第2話 王都の街と、初めての違和感
「キャアアアア――! やめて、お願い、やめてぇ!」
王都の路地裏から、女の悲鳴が石畳を劈く。叫びは恐怖と絶望に震え、夜の闇に吸い込まれる。だが、通りを行く貴族の馬車も、豪奢な服の商人たちも、誰も振り返らない。まるで、悲鳴など日常の雑音であるかのように。
※※※
馬車の揺れは、アルヴィン・ド・ヴァルモンを眠りの淵に誘った。村から王都への長旅、父ガストンと母イザベルの会話が遠く聞こえるが、6歳の少年は微動だにせず、布団にくるまるように眠っていた。
「王都だぞ、アルヴィン。起きなさい。」
イザベルの声に、アルヴィンは半目で呟く。「着いたの……? まだ、眠いよ……。」
ガストン、騎士団長の顔パスで馬車は城門をくぐる。石畳を踏む蹄の音が響き、ようやくアルヴィンは目をこする。窓の外には、煌びやかな尖塔と色とりどりの旗。だが、鼻を刺すのは、馬糞と――何か腐ったような、甘く重い匂い。
「これから軍司令部だ。アルヴィン、馬車で待っていなさい。」
ガストンとイザベルが降りる。アルヴィンは再び眠ろうとしたが、鼻をつく腐臭が彼を突き動かした。(なんだ、この匂い……?) 好奇心が6歳の心を揺らし、両親に気づかれぬよう、彼は馬車を抜け出した。
※※※
王都は華やかだった。金箔の屋根、絹の服を翻す貴婦人、市場の喧騒。だが、アルヴィンの足は、なぜか裏路地へと向かう。石畳の隙間から漂う、ますます濃い腐臭。細い路地を抜けた先で、彼は凍りついた。
「やめて! 私が何をしたの!? 母国に帰りたい!」
獣耳の女性が、ボロボロの服で地面にうずくまる。獣人の彼女を囲む三人の男は、下卑た笑いを浮かべ、彼女の服を引きちぎっていた。血と涙が彼女の頬を濡らし、叫びは絶望に掠れる。
アルヴィンは立ち尽くす。6歳の彼には、男たちの行為の意味はわからない。だが、彼女の目――恐怖と諦めが混じる瞳が、彼の胸を締めつけた。(これは……良くないことだ。) 王都の華やかさ、行き交う人々の無関心。なぜ、誰も助けない?
「おい、クソガキ! 何見てんだ!?」
男の一人がアルヴィンに気づき、胸ぐらを掴む。酒臭い息と鋭い目が、少年を睨みつける。「見たことを黙ってろよ。さもないと――」
男の手がアルヴィンの首に伸びた。その瞬間――。
――時間が止まった。
男たちの動きが、まるで石像のように固まる。笑い声も、獣人の嗚咽も、路地の風すら止まる。アルヴィンはただ、ぼんやりと男たちを見つめていた。(また……あの力?) 昨夜の火災、豪雨。あの時と同じ、胸の奥の違和感。
彼自身、何が起こったか理解できなかった。だが、この「不思議な力」が自分から出ていることだけは確かだった。アルヴィンは動かぬ男たちを無視し、獣人女性に駆け寄る。
「大丈夫?」
女性は呆然と少年を見上げ、震える声で呟く。「この国は……腐ってる。あたいたち獣人は、ただの性奴隷……。母国に帰りたい……。」
「せいどれい?」 アルヴィンは首を傾げる。言葉の意味はわからない。だが、彼女の涙が、胸の違和感をさらに大きくした。(この悲しみ……何? 正義って、どこにあるの?)
アルヴィンは彼女の手を取り、そっと抱きしめる。彼女の震えが止まるまで、静かにそこにいた。やがて男たちが動き出し、気づかぬうちに、少年と獣人は路地を抜け出していた。
※※※
騎士団本部に戻ると、ガストンが会議を終えたところだった。革鎧の父は、アルヴィンを見つけ、厳かに告げる。
「アルヴィン、ちょうどいい。今日からお前は王都の学校に入る。準備しなさい。」
「え? おうちに帰れないの?」 アルヴィンは目を丸くする。
「これから6年間、ここで暮らす。騎士団の跡を継ぐ準備だ。」
ガストンの言葉に、イザベルが優しく微笑む。「大丈夫よ、アルヴィン。少しずつ慣れるわ。」
だが、アルヴィンの心は路地裏にあった。獣人の涙、腐臭漂う王都、無関心な人々。あの「不思議な力」が、なぜか胸をざわつかせる。(この国、おかしい……。)
※※※
その夜、アルヴィンは夢を見た。獣の咆哮、燃える森、そして、泣き叫ぶ無数の声。手を振ると、炎が消え、雨が降る。だが、胸の違和感は消えない。
(正義とは何か? 悪とは何か?)
6歳の少年は知らなかった。この王都での6年間が、彼の無気力を打ち砕き、腐敗した王国を根底から揺さぶる革命の第一歩となることを。獣人の悲鳴が、彼の眠気を覚ます運命の鍵となることを。
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王都での衝撃的な出会い! アルヴィンの「やる気なし」と隠された力、獣人の悲劇が、正義を問う旅の始まりです。
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