼がもたらした平穏と、これから築く未来のための準備だ。



「まず、人間国との国境近くに出城を築く。それは単なる砦ではなく、新たな交易の拠点となる」



アルヴィンは具体的な計画を述べた。



「貿易はドワーフとバーバリアンを相手にすると聞いている。彼らとの交易路を確保し、城壁の修理も急がねばならない」



そして、軍の訓練。それは誰に任せるか。


「軍の訓練は、ミーナが担当することになった。彼女の戦場での判断力と戦術眼は、獣人兵にも引けを取らない」



ミーナはギワンとの結婚を控えている身だが、戦場育ちの彼女にとって、兵法の指導は夫人としての立場を超えた使命でもあった。彼女の指導のもと、獣人兵たちはめきめきと力をつけていくだろう。


アルヴィンは、力強く宣言した。

「この堅固な砦と、訓練された兵力があれば、向こう十年は人間国に攻め込まれることはない。これは、この国に富国強兵の礎を築くための、俺からの贈り物だ」






彼は、最後に一つだけ、重要な確認を行った。


「亜人同士の争いは?」



長老は、その質問に力強く、そして穏やかに答えた。


「無い。亜人は争わぬ。すべてが友好関係にある。人間国が教えるような、血で血を洗う戦いなど、我々の間には存在しない」



その言葉に、アルヴィンは心からの安堵とともに、深く頷いた。彼の旅の基盤となる、最も重要な真実がここにあった。




***



夜。王城の一角で、盛大な酒宴が始まった。


獣人たちの陽気な笑い声と、麦酒の芳醇な香りが広がり、獣人厨房の料理が次々と運ばれてくる。

その料理は、山海の幸をふんだんに使い、そのどれもが野生の風味と洗練された技術が融合したものだった。

酒場の女将が腕を振るい、この英雄たちの最高の夜を演出する。



「獣人族に栄光あれ!」


ガレン国王が、大きく杯を掲げる。


「乾杯!」

リリア王女が、少しだけ照れながらも、満面の笑顔で応じる。


アルヴィンは、英雄たちに囲まれながらも、どうにも眠気が抜けない。

昼間の興奮と、これから始まる旅への期待感。そして何よりも、夢の中のエルフの声が、まだ彼の耳の奥に残っているからだ。




あなたが、希望。




「麦酒うめぇ……」


アルヴィンは、その重い言葉から意識を逸らすように、麦酒を煽る。


その時、隣に座っていたリナが、悪戯っぽく笑いながら、アルヴィンにそっとしっぽを絡ませてきた。


「ヒーローさん、私が疲れを癒してあげる」


リナはそう言うと、持っていた麦酒を、口移しでアルヴィンに飲ませた。


突然の出来事に、場は一気に盛り上がる。

一同、英雄の奔放さに、豪快な笑いに包まれる。


アルヴィンは、酔いと、リナの甘い香りに包まれながら、瞼を閉じる。

夢の続きを見るために。

あなたが、希望。

その言葉の、本当の意味を、彼はまだ知らない。だが、知るための旅は、もうすぐ始まる。

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