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咲良の苦悩

フローライト第七十五話

奏空の全国ライブツアーが始まってまたしばらく会えない日々が続いた。咲良の怪我は徐々に良くなっていき、やっと自分のマンションに帰って来れた頃、ちょうど奏空もツアーを終えて一旦東京に戻って来た。一旦と言うのは、まだ後半戦が残っていたからだ。


天城家にお世話になっている間、すっかり利成にべったりだった美園は、ピアノも教えてもらい腕も上がっていた。おまけに利成から絵も教わったらしく、油絵も描き始めていた。


マンションの部屋では絵の具が使いづらいといい、しょっちゅう美園は利成のところに行き、ヘタしたら泊ってきていた。


「利成さんが一緒にピアノの演奏やろうって・・・」


秋も深まった夜に美園が言った。


「一緒にって?」


「利成さんのユーチューブチャンネルでやろうって」


「ユーチューブ?美園が出るの?」


「うん、一緒に演奏したのを出そうって・・・楽しそうだからオーケーしたよ」


「・・・そう」


 


夜に寝室に入ってから咲良は奏空にそのことを言った。


「大丈夫かな・・・」と咲良が言うと「大丈夫じゃない?」と奏空は軽い感じだ。


「でも美園が出たら、みんながあの子を見るでしょ?」


「そうだね」


「利成の孫になるのよ?」


「うん・・・」と奏空はベッドに寝そべってスマホを見ながら返事をした。


「ちょっと!聞いてる?」と咲良は声を大きくした。


「聞いてるよ。何が心配?」と奏空がスマホから顔を上げた。


「・・・だってあの子・・・」


「あの子?」


「・・・・・・やっぱりいいよ」と咲良もベッドに入った。


「咲良?まさかだけど・・・」と奏空が咲良の方に身体を向けた。


「利成さんの子供だとかそんなことを心配してるんじゃないよね?」


「・・・・・・」


「美園は俺の子なんだからそれを忘れないで」


「うん・・・」


頷きはしたけれど、実は血液型でいつか美園にもわかってしまうのではないかと咲良は気にしていた。


 


そして美園と利成がアップした動画は、かなりな再生回数となった。美園が利成の何なのかは伏せて出したから、皆が誰なんだろうと大騒ぎになったのだ。


<美少女、ピアノの腕前はプロ>


そんな内容が利成の動画を見たファンたちから広まっていった。確かに美園は咲良にはまったく似ていなかった。かといって奏空にはもっと似ていない。利成に似ているというより、天城家の方の顔なのだ。


動画の中で美園が英語で一曲歌っていたので<英語もペラペラ>みたいな噂も出た。


やがて奏空の子供であり、利成の孫であることがわかってしまい、またツイッター上をにぎわしていた。美園本人はまったく素知らぬ顔で夜遅くまでパソコンに向かって何かをしていたり、週末は利成の家に行って泊まったりした。


奏空の全国ライブツアーの後半戦も無事に終わった十二月に入ったある日、美園に芸能界への誘いがあると聞かされた。


「まだ早いでしょ?何やるのよ?」


「子役みたいだよ」と奏空がテレビを見ながら言う。


「ドラマってこと?」


「そう」


「で?なんて答えたの?」


「本人に聞いてって」


「美園に?やるって言うでしょ、それなら」


「やるならやるでいいんじゃないの?」


「子役なんてやめて欲しい」


「何で?」


「そのままずるずるとやられちゃうでしょ?」


「子役を?」


「そう・・・それにまだ小学生なんだから、そんなことよりやらなきゃならないことは他にあるでしょ」


「・・・咲良は?何で女優になったの?」


「・・・高校の時、いろんなオーディションを受けたのよ。どれも落ちたけど、一つだけ気に入ってくれた事務所があって・・・そこの社長さんがいい人で、引き受けるから東京に出ておいでって」


「そうなんだ」


「でも私はど素人だったから大変だったし・・・あの利成との仕事が来る辺りがピークだったのよ」


「そっか、で?美園の何を心配してるの?」


「・・・あることないこと言われる・・・」


「・・・・・・」


「だからもう少し大人になってから・・・」


「ねえ、その”あることないこと”の内容は?」


「内容なんて何でもよ」


「ふうん・・・」


「奏空から断って。まだ早いからって」


「美園には何て言うの?」


「美園には言わなければわからないでしょ?」


「それは無理だよ。利成さん側からも話がいってるから」


「え?そうなの?」


「そう。美園がどう思ってるのかは知らないけど」


「・・・・・・」


結局美園はドラマは断っていた。ユーチューブでいいというのだ。


「利成さんとやる方が楽しいから」と美園が言う。


ユーチューブは第二弾、第三弾と作っていた。一体利成はどういうつもりなんだろうと、咲良は利成に電話をした。美園は部屋にこもっている。奏空はまだ帰宅していなかった。


「もしもし?」と利成が出る。どうやら家にいたようだ。


「利成?ちょっと聞きたいんだけど・・・」


「何?」


「美園とのユーチューブっていつまでやる気なの?」


「さあ、美園に聞いて」


「何で?」


「俺より美園がやりたいって言うんだよ」


「だったらもう断って」


「何で?断るようなことでもないよ」


「だって利成とだとネットや雑誌に載っちゃうのよ。それがやなの」


「載ったっていいんじゃない?反応ある方が美園もやりがいあるでしょ」


「やりがいなんていらないんだって」


「・・・・・・」


「だからやめて欲しいの」


「俺がやらなくても、美園なら一人でもやるだろうね」


「それはそれでいいよ。利成と一緒じゃなければ」


「何が心配?」


「何がって、色々・・・子供には良くないことだらけでしょ?」


「そうか・・・」


「とにかく断って」と咲良が言うと「了解」と利成が言って通話を切った。けれど年末、美園が血相抱えて利成の家から帰宅した。


「咲良!」といきなり呼ばれる。


「何?」とキッチンで夕食の準備をしていた咲良は顔だけ向けた。


「何でユーチューブダメなのよ?!」


いきなり美園が大声を出す。


「ダメなんて言ってないよ。一人でやればいいでしょ」


「利成さんとやりたいのよ」


「美園こそ何でよ?一人でいいでしょ」


「私は利成さんが好きなの!だから一緒にやってると楽しいの!一人だとつまらないでしょ」


「・・・利成だって忙しいでしょ?迷惑だよ」


「違うでしょ?咲良がダメだって言ったんでしょ?何よ?焼きもち?」


「は?」


美園の意外な言葉に咲良は思わず美園の顔を見た。


「知ってるんだよ?私。咲良は奏空より利成さんが好きでしょ?」


「は?何言ってるのよ。そんなわけないでしょ?」


「そんなわけあるよ。二人共いつも意味深じゃない?それとも私は子供だから気づいてないとでも思った?奏空との喧嘩もそうでしょ?悪いけど少し聞こえてたんだよ」


(え?)と思う。


「聞こえてたって?」


「だいぶ前だけど、奏空が死にそうになって救急車呼んだでしょ?あの少し前の時の喧嘩だよ。利成さんのことでもめてたでしょ?」


「・・・・・・」


「それに私見ちゃったんだ。明希さんが持ってた古い週刊誌」


「週刊誌?」


「そうだよ。咲良って昔利成さんと付き合ってたんだね」


「・・・・・・」


「もしかして私って奏空の子じゃないんじゃない?」


(な・・・)


思わずカッときて咲良は美園の頬を手で打った。


「何てこというの?!」


美園が頬を押さえたまま挑むような目で咲良を見てきた。


「そんなに取り乱すなんて・・・」と美園が呟く。


咲良の唇が震えた。それを見つめた美園が冷静な顔になっていく。


「なーんだ・・・わざと言ってみただけなのに、まさか図星?」


咲良は何も言えないままただわなわなと身体が震えた。まさか我が子からそんなことを言われようとは夢にも思わなかったのだ。


「アハハ・・・ほんとに?」と美園が渇いた笑い声を出した。


「違う」とやっと咲良言った。


「違わないんでしょ?そうか・・・どおりで私は咲良にも奏空にも似てないと思った」


「・・・・・・」


「・・・とにかくユーチューブはやるから。私の”お父さん”と」


「美園?!!」と咲良は怒鳴った。けれど美園は軽蔑したような目で咲良を見返してきた。


「ちょうどお正月にもなるし、しばらく利成さんと明希さんのとこに行ってるから」と言って美園がリビングから出て行った。


咲良は脱力しその場にペタンと座った。何のために今まで隠してきたんだろう・・・あの子を美園を守るためだったのに・・・。


 


夜に奏空が帰って来て「美園は?」と聞いてきた。いつもなら美園がすぐに部屋から出てきて奏空に「おかえり」と飛び込むのだ。


咲良はあれから何もできずにリビングのソファに座ってぼんやりしていた。


「さあ・・・」


「さあ?どこかに行った?また利成さんのところ?」


「多分・・・」


力なくぼんやりと咲良が答えると奏空が「どうかした?」と隣に座ってきた。


「・・・あの子・・・美園に利成が父親だってバレちゃったの・・・」


咲良はまだぼんやりとした頭でようやくそれだけ言った。


「えっ?!何で?!」と奏空が思いっきり驚いている。


「あの子・・・私と奏空の喧嘩を聞いていて・・・それと明希さんが残していた古い週刊誌を何故だか見たらしいの・・・それで私にカマかけてきた・・・」


「週刊誌なんて見たの?何でだろ?」


「さあ・・・しまってあるから引っ張り出さなきゃ見れないのに・・・だけど普段の私と利成の様子が意味深だったって・・・」


「・・・・・・」


「何か疲れた・・・何のために一生懸命隠してきたんだろう。あの子、カマかけてきて私のこと軽蔑したような目で見てきたんだよ・・・人の気も知らないで・・・」


「咲良・・・」


「もう私には美園の相手は無理だわ・・・」


「咲良、まず落ち着こうよ」


「落ち着く?落ち着いてるよ」


「・・・・・・」


少しの間奏空は無言でいたが、自分のスマホを取りだして急に操作を始めた。咲良はその様子をぼんやり見つめた。


「もしもし?」と奏空が言っている。


「美園そっち行ってるよね?・・・・・・そう・・・うん・・・」と奏空が話している。それから「ちょっと咲良に変わるから」と言って自分のスマホを咲良に差し出してきた。


「何?」


「利成さん、話があるって」


「私はないよ」


「いいから」と無理矢理スマホを渡される。


「もしもし?」と仕方なく咲良は言った。


「咲良?美園から聞いたよ」


「そう・・・」


「大丈夫?」と利成が言う。


「何が?」


「咲良が」


「私は全然大丈夫。利成に美園あげるわ」


「・・・・・・」


「美園にもそう言っておいて。私はもうあなたのこと育てるの無理だって」


「咲良、少し話そうか」


「やだよ。話すことなんてないもの」


「・・・じゃあ、奏空と話してごらん」


「奏空?どうせまたいつものわけわかんない話だよ。そんなの聞いて何になるの?何も変わらないでしょ?」


「・・・そうか・・・」


「そうだよ。利成・・・美園は利成が好きなんだから・・・それに利成の子供なんだし・・・そこにおいておいて」


「・・・困ったね。咲良がそれじゃあ俺も気になるよ」


「気にしないで。大丈夫なんだから」


「・・・とりあえず、今日は奏空と話してごらん。俺は美園と話すから」


「どうぞどうぞ、美園のことよろしくね」


咲良はいきなり通話を切ってスマホを奏空に渡した。それから立ち上がってリビングを出て寝室に入った。その後から奏空が入って来る。


「ごめん、もしご飯食べてないなら今日は何も作ってないわ」


咲良が言うと「大丈夫だよ」と奏空が言った。


「咲良、少し話そう?」と奏空がベッドの上に座っている咲良の隣に座った。


「わけわかんない話はごめんだから」


「じゃあ、わけわかる話にしよう」


「・・・・・・」


「まず自分を責めないでね」


「責めてないけど?」


「ならいいけど・・・美園が利成さんの子供だっていうことはね、いつかは必ずわかることだったんだよ。隠し通すことは無理だったんだよ」


「そうだね・・・だからもういいよ」


「咲良、まず聞いて」


「・・・・・・」


「美園は結構前から気づいてたよ」


「結構前?」


「そう。前の喧嘩の時よりもっと前」


「何でそんなことわかるのよ」


「また意味不明って言われるだろうけど、俺はその人のエネルギーの変化がわかるって話ししたことあるでしょ?」


「そうだね・・・あったね」


「美園は咲良と利成さんの微妙な空気に気がついているようだったよ」


「そう・・・」


「もちろんそれが何なのかはわかってなかったみたいだけど・・・心に残ってるようだった」


「・・・・・・」


「今回はユーチューブのことで、咲良が美園を守ろうとしてやったことでしょ?だからそれはそれで良かったんだし・・・。たまたま美園にわかるのが今のタイミングになったってだけなんだよ」


「・・・そう・・・だから?」


「だからもう後は美園が判断するよ。咲良の手から離れたんだよ。今までずっと抱えてきたでしょ?十字架を抱えるかのように」


「十字架って?」


「まるで自分の罪みたいにってことだよ。誰のせいでもないし、責任があるとしたら利成さんにだよ。咲良はまったく気にしなくていいんだよ」


「罪・・・か・・・そんなの考えたこともないよ」


「・・・ん、考えなくていいんだよ。咲良がずっと離せなかったものを美園が引き受けたんだから」


「・・・またいつものわけわからない話しだよね?もうやめて」


咲良はベッドに突っ伏した。美園にわかってしまったことが何よりもつらかった。奏空が咲良の背中に手を置いて撫でながら言った。


「咲良、俺のこと見て。怖がらないで見て」


「・・・・・・」


「目を開けて見てよ」


「・・・・・・」


「美園は大丈夫なんだよ?わけわからない話にまたなるけど、美園は最初から利成さん側なんだよ」


「・・・どういうこと?」


咲良は起き上がった。


「・・・また反則切符切るか・・・」と奏空が独り言のように考えた顔で言ってから咲良の顔を見た。


「いつも俺が言っている”咲良は悪くない、利成さんの責任”っていうのは本当にそのまんまの意味なんだよ」


「・・・・・・」


「・・・はっきり言うと、あれはわざとなんだよ。利成さんがどこまで意識していたかわからないけど、美園はできるべきしてできたし、それは最初から利成さんの子として出てきたんだよ。咲良の過ちなんかじゃないんだよ」


「わざとって・・・利成がわざとってこと?」


「まあ・・・そうだね」


奏空が少し言いにくそうに眼を伏せた。


「ちょっと待って。わざとって・・・子供ができるって知ってたってこと?」


「・・・利成さんは知ってた可能性が高いね」


「奏空は?奏空ならもっとはっきりわかってるんでしょ?なのに私を行かせたの?」


「・・・咲良、俺だって全部わかってるわけじゃないよ。人には”選択”っていうものがあってね、それ次第で変化していく場合もあるから」


「・・・でも、その可能性はあったんだよね?」


「そうだね」


「じゃあ、何でそんな可能性があるってわかってて私を行かせたの?」


「咲良の人生は咲良のもので、俺もすべてに干渉できるわけじゃないんだよ。ていうか、したらダメなんだよ。咲良が自分で選ぶべきだからね」


「私が選んだっていうこと?」


「そうだね」


「それなら矛盾するじゃない?利成は知っててわざとそうした。私の責任はないと言ったよね?なのに今度は私の選択だからなんておかしいでしょ?」


「・・・咲良、咲良は利成さんを選んでなかった?」


奏空が真剣な目で咲良を見つめた。咲良はそう聞かれてハッとしてうつむいた。利成を選んでいなかったかって・・・。


(私はずっと利成に抱かれたがっていた・・・)


咲良が黙っていると奏空が咲良の肩を抱いて引き寄せてきた。


「咲良は無意識だったけれど、利成さんは意識的だった・・・だから利成さんの百パーセント責任なんだよ」


「・・・・・・」


「でも咲良はずっとそれを自分のせいだと思って抱えてきたんだよ」


「・・・奏空はどうして?全部知ってたんでしょ?どうして利成の子供だとわかってて私を許してたの?美園のこと可愛がっているの?」


「んー・・・そうだなぁ・・・」と奏空が咲良の腕をさすった。


「まず咲良のせいじゃないからね。後は・・・咲良が好きだから、咲良が誰を好きでもどこを見てても俺は咲良を見てるから。美園に関しては言うまでもないっていうか・・・」


「言うまでもないとは?」


「子供は可愛いでしょ?誰の子でもないと思うんだよ」


「よくわからない・・・。私は今美園が憎いもの」


「・・・そうか・・・」と奏空がまた咲良の腕をさすった。


咲良は美園のあの蔑むような目と渇いた笑いを思い出していた。美園のことをずっと守りたいと思ってきたのに、それは不必要だったの?


年末から美園は本当に帰って来なかった。年明けの元旦の朝を咲良は奏空と二人で迎えたのは久しぶりだった。美園が生まれてからはいつも美園がいたのだ。


咲良の心は整理がつかないまま元旦の午後、利成と明希のいる天城家に行くことになっ

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