魔菜畑のアルリネ
(畑だと? 何を考えてるんだ。この女は)
とりあえず様子を見るために、魔王はラリッサを、城の裏手にある畑に案内した。
ラリッサは魔王のうしろについていきながら、
(颯爽と歩く後ろ姿も素敵! うしろからだけど、こんなにずっと見つめていられるなんて、幸せなことこの上ないわ~♡)
とニヤニヤしていた。
「ここがそうだ」
魔王に示されたそこは、ラリッサが思っていた畑とは、ちょっと違っていた。
およそ畝のようなものはなく、大根や人参のようなものが植わってると思しきその葉が、こっちには固まって植えられており、あっちにはぱらぱらと植えられている。
地面も盛り上がったり窪んでいたりと一定していないし、土も真っ黒でどろどろと渦を巻き、ところどころに肥料なのか緑や紫のどろっとしたものがかかっていた。
ハクサイやキャベツのような塊も見えたが、驚いたことに栽培されているはずのそれらが、時折うごめき、移動したりしていた。
「アルリネ、いるか? 」
魔菜なのか雑草なのかわからないものが混在する畑のなかで、花や葉がまとまっているところから、木の幹や蔦のようなものがずるーっと生えだした。
その幹や蔦が形を変え、女の人のような姿になった。
「はい…。ここに…。魔王様」
「ラリッサ王女、畑を管理しているアルリネだ。アルリネ、ラリッサ王女に畑の一角を貸してやってくれ」
「畑の一角を…? …はい、承知いたしました…」
「畑のことはアルリネにすべて任せているので、なんでも聞くがいい」
そう言い残すと魔王は行ってしまったので、ラリッサは名残惜しそうにその後ろ姿を見つめていた。いつまでも…。
(今日は魔王様の後ろ姿を存分に見れた日ね。記念日にしたいわ…)
ぽーッ♡としているラリッサに、アルリネが話しかけた。
「畑を…? 一角を…? なぜ…? 」
「ああ、アルリネね。どうぞよろしく。実は、魔菜の品種改良をしたいの」
「品種…改良…? 」
「ええ。晩餐でいただいた黒芋と鮮血人参を、もっと筋っぽさをなくしてホクホクした感じにしたいの」
「なぜ…? なんの、ために…? 」
ラリッサは、
(私が魔界で生きていくために、美味しく料理をいただくためよ)
と思ったが、それは黙ったまま
「そうすればもっと魔菜を美味しく食べられるからよ」
と答えた。
「もっと…美味しく…? 」
アルリネはよくわからない様子で首をかしげていた。
「と、とにかく、畑を少し貸してもらえるかしら? 」
魔王の命令もあったので、アルリネは素直に頷き、ラリッサを畑の奥のほうの端っこへ案内した。
メリッサは、もらった一角に魔菜の苗を、何種類かをいくつかずつ、植えてもらった。
それから、魔菜の特徴を、少し説明してもらった。
魔キャベツや白菜に似たクサイハクは、気まぐれにあちこち転がって、そこそこで根を張る。
鮮血人参や蒼白大根などの根菜は、地面から抜き取る時に悲鳴をあげる。その悲鳴を聞くと人間は死ぬので、抜いたら素早く葉の根元を切り落とす。
ホウレンソウなどの葉魔菜は、時折りにょろにょろと葉を伸ばし、ほかの植物に取りついて栄養を奪い取る、などなど…。
(おもしろいわ。さすが魔界ね)
ラリッサは感心した。
ロスヴァー王国でも、各地方での特産野菜はあった。
他国にも輸出したりするため、甘みや食感を良くするための品種改良を、王族の霊力で手伝ったりしたことがあった。
(霊力は、今の状態より、より調和しすべてが上向きに、良くなるほうへと働く。だから…)
ラリッサはおもむろに、魔菜の苗に向けて霊力を施した。
眩しい光が、ラリッサから放たれた。
「アァァァァァァーーー…ッ」
「キィィィィィィーーーーッ」
アルリネと畑の魔菜たちが悲鳴をあげた。
「このくらいでどうかしら?」
ラリッサが様子を見ると、目の前の一角にあった魔菜が、ひとつ残らず消滅しており、土はドロドロ感がなくなって、ふかっと柔らかくなっていた。
「あらっ? なくなっちゃった…? 」
周りに植わっていた魔菜も、一部が消えていたり、枯れてしなびれたりしていた。
「ああ、そうか。やっぱり魔のものには、霊力は合わないのね…」
ラリッサは、はあ、とため息をついた。
「うーん、じゃあ、どうしたらいいのかしら。ねえ、アルリネ…? 」
ラリッサがアルリネを振り向いて、ビクッとした。
アルリネが、怒りをあらわに、おどろおどろしくラリッサにせまっていたからだ。
「お前…、お前…、何をして…くれちゃってるん…だァァァァァァァ…!! 」
ラリッサは、あらためて畑を見渡し、自分がしたことに気がついた。
「ご、ご、ごごごごご…ごめんなさい!! 」