晩餐は(悪)夢のよう?
ラリッサ王女はウキウキした足取りで、メランに案内されながら、晩餐の場へと向かっていた。
(魔界へ来て早々に、魔王様と一緒にお食事できるなんて♡ 私ってツイてる! )
「こちらでございます」
メランが扉を開くと、薄明るい部屋のなかに、長細いテーブルの食卓があり、一番奥に魔王が座っていた。
「ようこそ。ラリッサ王女」
魔王はラリッサが部屋に入ると席を立ち、近づいてきた。
「お席までエスコートいたします」
と、すっと腕を差し出した。
(いきなり魔王様に触っちゃっていいの!? なんて幸せ!)
しかしラリッサは平然とした顔をしたまま、魔王の腕をとった。
「ありがとうございます。紳士でいらっしゃるのね」
(素敵! カッコいい! 腕組んでる! どうしよ、今夜は眠れないかも)
席に座ってからも、ラリッサは夢心地でぽーとなっていた。
その様子を見て、魔王は思った。
(なんだ、この女の腑抜けた様子は。これも油断させようとする作戦かもしれない)
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ふたりが席に着くと、まず飲み物が運ばれてきた。
ラリッサのグラスに注がれた飲み物は、見たことがないほど真っ黒な色をしていた。
おまけに少しコポコポと、不気味に泡立っている。
「これは…? 」
「食前酒です。魔酒にドロイモリを漬けたものです」
「ドロイモリ…」
「さあ、乾杯しましょう。両国の和平を祝って! 」
「乾杯…」
くいっとグラスを傾けた魔王を見て、ラリッサもそっとグラスを傾けた。
しかし、苦くてまずい…。
薬のような苦味と、妙な風味がある。
(この変な風味が、ドロイモリのものなのかしら…)
ちびちびと舐めるように飲みながら、体には良いかもしれないと、ラリッサは思った。
実際この酒は、魔界では、魔気がうまく体内にまわらない魔気づまりを起こしたときに飲む薬酒のようなものだった。
普段から好んで飲むものではなく、魔王の杯にはちゃっかり普通の発泡酒が注がれていた。
その材料は魔界原産の植物、マブドーの実であるため、ラリッサの飲み物と同じように真っ黒ではあるが。
「次は前菜の、黒芋と鮮血人参、フログズフィンガーの温サラダです」
真っ黒の芋と真っ赤な人参、そして真緑色の豆のようなものが盛り合わせてあって、見た目はお世辞にも美味しそうには見えなかった。
「フログズフィンガー? 」
「カエルの指という意味です」
ラリッサはごくりと喉を鳴らした。
カエルの指? 本当に?
だが実は、フログズフィンガーとは魔界に生える豆のような植物の一種で、魔獣である大ガエルの指に見立てて、そう呼んでいるだけだった。
ラリッサはゆっくりとフォークを皿に伸ばし、恐る恐る温サラダをひとかけ口に入れた。
確かに芋のような人参のような食感がした、が、少し筋張っていて舌触りが悪く、実はほくほくというよりパサついた感じがした。
さらに味がビリッと辛く、思わずぷるっと身震いした。
「ああ、少し辛かったでしょうか? ヤミサソリの針が香辛料として使われていますので」
「サソリの針…? 」
「ご安心ください。サソリの毒などは、けして入っていませんから」
そう言って魔王は、自らサラダをパクリと口に入れてみせた。
ヤミサソリの針というのも、まるでサソリの針のように先が鋭いトウガラシのことだった。
「お口直しにスープをお出ししましょう」
こんな具合に魔王は、魔界ならではの魔獣や魔菜を、人間にとってはさもゲテモノ料理のように見せて、ラリッサにふるまった。
魔獣の血のようなマトマトのスープ、ドラゴンの舌に似せた食用の魔牛のステーキ、小さなアリの魔獣であるミニルメコレオを凍らせたように見える粒マブドーのシャーベット…。
(外交のために、遠い異国のゲテモノ料理も口にしてきた私だけど…。さすがに気分が悪くなってきたわ…)
ラリッサは突然、すっと椅子から立ち上がった。
「ラリッサ王女? どうされた」
ラリッサはにこりと笑って魔王に言った。
「申し訳ありません。あまりに素敵なお食事に、お腹も胸もいっぱいになってしまって…。今日はもうこれ以上、食べられそうにありませんので、失礼ですが、お先に退室させていただきますね」
「おお、そうですか。では部屋まで送って…」
「いえ、それにはおよびませんわ! 」
魔王の言葉を遮り、ラリッサは素早くその場を去って自室へと戻っていった。
次の日、魔王とモスートはメランから、あのあとラリッサが自室で、食べたものをすべて嘔吐していたと報告を受けたのだった。